第4話:生活開始!-3
アーノルドが碧衣の騎士に任命されて数十分。
碧衣とアーノルドはブライアンの計らいで2人で公爵家内を歩いていた。
「……ここが武器庫です」
「……」
「……ここは談話室です」
「……」
碧衣は一言も喋らないまま、ただただアーノルドが紹介してくれる部屋をみてはアーノルドについていきを繰り返していた。
「……あの」
「なんでしょうか」
──う、視線が冷たい。目から冷凍ビームが出るって言われても今なら信じるわ。これが俗に言う『視線で人を殺せる』、というやつなのだろうか。
「どうして反論しなかったのでしょうか」
「なんのことでしょうか」
碧衣の言葉にアーノルドの視線が一層冷たくなる。
「ブライアンに言われた時、嫌なら嫌といえばよかったでしょう」
「別に嫌ではありません」
アーノルドの表情は変わらないまま、ただ淡々と告げられる。
「口ではそう言っても顔に出てます」
「……は?」
碧衣の言葉に驚いたのか、アーノルドは少し目を見開いて碧衣を見る。
アーノルドは昔から『何を考えているのかわからない』と言われていた。”鉄の仮面騎士”なんて呼ばれるほどだった。そんなアーノルドに、急に現れた女にそんなことを言われたのだ。アーノルドはじっと碧衣を見つめる。
「負けた相手の護衛なんて、私だって嫌だから。それに」
「それに?」
「私は、基本的に誰も傷ついてほしくない」
碧衣のその言葉は優しくアーノルドの心に響いた。
「……っ、でもそれは理想だろ」
アーノルドはぶっきらぼうに声を上げる。
「そうです。これは私の理想です」
「この国は大丈夫だが、実際に他の国では戦争は頻発してるし、数年前までもこの国は戦争してたんだ」
アーノルドは遠い目をして言葉を紡ぐ。
──戦争。現代にいた碧衣には実感がわかない言葉だった。
「世界中誰も傷ついてほしくない、でも世界なんて誰も守れないですよ。だから私は、私の周りの人だけは傷ついてほしくないって思うんです。そのためには自分が強くなればいい。そうすれば自分の周りは守れるじゃないですか」
碧衣は何年も前の、ある仕事を思いだす。この話をしようとすれば、毎回どうしてもあの光景が今でも鮮明に思い出される。
そして………
『──嘘つき。碧衣は、嘘つきだよ』
『お前は、____だ』
あの人の、あの言葉さえも。
「そうか。でも、あんたの護衛に、俺は指名された。しかも、俺以上に腕の立つ騎士なんて騎士団長くらいしかいないし。俺は任命されたからにはその仕事は全うする。それに、あんたのこと、意外と嫌いじゃないし。これからよろしく、アオイ様」
「……うん、よろしく」
碧衣はアーノルドが差し出した手を握り、へらりとアーノルドに笑う。
──こいつ……。なんで、なんでそんな悲しい顔をするんだよ。
アーノルドのみた碧衣の顔は、その碧衣の発した言葉とは裏腹に、彼女の表情は、ひどく、悲しい顔をしていた。
その後のアーノルドはなんとなく優しく、歩調も少し私に合わせてくれたのかゆっくりで、紹介される部屋の説明もわかりやすかった。
屋敷の紹介が終わってからは、アーノルドにこの世界について軽く教わった。
この世界は魔力があって、使えるのは王族や貴族、何年も王族や貴族と一緒にいる騎士にも王族や貴族が魔法を行使するときに精霊の力を借りる。そのときにその精霊の力に影響を受けて魔法が使えるようになるのだとか。でもその力はコンロに火を付けるとか、ものを冷やすといったような生活魔法のレベルらしく、国の脅威にはならないらしい。
アーノルドはクロードの幼馴染らしく、魔法は使える。テオも何年もクロードの側近で仕えているせいか、魔法は使えるらしい。
「でも騎士だし、魔法師団じゃないから魔法使うことはないな」
らしい。
ちなみに碧衣がアーノルドに、無理に敬語を使う必要はないと伝えれば、
『じゃあ敬語苦手だし、いいや。なんか年下に敬語使うって違和感しかないよな』
とのことだったので
『いや、私とそんなに年変わらないでしょ』
と碧衣が言い返せば、
『俺、今200歳超えてるけど』
との爆弾発言をもらった。
『ちなみにアオイは何歳なの』
『21ですけど』
といえば、アーノルドはありえないといった顔を碧衣に向ける。
「その風体で21歳はありえない、せめて100は超えてんだろっイッテぇ!」
「私のとこだと人間の寿命は100歳超えれば長寿よ。それに見た目からすれば私の世界基準だとアーノルドは25歳くらいよ」
まるで碧衣自身が年寄りと言われた感覚に陥り、反射的にアーノルドの脇腹を小突いたが、この世界からすれば100歳なんて普通なんだっけ。と考え直す。
