第4話:生活開始!-2
ブライアンは碧衣とアーノルドのちょうど真ん中に当たるところの円外に立ち、碧衣とアーノルドの双方を交互に見る。
「ルールは簡単です。どちらかがこの線から出れば即刻敗退とみなします。剣は寸止め、当てるのは禁止です。相手に致命傷をおわせるのも禁止です。3本勝負の2本先取で勝利とします。では始めてください」
パンっとブライアンが手を叩くと同時に彼女と十分距離があったアーノルドが長い足を使って一気に詰めてくる。
一気に先制攻撃を仕掛けて終わらせるつもりかな?足が長いとそこら辺有利で羨ましいな。
「おっと」
ブォン、と風を切る音とともに目の前に剣が振り下ろされるが、碧衣は何気ない顔ですっと避けてアーノルドの横に立つ。それをみたアーノルドは、はっと目を見開く。まさか避けられるとは思ってなかったのだろう。
───確かに練習を見た中ではこの人は頭抜けて強い。……でも。
碧衣はピッと寸止めで横からアーノルドの首の付根に剣を当てる。
「1本、アオイ様」
ブライアンの声に騎士たちがざわめく。まさかどこの馬の骨ともわからない少女に公爵家の副騎士団長が1本取られるとは思っていなかったのだろう。
アーノルドもさっきの驚いた顔とは一変、悔しそうな顔で碧衣を見て、その悔しさをそのまま表すかのように大きく一歩、また踏み出す。
「おっと」
さっきのことで学んだのか、1本目をおとりに後ろから2本目を繰り出してくる。
「バレバレですよ」
「なっ」
碧衣は優しい笑顔を浮かべてアーノルドの攻撃を木剣でいなし、そのまま絡め取るようにアーノルドの手から木剣を払いあげ、喉先に自身の木剣の先を突きつける。
「勝負あり、勝者、アオイ様」
ブライアンの声で騎士たちは少しざわめき、遅れて拍手が聞こえ始める。
「ありがとうございました」
碧衣に負けたのが相当不服だったみたいで、アーノルドはぶっきらぼうにいえば、ふいっと顔をそらしてその後ひとりでに素振りを始めた。ブォンと風を切るような切れの良い音が聞こえてくる。
──やっぱりこの人強いんだな、さっきの騎士たちから聞こえた素振りの音とは違う。
なんてことをアーノルドの素振りをみながら思っていれば。
───ん?
「…………あぁ!!!!!」
───わかった!!!!
「どうしました?アオイ様」
ブライアンは何事かと声を上げた碧衣に駆け寄り、アーノルドは不機嫌そうな顔で彼女を見つめる。
アーノルドの顔に『まだなにか言いたいのか』とかいてあるのが見える。
──意外と顔に出やすい人なのね。
「わかりました、なんで違和感を感じたのか」
碧衣のその言葉にざわつく騎士たち。
それもそうだろう。こんな小さな素性も知らない女に指摘されるのだ。アーノルドが不満そうな顔をしてしまうのも無理はない。しかし、今の彼女には指摘するということ以外頭になかった。
「なぜですか?」
ブライアンに聞かれ、碧衣はアーノルドの近くに寄り、
「アーノルドさん、構えてみてください」
「は?」
「いいから!早く!」
怪訝そうな顔をするアーノルドに碧衣は半ば強制的に構えさせると、
「ここです、ここ」
碧衣はしゃがみこんでアーノルドの後ろ足を指し、騎士たちは彼女が指しているアーノルドのかかとをじっと見つめる。
「どんなに前傾姿勢になってても、足がべったり地面についてたら攻めるまでに足を浮かせて動くということをしないといけないからタイムロスがどうしても生じてしまうんですよ」
「たいむ……ろす?」
ブライアンは理解していないのか、わからない、といった顔で碧衣を見る。
──言葉はわかっても理解されないって難しい。まるで中途半端に勉強したまま留学しているような気分だ。
「……これは口で説明するよりも見たほうが早いですね」
碧衣は近くにあった木剣を取って実際にアーノルドがやっているように構える。
「これは普段みなさんがしている構え。これで前にいる敵を攻撃しようとすると、……ここでっ、一回かかとを浮かせるという作業がいります。でも……」
碧衣は軽く攻撃をする行動を取り、その後構えを改める。
彼女の凛とした姿勢は騎士達はともかく、ブライアンやアーノルドも息を呑むほどきれいであった。
「このようにかかとを浮かせていれば、その作業がいらないので……こんなふうに、早く相手に斬りかかることが可能です。これは前だけでなく、横や斜めにも柔軟に対応できます。今までより半歩以上早く対応できるといえるでしょう」
「それは大きい……」
「半歩……!」
