第3話:精霊の主?-2



「えぇ。この世界で例えるなら、私は精霊の力を借りるのではなく、神の力を借りてその力をふるいます。その影響からか、神使には昔から魔力や魔術など他のものとは最悪と言っていいほど相性が悪いんです。おそらく、魔法も使えないでしょう………ほら」

 実際にリュカがやっていたようにスッと手をかざし、火が灯るイメージをするも、魔法陣はおろか、魔法が発動するような状態にはまったくならない。───そもそも魔力を感じても気分悪くなるのに無理よね。


「ということは……」

 何かを察したようにクロードは声を上げてリュカを見れば、リュカは静かに頷く。テオはテオで碧衣の顔をジッと見つめる。

 ───そう、魔法が使えないということは精霊との結びつきは無いということ。精霊との結びつきが無いということは私はこの世界で言うところの精霊の主ではないということだ。


「彼女は精霊の主ではないということでしょうか」

 テオはそう言って剣にかけていた手を外す。

 ──神と契約している存在を切るのは不敬、ということだろうか。もしくは私は怪しくないとでも思ったのだろうか。なにかわからないけど、剣を抜こうとするのがなくなるのは正直ありがたい。


「………でもそれでは不自然です」

 クロードはふと顎に手を当てて考え込んでいた顔を上げて声を上げる。


「アオイは、なぜここに召喚されたのでしょうか」

 とクロードは不思議そうに碧衣を見る。


 ───そうだ。それは私も疑問に思っていた。なんで精霊との結びつきのない私がここにいるのか。そして、なぜ私は召喚陣の中ではなく、公爵家にいたのか。リュカの言うように、この世界にもしもなにか将来的に大きな厄災が起きるとして、魔法のまの字も使えない私が召喚されても、この世界に何もできなければ、この世界は何の得にもならない。むしろ世界が滅びるんだし、損しか無いはず。………ただ、損得を考えずに私がこの世界に召喚された理由を考えると考えられる要因は多くない。ただ、それには大体面倒なことがついてくるのは確かだ。


 一つは、まぁ常識的に考えていくとすると。私が召喚されたとき、実際にこの世界で精霊の主を召喚する儀式を行っていた。……が。もし、召喚主の召喚が途中でやめなければならない理由があったり、召喚自体が何らかの形で失敗したりしたとしたら?そして、そうなったことで、その失敗で本来来るはずだった精霊の主という召喚者の代わりに私が来たのだとしたら?そうなると私が気付いたらこの世界に来ていたのは想像がつく。実際に神がちょっとした目的で眷属や霊魂を召喚しようとして、何らかの形、季節や時間帯など、些細なことで失敗して別のものを召喚してしまった、なんてことは少なくないし、私はよく人間が失敗した召喚の後処理を仕事としてしていた。


 他には、この世界に、この世界にいる神が、神使の私を”精霊の主”という名目で召喚したということだ。……でもそうなると何らかの代償が来るはず。例えば、私を召喚した神が私を召喚する代わりになにか等価交換で……私になにか膨大な力とか、まぁいわばこの世界に召喚して私にやってほしいことに匹敵するくらいのものを私に与えている、とか。でも感覚的には私はなにか変わった感覚はないし……。異世界こっちにきて時間が経ってないから気付いてないだけ?

 まぁでも一つ上げるなら神との結びつきが強くなったくらい?だよね。でも大体、こういう召喚のときの神の等価交換って私が一応眷属という立場になるのだから、私と召喚主である神との契約が絶対条件だよな……。召喚するにはそれに見合う力の提供とその神との契約を、他人に幸福を与える場合には自身の幸福を契約者に与える、とか。それが神のやりかたのはず。新しく契約したような記憶も、痕跡もないし……。……でも一応、いつからかはわからないけど神との結びつきは強くなってるらしいし、実際にフウガは何もしなくても現しこっちに出てきてたし。……一応、このことは頭の片隅にでもいれておこう。


