第5話:その夜


 夕飯が終わり、クロードは自室に戻り、机に重なった書類の整理に勤しんでいた。

 公爵家といえど、いや、王家に一番近い公爵家だからこそなのだろう。書類仕事や諸々の仕事は宰相より多いのではないかと最近クロードは思っている。


『クロード様』

「入れ」

 扉越しに聞こえた声に反応すれば、ブライアンとアーノルドが部屋へと入ってくる。


「なにかあったのか」

 サインをする手を止めずにちらりと2人をみていうクロード。

「アオイ様のことで報告がございます」

「アーノルドがアオイの護衛になったことか」

 クロードがいえば、『もうご存知でしたか』とブライアンは驚いた顔をする。


「さっきアオイから聞いた」

「アオイ様の護衛をするにはアーノルドが適任と思いまして」

 クロードは手を止めぬままちらりとアーノルドを見るが、彼は普段通り仏頂面で何を考えているかわからない顔をしている。そういえば祖父に仕えていたときの当時の騎士団長であるヘッセン家の者がそうであった気がする、とクロードはおぼろげな記憶をたどる。


「アーノルド、お前はそれでいいのか」

 クロードの言葉に反応し、アーノルドはちらりとクロードをみたかと思えばすぐに視線をそらし、己の右手をみていた。そのときのアーノルドの表情は今までにみたことのない柔らかい表情をしていたのをブライアンもクロードもみていた。

「俺はアオイがいいと思ったので」

 そう言いながらアーノルドは夕刻に厨房で食事を作っていた碧衣を思い出していた。あの細い腕で剣を振り、俺と戦った。普通の女性なら重くて剣すら持ち上げることすらできないというのに。アオイは難なく持ち上げ、きれいな姿勢で素早くさばいていた。あの姿勢に惹かれたのかもしれない。アーノルドは薄々思っていた。


「主を持とうとしないお前には珍しいな」

 これはクロードの皮肉でもなんでもない。アーノルドがしっかり主と認める人間を見つけたことに対する、クロードなりの称賛であった。

「明日から姉夫婦が来る。アーノルドはきちんとアオイの護衛をするように」

「わかりました」

 ブライアンとアーノルドが部屋を出ると入れ替わるようにテオがノックとともに入ってきた。


「クロード様」

「テオか」

 テオは片手に分厚い書類を持ち、クロードの前に立っている。


「アオイ様のことについて、精霊の主の件も含め調べてまいりました」

 テオは自分の分とは別にクロードの前に分厚い資料を置く。

「どうだった」

 クロードは書類に伸びていた手を止め、資料をペラペラとめくりながら聞いているが、めくるたびに段々と眉間にシワが寄っているのはテオにでもわかった。

「殿下の集めた話によれば、今回実際に召喚はあったそうです。このことはごく少数の人間しか知らないことのようで、おそらく、伯爵家が関わっていると思われます」

「どういうことだ」

 テオの言葉に一気に表情が険しくなるクロード。

 召喚の儀が禁忌となり、どのような家でも召喚を無断で行えば厳罰に処されるというのに。それをわかって伯爵家は召喚したのか?


「伯爵家に、急に養女ができたそうです。容姿は黒髪に黒い瞳。アオイ様と同様です。この世界ではない容姿かと。今度のパーティーでデビュタントさせるおつもりかと」

 テオの言葉にクロードは思い切り大きいため息が出てくる。

 この世界に黒髪に黒い瞳の人間が2人。この国、いや世界は混乱となるだろう。

「ならなぜアオイが来たんだ」

 特に今この世界は危機に瀕しているわけではない。言ってしまえば平和そのものである。


「今回の召喚は不十分であったとの噂が流れております」

「不十分だと?」

 クロードに、テオは書類をめくりながら『はい』と答える。


「今回の召喚は2人、呼ぶ予定だったとか」

「2人だと!?伯爵家は何を考えているんだ!」

 クロードは思わず大きな声が出る。

 ただでさえ1人の召喚でも魔力の消費が激しく、多大な犠牲を払うのだ。それを一度に2人など。自殺行為そのものだ。人をなんだと思っているのか。


「しかし、召喚自体が不完全だったそうで、2人目は召喚されなかったと言われていました。アオイ様は何かしらその召喚に巻き込まれた可能性はあります。とはいえ、現状では真意はわかりません。そしてその召喚者ですが、彼女は明らかに精霊の主のようです」

「みたのか?」

「えぇ。現在、学院に通っているとのことでしたので、弟への用事を名目に入り、少し見学させていただきましたが……、あの発動方法や陣構築までの過程は文献での比較ですが、紛れもなくそれでした」

「そうか……」

 クロードは力が抜けたように椅子に座り、右手で資料をめくっていた。


「今回の報告はわかった。今後は伯爵家の動向に注意してくれ。それと、アオイの周囲の警戒も頼む。アーノルドにも伝えてくれ。この件は殿下に伝えておく」

「かしこまりました」

 テオは深く頭を下げて部屋を出る。


 この世界に召喚者が2人。

 1人は精霊の主でもうひとりは自分を『カミツカイ』と名乗る者。


「今回のデビュタントはどうするか……。伯爵家は召喚した者で何をしようとしているのか……」

 クロードはこの先の行く末を考えると、頭を抱えそうになっていた。



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