サントリウスの戦い
猫文字 隼人
第1話
「報告! ギガントゴブリンの大群にメカゴブリン軍団が合流! 率いているのは……くそっ、ゴブリン帝国七本串が一串、ニャポポタマス! 攻城兵器も多数……! このままでは城壁が持ちません!」
遠眼鏡を覗き込んだまま若い兵士が叫んだが部屋の中にいた軍師たちは顔色一つ変えはしなかった。
最古参軍師の一人であるレガリスは目の前の作戦会議用テーブルに広げられた巨大な地図と戦略用の駒を前にして、ペンを投げた。
「……勝つことを考えなくて良い軍師とは楽なものだな。耐えさえすれば我らの任務は果たされるのだ。だが、時間の問題か。メカゴブリンまでこちらに派兵する余力があるとは完全に奴らの力を侮っておった。たとえゴブリンであろうと数の暴力というものは馬鹿に出来ぬものだ」
「あなたが諦めてどうするというのですか! まだ、我らに勝機は――!」
もっとも若い軍師、フォルモサが戦略図を叩き付けながらそう凄みレガリスに噛み付く。
「この状況からの勝利、か。そうだな、この状況をひっくり返す可能性も確かにゼロではないだろうな。たとえば天より隕石が降り注ぎゴブリンだけを正確に狙い撃つか、唐突に起こった地割れに奴らだけが全て飲み込まれでもすれば勝てるかもしれん訳だからな」
「くっ……!」
皮肉を込めてうっすら笑みを浮かべたレガリスが吐き捨てるとフォルモサは歯がみし、何も言葉を返せなかった。既にこの城が落ちる事など皆理解していたのだ。
ただ、認められぬだけだった。
部屋の中にいた皆が口をつぐみ、重い沈黙が澱のように場を支配していた。
「……まぁ、それでも悪い人生では無かったな。私はこの国のために尽くせて満足している。だがそれもあと僅かな時間しか残されてはおらぬだろう」
レガリスがそうこぼすと重鎮名誉騎士スティラータがその言葉に頷いた。
「それは確かにそうかもしれぬ……だがこの作戦に加わった若い新兵達だけが不憫でならん。新兵達よ。お前達にもしも何か思い残すことがあるならばこれから先は皆好きに過ごしてよい。なぁに、最期の時間くらいはワシら老いぼれが稼いでみせよう。そこの、お前は何か思い残すことはないか?」
「わ、私でございますか! でしたら……そうですね。数年前、王が口にし、あまりのうまさに卒倒したというクラフォスを……。そう、サントリウス卿のクラフォスを最後に一度飲んでみたかった……いえ、解っているのです。クラフォスは未だに再現出来ておらずそのような願いは叶わないという事くらい」
クラフォスという単語を聞いて部屋の中にいた皆がごくりと唾を飲み込んだ。
「……クラフォスか……この戦いが始まってからそのような存在も完全に忘れておった。確かにそれならワシも死の前に王に至高の黒水とまで言わしめたクラフォスを一度味わってみたいものだな。この一大事にも関わらず奴は――サントリウス卿は研究室にこもっているのか。なんとも剛胆なものだ――おい、新兵。名は何という」
レガリスにそう声をかけられた女性兵士が畏まって返事をする。
「はっ、観測部隊のミランダであります!」
「そうか、ならばミランダ。もう遠眼鏡で外の様子を見る必要はない。城門が破られるのは遅いか早いかの違いしかないのだからな。お前は今すぐ地下室からサントリウス卿を連れてくるのだ。作りかけでもよい、奴のクラフォスでこの国感謝し、乾杯でもしようではないか」
「はっ! た、ただサントリウス卿の研究室は絶対に出入り禁止だと申し付かっておりますが……! 一兵卒である私があのような場所に足を運んで良いものか……」
「良い、どの道もう終わりなのだ。サントリウス卿が何か言うならワシの命令だと伝えるのだ。それに奴とて我らが今わの際に奴のクラフォスが飲みたいと言えば喜んで提供してくれるだろう」
「かしこまりました! では今すぐに!」
ミランダと名乗った兵士は大きく叫ぶと部屋の外へ慌てて飛び出ていった。
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