まずはあいつを血祭りに上げてやる

 3


 オレが魔王に転生してからひと月が過ぎた。女子社員はかなりオレを気に入っていくれたようで朝昼晩のメシはもちろん心地好い寝床まで提供してくれた。

 朝は女子社員のアパートの部屋で目を覚ましてハムエッグとトーストの朝食。昼は公園のベンチや給茶室で手作り弁当。夜は女子社員が腕を振るって作ってくれる豪華なディナー。そして水浴びして眠る。そんな毎日だ。


「スズメが雑食でホントによかったぜ」


 スズメは何でも食う。米はもちろん野菜も肉も魚も問題なく消化できる。もちろん食ってばかりいたのではない。この一カ月、オレはひたすらレベル上げに励んでいた。魔法の威力が小さい原因はレベルの低さにあるとわかったからだ。


「うわー、チュン吉、すごおい!」


 女子社員が歓声を上げている。ふっ、驚いただろう。旋回しながら時速百kmで飛翔するハリケーンフライトだ。

 これには魔法を使っていない。体術だけの技だ。今では腕立て百回、腹筋百回、スクワット百回が余裕でできる。

 もちろん魔法のレベルも各段に上がった。爆風を放てば机上の書類は全て吹き飛ぶし、くちばし突きはスマホの画面をヒビだらけにするし、爆裂魔法は普通のおにぎりを一瞬にして焼きおにぎりにしてしまう。魔王と呼ばれるにふさわしい破壊力だ。


「魔王チュン吉様。本日もご機嫌うるわしゅう存じます」


 日曜日の午後、アパートの窓際で日向ぼっこをしているとチュンフェルがやってきた。オレの前でうやうやしく挨拶をする。

 こいつは半月ほど前、夜の公園で偶然出会ったスズメだ。エサを巡ってカラスとケンカをしていたのだ。しかも一歩も引けを取らない。その雄姿に感動したオレは魅惑魔法を使って部下にした。現在、雑魚ざこスズメ百匹を束ねる参謀長を任せている。ちなみにチュンフェルという名はオレが付けてやった。ちょっとカッコ良すぎたかもしれん。


「チュンフェルか。例の件はどうなっている」

「準備は全て整っております。あとは決行の日を待つばかりかと」

「そうか。ご苦労であった。下がってよいぞ」

「ははっ。失礼いたしまする」


 チュンフェルは飛び去った。頼もしい後姿だ。あれでも四匹のヒナを育てている親鳥だからな。家族を持つと男は強くなるものだ。たとえそれがスズメであっても。


「決行まで残り一週間」


 オレたちが計画しているのは常務襲撃である。オレの最初の犠牲者として最もふさわしいのはヤツしかいない。

 一週間後、会社では取締役会が開かれる。そこに手下の雑魚スズメ百匹を従えて乗り込み、ヤツに恥をかかせてやるのだ。ふふふ、慌てふためくヤツの姿を想像しただけで自然と笑いが込み上げてくるわい。


「あれ、お友達、帰っちゃったの」


 女子社員がたこ焼きを持ってやってきた。チュンフェルに食わせるつもりだったのだろう。代わりにオレがいただいた。決行の日まで残り一週間。体力と魔力のレベルをさらに上げるとしよう。


 4


「人間どもに鉄槌を!」

「チュンチュン!」


 時は来た。月曜日の昼下がり、オレはチュンフェルと百匹の雑魚スズメを従えて会社へ向かった。チュンフェルの統率力は予想を超えて素晴らしいものだった。百匹の雑魚スズメは見事な魚鱗陣形を形成して飛んでいる。ここまで仕込むには大変な労力を要したことだろう。襲撃成功のあかつきにはステーキでも食わせてやらねばな。


「見えたぞ、あそこだ」


 オレが働いていた会社ビル。人間だったころは見るのも嫌だった。だが今日は違う。オレの復讐の舞台となるのだからな。楽しくて仕方がない。

 取締役会が開かれているのは五階の会議室。その窓に尻を向けて攻撃魔法を発動する。


「爆糞!」


 俺の尻から噴射された糞が窓ガラスにヒビを入れる。まだ叩き割るほどの威力はない。しかしヒビだけで十分だ。


「スズメども、行け!」


 チュンフェルの合図とともに百匹のスズメがヒビの入った窓をつつく。


「一匹では非力でも百匹なら剛力」

 の言葉どおり窓は割れた。一気に中へ侵入する。


「うわあー、何だ、このスズメたちは!」


 大騒ぎの重役たち。ひとりがドアを開けて逃げ出そうとした。オレは素早く会議室の外へ出ると半開きのドアに魔法を掛ける。


「閉門!」


 ドアは閉まり鍵がかかった。これでこのドアはオレが魔法を解くまで開かない。この閉門の魔法だけは集中してレベル上げしたので効果がかなり高いのだ。


「よし、次は金庫だ」


 オレは会計課へ向かった。そこには常務が隠し持っている裏帳簿がある。それを重役たちに見せてやるのだ。驚くぞ。


「おい、会議室で何かあったらしいぞ」


 数名の社員が廊下を走っていく。重役の誰かが電話連絡でもしたのだろう。魔法が掛けられたドアも破壊されればどうしようもない。裏帳簿を手に入れるまで持ちこたえてくれるといいのだが。


「急ごう」


 オレは会計課へ入った。騒ぎを聞いて全社員が会議室へ向かったようだ。部屋には誰もいない。オレは金庫の前に立った。扉と鍵の魔法は高レベルに引き上げてある。この程度の金庫ならば造作もなく開くはずだ。


