第7話:準備-1


 翌日。

 碧衣はカトレアの予告通り自身のドレスの採寸に街に繰り出していた。


「こんなのもいいんじゃないかしら!」

「似合ってるよ。これはどうかな」

 碧衣はカトレアとジークに挟まれ、着せ替え人形状態になっていた。

「この胸部に、しなやかな曲線の腰回りがあるからこそ、何を着用してもお似合いです!」

 碧衣より少し年下に見える店員は、碧衣をべた褒めしていた。

 ──いや、これは学校と社畜、神達みんなの対応で疲れて食事の需要と供給がおかしかったからです。と心のなかで突っ込む。

「これなんかどうだ」

「アーノルドまで……」

 ビスクレア夫妻とは違い、少しクールな雰囲気のドレスを差し出すアーノルドに、碧衣はげんなりとした表情をみせる。

「いや、アオイならこっちでは?」

「あぁ……」

 クロードまで真剣に碧衣のドレスを選び出し、碧衣は完全に着せ替え人形を化していた。

「アオイ様の何かこれは譲れない!というものはありますか?」

「あぁ、えぇと……それなら……あ、コルセット、あれつけないドレスがほしいです」

 食い気味に来る店員に身を引きながら、碧衣はビスクレア夫妻に会うためにコルセットを付けたあの日を思い出しながら答える。

 ──正直、もう二度とあれはつけたくない。

「コルセットなし……ですか……。ですが今までコルセットなしのドレスなんて見たことも聞いたこともないですし……」

 と困った表情を見せる店員。

 それもそうだろう。碧衣が想定するにこの世界は服装は中世ヨーロッパあたりなのだろう。一番驚いたのは、トイレが水洗だったこと。これも私以外の今までの精霊の主が伝えたことなんだろうと処理したが、この世界は中世ヨーロッパや現代と様々な世界線が入り乱れている世界なのだと解釈している。

「なになに?アオイちゃんはコルセット、つけたことないの?」

「えぇ。地球むこうではコルセットは骨に悪影響を与えるといわれてもうほとんど使用されてませんでした。あのきつく締めるのは細くは見えますが肋骨が歪んで体のバランスも悪くなりますし」

「そうなのね……」

 カトレアは碧衣の話を聞いて心底驚いているようで、また考えているようであった。

「……そうだ。それなら、アオイちゃんが自分が好きなの、デザインしちゃいなさい!」

「え!?私そんな経験ないんですけど……」

 碧衣自身、コルセットのいらないデザインとかなら知ってはいるが、1から作成となると話は違ってくる。

「では、ここにあるデザインをもとに、コルセットがいらないようにするのはどうでしょう」

「あなた!ナイスアイディアよ!」

 店員の一言に目を輝かせたカトレア。その一言で碧衣は自身のドレスのリメイクをすることになった。



「はぁ……」

 疲れた……。マジで。体力化け物級だわ、この人ら。

 碧衣のドレスのリメイクの発案が終わり、一段落ついたところで新しいものに目がないカトレアは是非自分の分もとカトレアの文もリメイクを行った。そして店員からは嵐のような質問攻めに遭い、ようやく終わったというところで気を利かせたアーノルドの一言でカフェに入り、紅茶を飲みながら碧衣は今の疲れを癒やしていく。

 ここのカフェは、というかこの世界では飲み物は出てくるけど食べ物は自分で取りに行く制度みたいで、お腹すいたわ!と言い出した碧衣以外の人たちは食べ物を取りに行っていた。


「やぁ。アオイ」

 精神的にも身体的にも披露が溜まり、目をつぶって目頭を抑えていた碧衣は、聞き覚えのある声にふと顔を上げ、先程まで癒やしていた分の疲れが一瞬で戻ってきたような、まるで苦虫を噛み潰したような表情を表した。

