第4話:生活開始!
結局、自分の身元の保持のために碧衣は公爵家のクロード・ヴァン・タヴェルニエ(本名……というかフルネームはそう言うらしい)の婚約者になった。一応碧衣がここに来た理由の解明と元の世界の帰還を婚約の期間としてる。
………のだが。
「暇だ……」
碧衣は公爵家で用意された部屋のベッドの上で仰向けになり、暇を持て余していた。
彼女の存在はこの世界では、爵位もなく出身による後ろ盾もないため、クロードの婚約者であることは、碧衣自身に及ぶ危険も考えて、おいそれと公にはできないらしい。
クロードからは今度のリュカの誕生パーティで碧衣の存在を公にするために色々根回しをするらしく、その間公爵家から出れないことになっている。
だから今できることは公爵家にある本で碧衣がここに来たことの究明だが、転移とか召喚に関する書物は、子供に聞かせる童話にあるような勇者召喚や神様が世界を助けたというような話くらいしかない。それに暇すぎてもう公爵家にある本は読み切ってしまった。
一番驚いたのはこの世界の言語理解が言葉だけでなく文章でもできたことだった。本を開いて目に入ってくるのは全くわからない文字だけど、読んでいけば自然と脳内で理解できた。最初はなんか違和感しかなかったけど、今ではもうすっかり慣れてしまった。……慣れって、怖い。
「アオイ様」
特にやることもなくスマホでチェスを開き、「次の手は……?」なんて考えながらベッドに寝転がっていると、扉がノックされ、外から声がかかる。
「なんでしょうか」
碧衣はスマホを枕の下に入れ、ベッドに座って声を上げれば、扉が開き、50代くらいだろうか、ここで暮らすと決まった初日にクロードから紹介されたメイド長のアミラが入ってきて碧衣に頭を下げる。
──スマホなんて知らないものを知られたらスマホが取られかねない。私の唯一の娯楽が取られるのだけは勘弁してほしい!!!
正直メイドの数にはびっくりしたけど、私の家にも使用人は何人かいたから人数の多さに慣れるまでにはそう時間はかからなかった。
「お食事の準備が整いました」
「………はい」
もうそんな時間か、なんて思いながら重い腰を上げ、アミラについていけば、もうすでにクロードは座っていた。相変わらずテオは私をなにか珍獣でも見るかのような目で見てくる。──相当嫌われてるんだなぁ。としみじみ感じている。
「おまたせしてすみません」
「いいんだ」
碧衣が座るとクロードは食べ始め、碧衣もそれに続いて小さく”いただきます”とつぶやいて食べ始める。
料理のマナーは現代と相違ないが、いただきますとか最初の食べる言葉はないらしい。
この世界の料理は、見た目は悪くない。というかむしろ現代より凝ってる面もみられる。俗に言う映えってやつ。写真映え~とか、そんな感じ。現代だと一瞬で有名になるだろう。
…………のだけれど。
味がなんというか……、正直言って美味しくない。魚はパッサパサだし、肉は旨味がなくなるまで焼いてる感じだし、脂肪多いし、なんと言ってもパンもボッソボソで硬い。初めて食べたときはひとくち食べただけで顎の筋肉が死にそうになった。これならフランスパンでも食べてたほうがまし、と言いたいほどだった。
────後で自分でつくろう。
初めて自分が料理ができててよかった、と思った瞬間だった。
「もういいのですか」
カチャッと静かに食器を置けば、クロードが聞いてくる。もういいも何もパンは硬くて顎の筋肉が死にそうだし、咀嚼しすぎて満腹中枢が跳ね上がってるし、本当に満腹かどうかなんてわかったもんじゃない。
「えぇ。ごちそうさまでした」
「ごちそうさま……?まぁいいです。今後の件ですが、今度殿下の誕生パーティには僕の婚約者として出席してもらいます。その際に、アオイには僕の姉の夫の家の養子であるということになりました。デビュタントには丁度いい年齢ですし、今存在が初めて明るみになっても誰も不思議がらないでしょう」
”ごちそうさま”に疑問を持ちながらも食後の紅茶を飲みながらいうクロード。
……くっそ、何しても絵になるのが何かと腹が立つ。
「わかりました」
「明日の午後、姉夫婦が見えますので、そのつもりでお願いします。そして明日からは社交界の勉強をしてもらいます」
とりあえず社交界に出れば書物がみられるってわけか。
「はぁ……」
とりあえず地獄のような食事は終わった……。後で厨房に行ってなにか作ろう。やっぱり咀嚼しすぎて満腹中枢がおかしくなってるわ。
そしてお昼過ぎ。
この世界には基本的に時間の概念はなく、教会が一時間ごとに鐘を鳴らし、おおよその時間を決めていく方式らしい。スマホがある碧衣には正確にわかるが、最悪なのはこの協会の知らせる時間というのがまた大雑把で、15分~20分ずれることなんてざらにある。
──スマホはきちんと充電して使えるようにしとこう。
「今1時過ぎ……3時位に厨房に行ってみようかな」
その間は……とりあえず散策?社交界に出たら城下町なんて行ってみたいな…。日本の商店街とも、以前仕事で行った海外の町並みとも時代は違うし新鮮なものに溢れてるだろうからな……。
今はとりあえず散策、と碧衣は部屋を出てただ宛もなく公爵家の中を歩いていく。始めてきたときにみた植物園みたいなとこでも行くか。
そんなことを思いながら道もわからずに歩いていると。
『おら!肩開きすぎだ!!』
『はい!!!』
男性の野太い声が聞こえてくる。───なにしてんだ?と声のする方へ行けば、ブォンと木剣を振るう姿や実際に模擬戦をしている姿があった。