碧衣の言葉にこれまでで一番の声がそこかしこから上がる。
──剣道でも試合における半歩は相当違うし、私も実感している。それが実際に真剣を使っている人からすれば半歩は本当に大きいだろう。
「…………」
騎士たちに囲まれていた碧衣は、アーノルドはなにを考えているのかわからないまま彼女の顔をじっと見つめていたのを気づかなかった。
「これは……」
碧衣の動きを見ていたブライアンが顎に手を当て、なにか考えたような顔をする。
「アオイ様」
「はい」
ブライアンは真剣な顔で碧衣の顔を見る。
──見た目からしてブライアンは結構年上だろうけど、顔が整ってる人にこうも見つめられると照れるな。
「このことはここの騎士たちと当主様以外には決して他言されないようにしてください」
「え、うん」
真剣な顔で言われるもんだから正直びっくりしている。
──別に誰に言うこともないけど。
「みなも他言はしないように」
「「「はい!」」」
この時代ではリーダーの言うことは絶対なのだろう。迷うことなく返事をする騎士たちに外国の映画で見るような光景を目にする。
「アオイ様」
「はい」
「今回のことがここだけでなく、国、そして世界に広がればアオイ様を欲しがる家や国が出てくるでしょう。そうなればアオイ様をどんな手段でももらおうとしてアオイ様に非常に危険がおよびます。ましてやアオイ様には今は後ろ盾となるものがいません。そのためにも他言してはならないと考えました」
──この人はどうしてこうも優しいのだろう。私はこの国にとってはどこから来たかもわからない、最悪どこかの国の間者と言われてもおかしくない。
それなのにこの人は、私を、クロードの婚約者でもなく、知らないとこから来た少女でもなく、1人の人間、姫塚碧衣としてみてくれている。現代では神使としてみられていた私にとってはどうもむず痒く感じてしまう。
「……アーノルド」
「はっ」
ブライアンはふとアーノルドの名を呼び、アーノルドはブライアンの前に立つ。
「今日からアオイ様の護衛を任とする」
「……はっ」
アーノルドは一瞬不服そうな顔をするも、上司の命令は絶対ということからだろうか、短く返事をして右手を左胸に当てる。
──え、ちょっとまってまって。別に私護衛とかいらないし、こんな不服そうな顔した人に護衛されても嬉しくないし!どんなに腕が良くても逆に不安が募るわ!!
「……ブライアン」
「何でしょう」
ブライアンはにっこりとした顔で碧衣に向き直る。さっきまで厳しい顔してアーノルドや騎士たちに命令していた人とは思えない。騎士達もブライアンの表情には戸惑いを感じているようだった。
「別に私は護衛とかは……」
「アーノルドは騎士団で相当な腕の持ち主です。アオイ様に危険が及ぶことは殆どないかと」
「そういうことではなくて……」
──本当にただいらないだけなんだけど……。何かあればセツたちが守ってくれるし……。
「クロード様の婚約者の護衛など本当に名誉なことなのです。それにこれはクロード様からの依頼でして」
「依頼?」
碧衣はブライアンの言葉を繰り返す。
「アオイ様に護衛をつけるようにと朝出かけられる際に言われたのです」
ブライアンの言葉に彼女は驚きを隠せなかった。
クロードは一時的とはいえ自分の婚約者になる碧衣自身に危険が及ばないように扱ってくれているという事実を碧衣はひしひしと感じる。
それにこれはクロードからの、公爵からの、この家の当主からの”依頼”。依頼なんて聞こえはいいけど、ブライアンたちからすればこれは”命令”だ。それを抗うなんてできないのだろう。
それにブライアンはともかく、アーノルドなんて『早く承諾するか断るかしろよ』なんて顔をしてる。
──あぁ、でもこんな空気じゃ断るに断れないじゃない。
「……よろしくお願いします」
碧衣はブライアンの言葉に押されるがまま承諾する。
「アーノルド」
「アーノルド・ウィリアム・ヘッセン。この剣をアオイ様のために振るうと誓います」
ブライアンに呼ばれたアーノルドは碧衣の前に片膝を付き、彼女の手の甲に静かに唇を落とす。
──クロードもそうだけど……。外国だから、仕方ないんだろうけどさ、こうも顔の整った人にこんな事されると心臓もたないんだけど。
「……よろしくお願いします」
こうして、碧衣の護衛はなんと彼女に模擬試合で負けた騎士のアーノルドに決まった。
──あぁ、再先が思いやられる。
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