 あとは……あまり考えたくないけど……。単なるこの世界の神の気まぐれ、とか。実を言えば、これが一番厄介で、私にとっては、経験上一番あってほしくないことだ。実際、神の気まぐれというのは本当に存在する。やることは神隠しとか、自分が現し世で住んでいる神が深く信仰してくれる参拝者に幸福を与えたけどその幸福が宝くじにバンバン当たるとか小さな幸福レベルではなかった、とか、逆に悪いことばかりする人間に少しバツを与えたらそれが本人以外にも影響してしまった、とか。大体神にとっては些細なことだけど、人間にとっては大きな事件につながってしまった、ということが多い。私が小さい頃なんかは神使なんてめったに生まれるものではないから、神の好奇心や興味でよく隠り世に誘い込まれて神隠しのような状態になったことは数え切れないほどあった。そのたびに捜索願が出てたっけ。

 そして、大体こういう神の気まぐれという場合には神たちの欲求を満たす必要がある、という特典が一番厄介なのだ。

 私が経験したときには、”人間の料理が食べたい”だの、”人間という存在が見てみたい”だの、現し世に出て人間の格好して自分が生活すればいいだろ!!って言いたくなるほど、本当に、ほんっっっっっとうにしょうもない欲求が多く、それがまた神が満足して返してくれるまでもが長いというのもある。私が小さいときには6ヶ月ほど、ただ神が”人間の生活が知りたい”ということで隠り世で私の生活を観察するという地獄のような日々があった。数万年、神によっては数億年の寿命がある神にとって、6ヶ月なんて本当に短いと感じているのも無理はない。でも私が小さい頃は私と神の時の流れの感覚の違いには頭を悩ませたほどだった。ただまぁ良かったことは、隠り世と現し世とでは時の流れが大きく違い、隠り世で過ごした6ヶ月は現し世では1週間にも満たなかったことだった。


「アオイ?大丈夫?」

 目の前でリュカが手を振り、碧衣はハッと我に返る。


「大丈夫です」

「とにかく」

 リュカはパンっと手をたたき、笑顔を浮かべる。


「どうしてアオイがこの世界に来たのかは調べていくとして。今はアオイの身元をしっかりしておかないと。アオイが神と契約するもの、異世界からやってきた、なんて知られたらアオイは色んな人に狙われるだろうから、流石に王室では預かりきれないし……」

「では、私の家で預かりましょう」

 とクロード。


「アオイは私の婚約者という名目で家にいれば他の家は何も言えないでしょうし、公爵家の婚約者ということにすれば国で閲覧規制されている本も自由に見ることができますし、アオイが来た理由もわかるのではないでしょうか」

 ───おぉ、それはいい事ずくめではないですか。婚約としておけば解消するときは後腐れなくできるし。婚約破棄されても私の家柄はこの世界では関係ないし。


「アオイはそれでいい?」

「はい。大丈夫です」

 碧衣はリュカの問いに即答すると、クロードがスッと碧衣の前に来て片膝を付き、見上げて『よろしくおねがいします』といった後に彼女の手の甲に静かに口づけを落とす。

 ───イケメンは何をしてもイケメンね。


 ──とりあえず、最優先は私がなんでこっちに来たのか、その理由を探ることをしないと。そして実際に城では召喚が行われたのかについても調べないと。そして、何よりも観光もしないと。せっかく異世界に来たのだから、初めて見るのもあるだろうし、いつ帰れるかもわからないのだから。

 学校にもいかなくていい、仕事もしなくていい、姫塚家に帰る必要もない。

 こんなに素晴らしい日々は絶対に日本に帰ればもう経験できないだろうし。楽しめるときは思い切り楽しまないと。これは私の長期休暇よ、長期休暇。


 なんてことをクロードをみながら考えていた。


 しかし、彼女は知らなかった。というか、もし過去に戻れるならこのときの自分を何が何でも引き止めて街にひとり暮らしでもさせてくれ!!!と言いなさい!と教えたい。



 公爵家とはいえ、貴族の婚約者になるということは、いいことと同じくらい、いや、それ以上に面倒なことがひっついてくるということを。


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