「25歳ってまだ親父に稽古つけてもらってた頃だぞ……」
相当昔のことを思い出すような表情を浮かべながらいうアーノルド。
「この世界の年齢ってどうなってるの」
「まぁ家によって違うがこの世界だと魔力が人間の生命力だ。平民で魔法が使えなくても精霊存在自体で人間の寿命は伸びる。ただ精霊の力の干渉自体そのものに長いこと触れれば魔法が使えるようになるってだけ。存在だけじゃ魔法は使えるようにならない。だからこの世界の人間は総じて寿命は500歳とかだな。あとは魔力の量で変わる。王族とか貴族は魔力が大きい分1000歳とか、長い人は3000歳とか生きてるな」
「3000歳……」
碧衣はアーノルドから告げられた途方も無い年齢に驚きを隠せない。
「大体生まれて50年は親の元を離れずに一般教養とかを身につけるんだよ。そしてそこから学校に通って、20年か30年くらいで冒険者とか、騎士とか、職業につく。そこからはその道を極めるか色々手に職つけるやつもいる」
ちなみに俺は騎士一択、とアーノルドは少し自慢げに言う。
碧衣の世界では、人生は短いのだから好きなことを思い切りしようというのがあったけれど。この世界のように長過ぎる寿命もどうなのだろうか。
「あぁあと、基本的に精霊の力が働いてるから俺らは成長するけど一定のラインを超えると老化も成長もしなくなる」
「一定のライン?」
「そのラインは人それぞれだけど、魔法が仕えない人は精霊の存在自体が生命に関与してるから大体……そうだな、両親の場合だと300歳あたりで老化しなくなったと思う。魔法を行使する王族や貴族は基本的に精霊の存在だけじゃなくて精霊の力にもあたってるから250歳位で老化も成長もしなくなる。俺ももう何年も老化も成長もしてないし。王族や貴族って、死んだときに記録として日付と絵が残されるんだよ。棺に入ったときの。それみたら驚くぞ、みんな顔若いから」
「へぇ~」
250歳を境に老化も成長もしなくなる世界、か。
──私は逆に精霊の力が干渉できないだろうから普通に生きて普通に老化して現代の寿命で仏になりそうだけれども。
「アオイは魔法が使えないんだろ」
「うん」
碧衣の存在は神使ではなく、魔法の使えない異世界人として言っておく、とクロードは言っていた。神の力を行使するなんてしれたら碧衣は各国が取り込もうと躍起になるからだ。しかし、『今回来た異世界人は魔法が使えないただの人だ』と言っておけば他国の干渉はかなり少なくなるというクロードとリュカの考えである。
「魔法が使えなくても存在自体の影響は受けてるからこっちの人間と同じように生きれるとは思うけどな」
「そっか」
碧衣はへらりと笑う。
「明日からビスクレア公爵が来るんだっけ」
「うん、私の身元保証人みたいな人だよ」
「まぁ俺はこれからアオイがどこに行くにも一緒にいるから。明日もいるからな」
「そういうものなんだ」
「そういうものなんだよ」
アーノルドは碧衣の言葉が驚きの言葉に聞こえたのか、さも当たり前のように言い放つ。
碧衣自身、姫塚家にいたときは遠くでいつもこっそり護衛してた者はいたが、こんなふうに碧衣の近くでべったり護衛していることは一切なかった。
これは碧衣の持つ、神使の力にあった。
神使は神の力を行使するゆえに碧衣自身からも契約した神たちの影響で碧衣を取り巻く周りは神域と呼ばれるほど空気が澄みすぎていた。少し通り過ぎる程度ならば自覚症状はないが、アーノルドのように常に近くにいると神域の気に当てられて吐き気やめまいを呈することがあった。そのため、碧衣の周りに人が来ることはなかった。
「そろそろ戻るか」
アーノルドが声を上げたと同時に協会から本日何回目かわからない鐘の音が聞こえてくる。
「そろそろ3時か……」
──え、アーノルド、時間がわかるの。すごいな。
なんて感心してると、アーノルドのお腹がグゥ、と思い切り鳴る。
「……腹減った。アオイは?」
「んー、少し減ったかな」
いや、正直に言えば碧衣の空腹度はとうに限界を達していた。
「厨房に行くか……誰かいっかな……」
アーノルドは相当空腹なのか、フラフラと厨房があるのだろうその場所に向かう。
──厨房にいてもいなくてもあのご飯だけは食べたくない!!誰もいないでくれ!そして私に美味しいご飯を食べさせてくれ!いや!作らせてくれ!!!
碧衣はアーノルドのあとを歩きながら、そんなことを切に願っていた。
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