第2話


――地下室。


 ミランダは階段を降りるとじめじめとした細い石造りの廊下を大股で急ぎ気味に歩いていく。


 突き当たりに見える怪しげな紫色をした扉がサントリウス卿の研究室だった。


 そこに至る廊下の両脇には牢屋が並んでいる。城の地下はそのほとんどが犯罪者の収容にあてられていたのだ。


 サントリウス卿のみが拘束される事なく研究室と言う名目でこの地下で拘束されること無く過ごしている。


――謎の人物、サントリウス卿。彼は卿と呼ばれつつも特に貴族だというわけではない。本来であればあの時、すぐにでも処刑されていた可能性すらあったのだから。





 召喚術。


 異世界との門をつなぐ事で大いなる力を呼び寄せるこの国の切り札とも言える最強の秘術。


 だが召喚師の血は徐々に薄くなり、超常的な力を操っていた召喚術師達も徐々に力を失っていった。


 そこで数年前、この国の最後の召喚術師が戦争を終わらせるために最強の幻獣を召喚しようとした。


 莫大な量の砂糖やバッタを対価として行われた大召喚の儀だったが詠唱の最中、唐突に魔法陣が爆発した。皆が失敗したのだと思った中、もやの中から現れたのは幻獣等ではなく奇妙な服を着た人間だった。それこそがサントリウス卿であった。

 真っ白な外套と透明石を精巧に加工したと思われる筒を二本手にし、魔法陣の真ん中で突っ立っていたこの男は見るからに怪しかった。




「よっしゃあああああ! 出来たで! これこそワシの求めた究極のカッフェちゅーやつや! あっさりして飲みやすいけどかといって安っぽくない! 重厚な香りに――ってなんやお前ら! 吉田も田中もいきなり毛ぇボーボーのむきむきマッチョやないけ! 変なコスプレまでしてワシの事祝ってくれるっていうんか!?」


「い、いや、貴様は一体――」


 召喚術師が会話を試みようとするがさえぎられてしまう。


「まぁええわ、これ飲んでみ! これこそ最強のブレンドや! ついにクラフトボス一号完成じゃ!」


 この男、人の話を聞いちゃいない。ちりちりと魔脈から漏れ出す魔煙の中で良く解らぬイントネーションで唾を飛ばしながら間断なく喋っている。まるでこの世に口から産まれたかのようだった。


「……今一度問う。貴様、何者だ」


 大召喚に立ち会った勇者メルポンが腰に携えた聖剣ネコカリバーの柄に手をやり緊張と共に謎の男に問う。


「誰? はぁ? お前それ第一研究室に来といて今更やな。まぁええわ耳くそかっぽじってよう聞けや。ワシはサ〇トリー第一商品開発室研究員臼井新太郎じゃ! トレードマークはこのぶあっついくそメガネとおしゃれなダブルの白衣じゃ! ド近眼やけお前らの顔は見えん! だからお前らがワシの顔をよう覚えとけ! 解ったか!」


「サントリ……なんと?」


「サ〇トリーの臼井じゃゆーとんねん! サントリー! 臼井!」


「サントリ……ウス……? まぁ良い、サントリウス、貴公の持つその黒き水はなんだ。まさかそれこそがそなたが最強の幻獣たる所以なのか?」


「お前等さっきから人の話聞かんのー! 厳重てなんじゃい! さっきからこれはクラフトボス試作一号やゆーとるやろがい!」


「クラ……何?」


「クラフト! ボス!」


 臼井は唾を飛ばしながら怒鳴った。


「クラフォス……? いや名前ではなくそれはなんなのだ、何らかの魔道具なのか? このかぐわしい香りは……魅了(チャーム)に属するものか? くそ、涎が止まらぬ……」


「……何言うとんねんお前らは、大丈夫か? 第一研究室ゆーたらコーヒー開発しとるにきまっとるやろがい! まぁいいわ、ほらこれ喰え! そんでこれ飲め! それでわかるやろ!」


 サントリウスはポケットから銀色の包み紙に入った菓子のようなものとビーカーに注がれた黒水を差し出した。


「よし、では朕の毒見役に――むが!」


「ごちゃごちゃ言ってんとお前が喰えや!」


 王の言葉を遮ってその口に菓子をねじ込む。


「き、貴様ー!」


 衛兵がサントリウスを拘束しようとするが王は手で制した。


「ま、待て……良い……! な、なんという美味……これほどの甘味を朕は――ぐふう!」


「はいはいまだですよーってな! 次はこれじゃ!」


 まだ喋ってるのにビーカーの黒水を流し込まれる王。だがそれに怒るでもなくもそもそと咀嚼しながら王は涙を流しながらサントリウスを見た。


「……美味い……! な、なんなのだこれは……」


「だからー何回言わせるんや! おっさんボケとんか! クラフトボスや!」


 それは甘味こそが至高とされてきた帝国において驚きをもたらした。


 ほのかな苦みと旨味の混じるその黒い水――サントリウス卿曰く「クラフォス」は驚くほど美味だった。


 単体での旨さだけではなく甘味の魅力を何倍にも引き上げたのだ。


「……よし、分かった。貴公が何者であろうと構わぬ。これから貴公はこの黒水――クラフォスをこの城で作るのだ。ありとあらゆる設備と原料を使う事を許す」


「ありと、あらゆる……? ええー! いいんですかぁ! ほな新型の検査機とか――っていやいや! ここどこやねん!?」



――あれからもう二年が経過している。

 サントリウスはようやく自分が異世界から召喚されたと気付いたが「まぁやる事はどっちでも変わらんわ!」と言って研究に没頭しだした。

 驚くほど順応性の高い男だった。


 だがその彼にとってもあの味を全く未知の世界で再現するのは非常に難しく、苦しんでいた。

 ようやく似たような豆を見つけて同じように焙煎しても全くおいしくならなかったのだ。


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