「解錠!」


 重々しい扉が開く。探知魔法で裏帳簿はすぐ見つかった。あとは浮遊魔法で会議室まで運ぶだけだが、


「お、重いな」


 予想以上に分厚く重量がある。レベル上げは扉と鍵を重点的に行っていたので浮遊魔法はまだまだ非力だ。どうやって運ぼうかと思案していると、


「あら、チュン吉じゃない」


 女子社員がやってきた。なんというタイミングの良さ。オレは裏帳簿をくちばしでつついた。女子社員が手に取って中を見る。


「これは……ウソ、こんなことが行なわれていたなんて」


 女子社員が裏帳簿を持って走り出した。行く先はもちろん会議室だ。よし、これで常務は終わりだ。オレも女子社員の後を追って飛ぶ。会議室が見えてきた。ドアに掛けられていた魔法を解く。中へ走り込む女子社員。


「スズメたち退散せよ!」


 オレの合図で百匹のスズメは窓の外へ去った。静まり返った会議室に女子社員の声が響き渡った。


「皆さん、これを見てください!」


 * * *


 常務の行為は目に余るものだった。社員の残業代、福利厚生費、各種手当、その他、社員に支給されるべき諸々の金は全て常務が横領していたのだ。

 裏帳簿によって悪事が暴かれた常務に対し臨時株主総会の開催が決定された。その場で常務は間違いなく取締役を解任されることだろう。会社側も損害賠償請求及び告訴を検討している。

 常務は現在体調不良ということで入院しているらしい。このまま退社することになるだろうと誰もが思っている。


「ふっ、胸がスッとしたぜ」


 とにかく復讐は無事にやり遂げられた。会社のブラック体質が直ちに改善されることはないだろうが少しはマシになるだろう。


「この会社とも今日でお別れか」


 あの女子社員は退社することになった。最初からそんな契約だったのか、それともオレのせいなのか。もし後者だったとしたら少し申し訳ない気もする。


「皆さん、お世話になりました」


 拍手に見送られて会社を出る。八月末の午後五時はまだまだ明るい。女子社員の肩の上でオレは羽繕いをした。


「無事に復讐を終えられて満足? 魔王様」


 驚きのあまり肩から落ちそうになった。この女子社員、どうしてオレが魔王だと知っているんだ。


「うふふ、驚いているわね。これならわかるかな」


 女子社員がポニーテールの髪を解き、野暮ったいメガネを外した。オレの驚きは二倍になった。


「お、おまえはあの時の女神!」


 女子社員の姿はオレが死んだ後に出会ったあの女神にそっくりだった。なんてこった。一カ月間ずっと一緒にいたのにどうして気づかなかったんだ。


「そうでーす、あの時の女神です。やっと気づいてくれたね」

「お、おまえ、オレの言葉がわかるのか」

「わかるよ。女神だもん」


 くそ。わかっていて一カ月も知らない振りをしていたのか。女神にあるまじき行為だな。


「でも面白いね。魔王になったのに人間の役に立つなんて」

「どういう意味だ。オレは常務を破滅に追い込んだんだぞ。人間の役になんか立っていない」

「立っているわよ。だって常務は悪者でしょ。魔王だったらむしろ悪である常務の味方をして社員をもっと苦しめるべきよ。でもあなたがやったのは逆。悪者をやっつけて社員を幸せにしてしまった。魔王としてはあるまじき行為ね」


 うっ、確かにそのとおりだ。常務に対する憎しみが強すぎてそこまで考えていなかった。


「そ、それは……」


 何も言い返せないオレに対して女神が優しい口調で言った。


「別に魔王が悪者退治をしてもいいんじゃないかな。悪に味方する勇者もいれば悪を倒す魔族もいる。何が善で何が悪か、一概に決められるものではないと思うよ。それにあなたは常務に復讐できて満足なのでしょう。悪も善も関係なく自分のやりたいことをやればいいじゃない。どうせ一度は捨てた命なんだし」

「そ、そうだな」


 女神にしてはいいことを言う。いや女神だからいいことを言うのか。少し気が楽になった。


「とにかく今回はご苦労さま。次もまた頼むわね」

「次って、おまえまたどこかの会社に就職するつもりなのか」

「するつもりよ。だって派遣なんだもん。また力を貸してね」

「まさか、おまえそのつもりでオレを元の世界に転生させたんじゃないだろうな」

「さあ、どうかしら」

「そうだ、もうひとつ訊きたいことがある。どうしてスズメなんだ」

「スズメは可愛いから」

「それだけ?」

「それだけよ」


 忌々しい女神め。何もかもこいつが企んだことだったんだな。そしてオレは思いどおりに動かされていたにすぎなかったってことか。


「確かに今はスズメ。でも頑張れば人の姿に戻れるかもよ」

「何だと。もっと詳しく教えろ」

「教えて欲しかったら次の勤務地でも頑張ってね」


 午後五時の街中を女神はスタスタと歩いていく。オレは肩を蹴ってまだ夏の暑さが残っている空に舞い上がった。チュンフェルが飛んでくる。


「会話は全て聞いておりました。魔王チュン吉様、次の作戦も私にお任せください」

「うむ、頼んだぞ」


 こいつはだけは信頼できる。いつまでもオレのために働いてくれ。


* * *


 魔王チュン吉の打倒ブラック企業の日々はこうして始まった。人の姿に戻れる日を夢見て魔王チュン吉の戦いは今日も続く。

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転生! スズメ魔王 沢田和早 @123456789

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