「僕にそんな表情かおをする人なんてアーク以外いなかったんだけどね。…………うん。女性からそんな表情をされるのも悪くないね」

「オヒサシブリデス。殿下」

 目の前に座ったのは、碧衣が初めて異世界こっちに来たときにチャラそ……明るい雰囲気で話しかけてきたリュカ・アントワーヌ殿下であった。

「で?最近はどうなの?」

「どう、とは?」

「いや、しばらく経つしアオイはこの世界に慣れたかなぁ、なんて思ってね。僕なりに心配してるんだ。これでもね」

「別に特段変わりはないですよ。強いて言うなら今度のカト……お母様の主催するパーティーでデビュタントすることになりました」

「あぁ、ビスクレア公爵夫人のパーティーか。僕も行くことになってるから」

「そうなんですか」

「うん」

 何故かニコニコっと意味深な笑みを崩さないリュカに、碧衣は違和感を覚えた。

「……なんですか」

「ん?アオイって変だよね」

「急に悪口ですか」

「ははっ、やっぱ変だよ」

 急に笑い出すリュカに、碧衣は疲れがだんだん増してきたような気がしていた。

「普通は僕と会った女性は……まぁ自分の家柄とかを出してくるんだよね。うん」

「要は殿下となにかしら繋がりを持ちたいという大胆な方が多いと」

「いうねぇ。そういうとこ、嫌いじゃないよ?むしろ好きだね」

「……どうも」

 その口から出る軽い言葉に、碧衣は面倒くさそうな表情を隠せない。

 ──こんな人が殿下でいいのだろうか。まぁ人は見かけによらないと言うし……。こう見えてまつりごとはしっかりしそう。


「殿下!こんなところにいたんですか」

 その声に反応するように碧衣がふと視線を向ければ、緑色の髪に青色の瞳をし、腰に剣を帯びた男性がすごい形相で走ってきた……と思えば碧衣を見た瞬間、それはさらなる怒りに変化した。

 ──は?私なんかした?この初対面なんだけど。

「あ、アークじゃん。よくわかったね、ここって」

「あ、アークじゃん、じゃないですよ。あなたは殿下ということをお忘れですか?いっつも1人でふらふらと……。殿下という自覚を持ってください」

 ヘラヘラしているリュカを呆れ顔で見るアーク。碧衣はさっきの話の彼か、と他人事で観察していた。


「……で?あなたは一体、どこのどなたでしょうか」

 リュカへの説教が一通り終わったアークは冷たい視線を碧衣へ向ける。左目の泣きぼくろが妖艶な雰囲気をさらに助長させてるんじゃないかと思うほど、彼の泣きぼくろは絶妙な位置にあった。

「彼女はアオイ。例の彼女さ」

 碧衣が答えるよりも一足先にリュカが答えれば、あぁ、例の彼女ですか。とアークは納得する。

「失礼しました。私はアーク・ジストニー。殿下の側近をさせていただいております」

「アオイ・ヒメヅカです」

 アークが碧衣の手を取ろうとした瞬間。

「私の婚約者になにか」

 アークの手はパッと振り払われ、代わりにクロードの手に握られていた。

「クロードじゃないか。久しぶり~」

 この数度下がった空気にそぐわない軽い声が空間に響く。

「殿下。2日前にあったばかりですよ」

「もう、クロードまで冷たいこと言うなよな」

 すねた子供のようにむくれるリュカ。


「あぁ、これはこれは。テオではないか」

「アーク。相変わらず嫌味たらしく言う性格は変わらないのか」

「お前は口が減らないな。そんなだと貰い手がいなくなるぞ」

「うるさい。お前も変わらないだろう」

 と、急に軽口の言い合いが始まり、面倒事に巻き込まれるのはゴメンだ、と碧衣がそっと席を離れれば、アーノルドが皿にきれいに、でも大量に盛った食事を持って碧衣の隣に立つ。

「アークとテオはいつものことだ」

 アーノルド曰く、そうらしい。

 なんでも同じ騎士団養成所で育ち、同じ騎士団所属だったらしいのだけれど、騎士一本のテオに対して騎士でも女性にふらふらしていたアーク。考えが反していた2人は何かと衝突していたみたいで。それは今でも続いているらしく、こうやって顔を合わせてはなにかと軽口を叩き合っているんだとか。


「あらぁ。アオイちゃん。クロードは助けてくれた?」

 カトレアはなんと別のテーブルでケーキを食べていた。

「えぇ、そうですね」

 あれは助けられたというのか。

「青春っぽくていいわねぇ」

 同い年のような風体の彼女に言われても、正直返答に困る。

「アオイ」

「殿下」

 碧衣が彼女の返答に困っていると、彼女にとっては絶妙なタイミングでリュカが歩いてくる。

「1つ、君に伝え忘れてたことがあってね」

「なんですか?」

 いつもとは違う、リュカの真剣な顔に碧衣は探るような目つきに変わる。

 ちょいちょい、と少し近づくように、と示唆するような手に碧衣はテーブル越しに顔を近づける。

「君がこっちの世界に来たあの日、実はもう1人喚ばれたみたいでね」

 ──やっぱりか、と碧衣は確信する。

「今は侯爵家にいる。詳しくはクロードに聞くといいよ」

「では殿下、そろそろ今までサボっていた分の仕事で1日が終わりそうなので。行きますよ」

 テオとの言い合いが終わったのか、アークがリュカの後ろに立つ。

「えぇ~。……まぁ、いいや。またね」

 ひらひらと手を振りながら、リュカはアークと店を出ていった。


「アオイ。すみませんでした」

 クロードはアークとテオの間に入ったまま戻れなかったため、申し訳無さそうな顔をしている。テオはテオで、アークがいなくなってもピリピリしたまま碧衣たちがいるテーブルまで戻ってきた。

 ──あの様子だと言い負けしたのかな。

「クロードは、大丈夫でしたか」

「私は特に。2人はいつものことですし」

 そんなことより休憩しましょう。と休憩を再開した。



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神使、長期休暇だと思って楽しみます 黒ノ月 @Kuro__

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