碧衣には木刀を奮っている姿に懐かしさすら感じる。
「あれ?女の子がいる!!!」
近くにいた碧衣と年の近い男性だろうか、可愛らしい顔つきの男性が碧衣に気づき、声を上げれば、その場にいた男性が全員彼女の方をみる。
「本当だ、女の子だ」
「どこから来たんだろ」
「ばっか、お前この前クロード様が言ってたろ、クロード様の婚約者だよ」
わらわらと碧衣の周りに人が集まってくる。こんな高身長の中にいれば、自然と巨人の森にいる気分になる。様々な話が聞こえる中、碧衣の前に30代くらいだろうか、一人の男性がくる。
「こんにちは。私は公爵家騎士団、騎士団長のブライアンと申します。ブライアンとお呼びください」
とにっこり笑いかける。
「こんにちは。私は碧衣と申します。よろしくおねがいします。ブライアンさん」
「さんはいりません。騎士団長といえど私は一介の騎士です。クロード様の婚約者様が騎士に敬語を使う必要はありません」
───そういうものなのか。年上に敬語を使うとかそういう常識はここでは通用しないのか。
「……わかった。よろしく、ブライアン」
「はい。よろしくおねがいします。アオイ様。騎士一同、アオイ様をお守りいたします」
ブライアンの声のあとに後ろに控える騎士は右手を左胸に当てる。この国のやり方なのだろう。
「ところでアオイ様、何をされているのでしょうか」
「ちょっと散歩してたらここにきたというか……声が聞こえたので」
「そうですか。少し、みていきますか?」
───おぉ!それはみてみたい!現代で剣道はしてたけど、本場の練習はやっぱり竹刀でするより見応えはあるだろうし。
「良ければ、みてみたいです」
といえば、わぁ!っと周囲が沸き立つ。
練習場に案内され、ここにどうぞ、と日陰に案内され、その数秒後にほかの騎士の方が椅子を持ってきてくれた。
───なんて優しいんだ。
「…………」
”やぁ!””はぁ!”と騎士たちの上げる声を聞きながら、碧衣はじっと騎士たちの動きを見て違和感を感じる。
───なんだろう、この感じ。もっと強くなるはずなのに、何かが、何かが彼らの強さを邪魔している気がする。私は現代では家柄、武道は一通り経験してきた身だ。特に剣の道は全国大会に出て順位もそれなりの順位を収めてきた。だからってわけじゃないし、特に本当の剣と竹刀は違うと言われれば実際そうだし、戦い方も勝つやり方だろうから私の剣の使い方は参考にならないかもしれない。でも、それでも私がここで教えたことで彼らの流す血が少なくなれば?誰だって、たとえ死ぬ覚悟で挑んだとしても、自分の血を流すのは嫌だろう。私だって嫌だ。
「……あ、あの」
碧衣が声を上げれば、近くで剣を振るっていた騎士たちから順に動きが止まり、最終的には碧衣自身のところにブライアンが来る始末に。
───あぁ、なんか言うの嫌になってきた。
「何かありましたか?」
「いや、何かあったとか、そういうんじゃないん……ですけど」
碧衣が言いやすいようにか、碧衣の視線に合わせてしゃがみこんでくるブライアン。
──なんだろう、おじさんにあやされてる子供の気分だ。
「なにか気づきましたか?」
ブライアンの発した言葉に、碧衣はもちろん他の騎士までざわつく。
「あの、さっきから戦い方とか練習を見てたんだけど、動きに違和感があって……」
「……ならば、実際に、戦ってみますか?」
「へ?」
ブライアンの言葉に思わず間の抜けたような声が出てしまう。
「実際に戦えばわかるものもあるでしょう。なにも本物の剣で戦えなんて言いません。見たところアオイ様も剣を知っておらっれるようだ」
───何だ何だ?この世界にはエスパーみたいな力があるのか?
なんて思ったけど、ブライアンが碧衣の手のひらに視線を落としたことで、
あぁ、竹刀を握ったときに出るタコで私が剣の道を知ってると思ったのか。てかすごいな、普通手を見ただけじゃわかんないけど。と気づく。
「これを使ってください。この中で軽く使いやすいでしょう」
と碧衣がブライアンに渡されたのは1本の木剣。……に近いけど、どちらかといえば木を削って作った、木刀に加工する前の剣という見た目だ。それに……なんというか…………、重さのバランスがまちまちすぎる。正直持ちにくい。
「自分で選んでもいい?かな?」
「……えぇ。どうぞ」
ブライアンは少し驚いたような顔をしたが、すぐに笑顔に戻る。
「彼女は……アオイ様は……」
ブライアンは彼女の走り去る姿をじっと見つめ、優しい笑顔を浮かべる。その姿に他の騎士達は戸惑いを感じていた。
無理もないだろう。彼は公爵家でも、国でも相当な腕の持ち主で、”鬼将軍”とまで呼ばれているほどだ。そんな彼が笑ったのだ。明日雪が降ると言われても今の騎士達は信じるだろう。
碧衣は無造作に置かれている木刀に目を向け、一本ずつ手にとっていく。
置かれている木剣はやっぱり重さとか、持ったときのバランスはどれも違っていたけど。
───あ、これがいい。
ふと持ち上げたときの感覚や重さが碧衣自身にマッチしていて、しっくりきた。
「決まりました?じゃあ相手は……、アーノルドがいいでしょう。彼は騎士団副長ですし。……アーノルド」
と言われ、出てきたのは藍色の髪に藍色の目をした無表情の男性。なんとなくテオを思い出す。
「お願いします」
頭を下げると、アーノルドは黙ったままムスッとした顔で碧衣を見たかと思えば、白線の描かれた円の中に入る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます