第4話:生活開始!-4

「こんちは~……って誰もいないのかよ」

 アーノルドが厨房を覗くと、厨房には誰もいなかった。アーノルドは髪を乱暴に掻きながら厨房に入り、食料庫の中を物色しだす。


「アーノルド」

「なに?……あ、これなら食えそう」

 アーノルドは卵を一つ取り出し、皿に割りながら答える。


「アーノルドは料理できるの?」

「まぁ簡単なものなら。腹満たせればいいって感じだな」

「へぇ、そう…………って、ちょっと待った!!」

「あ?なんだよ」

 アーノルドは、あろうことか、皿に出した生卵を、そのまま食べようとして、いや、飲もうとしていた。

 ──てか、生!卵!


「それ、料理?」

「れっきとした料理だろ。卵割ってるし」

 ──この世界の料理の概念はどうなっているのか。

 碧衣は呆れた顔でアーノルドを見る。


「その卵、待って。飲まずにそのままこっちに頂戴」

「なんだよ……腹減ってんのに。それとも何?アオイが作るの?」

「うん、食材がなにかによるけど」

「あぁ、ここらへんなら俺らが使っても大丈夫なやつだぞ」

 アーノルドが指したのは右端にある冷蔵庫とその隣にある野菜などが置いている場所。碧衣は野菜をみた後冷蔵庫を開ける。

 ──うん、この辺なら作れそう。


 碧衣が適当に食材を取り出してキッチンに出していくのをアーノルドはまじまじと碧衣と食材を見つめる。


「何作るんだよ」

「この時間だし、オムレツでも作ろうかと」

「おむれつ?何だそれ。肉入れんのか」

 アーノルドは不思議そうな顔で牛肉を見つめる。

「今回はこの牛肉をたたいてひき肉みたいにして中に入れるよ」

 碧衣は牛肉をたたきながら言う。

「単体では食べるけどこんなふうに食べるのは初めてだな。俺なにかできることあるか?」

「じゃあお皿持ってきてくれない?平たいのでこの鍋くらいの大きさの」

「了解~」

 アーノルドはゆるく手を振り、厨房の奥に入っていく。

 その間に碧衣は牛肉は軽く炒め、軽く味付けし、野菜を切って卵をといていく。


「こんなんでいいのか」

「…うん、いい感じ」

「今から焼くのか」

「うん」

 碧衣の言葉にアーノルドは興味深そうに碧衣の横にピッタリとくっつく。


「……アーノルド」

「ん?」

「……近い」

「……っ、わ、悪ぃ」

 アーノルドを下から思い切り見た碧衣に、アーノルドはなんとも言えない笑みを浮かべて一歩後ろに下がる。


 熱したフライパンに溶き卵を広げ、程よく固まったところで具材を乗せ、半分に折る。そしてそのままアーノルドの持ってきた皿に盛り付けて……。


「できた」

「もう!?」

 アーノルドは驚いた顔で出来上がった料理を見る。

 彼が戸惑うのも無理はない。この国の料理は見た目に凝りすぎてるしから。

 ──でも料理は美味しくないと意味がない!!!

「うん、簡単なものだし」

 碧衣は皿と一緒に持ってきてくれたフォークで卵を割れば、トロっと半熟の卵が流れ出してくる。その卵をオムレツとからめるようにして掬って食べる。

 ──あぁ、この世界に来て初めて、まともな料理を食べた……。

 碧衣はふと涙が出そうになる。

「温かいうちに食べないと冷えちゃうよ」

 碧衣が食べているのをじっとみていたアーノルドに気づき、碧衣はアーノルドにフォークを手渡す。

「これがオムレツってやつなのか」

 アーノルドはオムレツをまじまじと見つめ、碧衣がしたようにフォークで卵を割って食べる。

「……うまい」

 アーノルドは一瞬固まったものの、目を見開いてパクパクと食べ始める。

「美味しいなら良かった」

「あぁこれうまいよ!こんな美味しいの食べたことない!!アオイは今までこんなうまいのを食べてたのか……」

「うん、まぁ……」

 ──流石に生卵は食べないわよ。


「こんな食べてたとなるとこっちの料理が微妙なのもわかるわ」

「そこまでないでしょ」

 と言いつつも、正直アーノルドの言いたいことはわかる。

「これ食べたらここの料理食べられなくなるわ……。あ、そうだ」

 アーノルドはなにかひらめいたような顔で碧衣の顔を見る。


「食材の用意はするから、これから俺の料理も作ってくれよ」

「……えー」

 ──面倒くさい。


「だってこれ食ったら他の料理なんて食えないし」

 とあからさまにシュンとするアーノルド。


 一瞬、垂れ下がった耳が見えた気がしたのは黙っておこう。


 アーノルドの言わんとしてることはわかる。私も最初ここの料理食べたときは顎が死にかけたし。

「……じゃあ、私のご飯を作るのと一緒に、だったらいいよ」

「本当か!!」

 ぱぁっと星が散るような笑顔を碧衣に向けるアーノルド。


 ──くぅ、イケメンめ、笑顔一つでこんなに眩しいとは。


 結局、時間があるときに碧衣が作るときはアーノルドの分も作ることになったのだけれど。私と一緒に行動するし、横でごねられるよりましか、なんて思っていた。



「アオイ」

「はい」

 17時過ぎに帰ってきたクロード。夕飯も一緒に食べるのか、と憂鬱な気分になりながら目の前に運ばれる料理を横目にクロードの方に顔を向ける碧衣。


「今日は何をしていましたか」

「今日ですか」

「えぇ」

 別に私から聞かなくても執事から聞いてるでしょ。とは思ったが、クロードはなにか聞きたそうな顔で碧衣をみており、碧衣は諦めたようにふぅと小さく息を吐く。


「今日は食事をして、本を読みました。そして散歩をしていたら騎士団に会ったので見学を。その後ブライアンからアーノルドを私の護衛にすると言われたのでアーノルドに屋敷の中を案内してもらってました」

 まぁだいたいこんなもんだろう、と話す。


「アーノルドが護衛になったのか……」

 と何やら考え込んだ顔をしてブツブツ独り言を言うクロード。そしてテオは少し驚いた顔で碧衣を見ていた。

 無理もない。碧衣の護衛になったアーノルド・ウィリアム・ヘッセンという男は、誰か1人に忠誠を誓うことのない男だからである。

 しかし、アーノルドはクロードに仕えているではないか、と言われるが、これはヘッセン家は代々タヴェルニエ公爵家に仕える家系であるため、アーノルドの中ではタヴェルニエ家自体に仕えているという感覚なのである。

 以前、クロードがアーノルドを自身の護衛に選んだ際、『俺は誰にも仕える気はない』とぶっきらぼうに返していたのをクロードは今でも鮮明に覚えている。アーノルドは、アオイのどこに惹かれたのか……。クロードはなんとも言えない顔で食事をしている碧衣の顔をじっとみていた。


「朝も伝えましたが、明日、正午に姉夫婦がきますのでそのつもりでいてください」

「わかりました」

 碧衣はごちそうさまでした、と心の中でつぶやいて手を合わせれば、

「もういいのですか」

 とクロードに言われる。


「はい。もうお腹いっぱいですから」

 と笑顔を浮かべる碧衣。

 今朝よりは食べたと思ったんだけどな、碧衣は自身のお皿に残った食事をみながら思う。正直食事を残すのは本当に、本当に申し訳ないと思っている。今日の夕飯はパンにスープだったから”浸せば食べれるんじゃ!?”と思った私が馬鹿だった。パンはボソボソだし、スープはもうただの色のついたお湯の味しかしなかった。これを食べ切れなんて味がなく限界までどろどろになったおかゆを食べてたほうがマシだと思うほどだった。

 スープもとい、色のついたお湯に浸したパンは水を吸っても硬いし、他の料理は脂っこいし。──後でまた自分でつくろう。


「明日から忙しくなるからもう寝たほうがいいだろう」

 クロードはちらりと碧衣をみて言う。

「はい。そうさせていただきます。おやすみなさい」

「あぁ」

 碧衣はきれいに頭を下げて部屋へと戻っていく。


 そんな姿をクロードは碧衣が見えなくなるまでじっとみていた。


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