転生! スズメ魔王
沢田和早
スズメ魔王 爆誕!
1
今日も泊まり込みだ。最後にアパートの布団で寝たのは何日前、いや何週間前だったかな。休憩室のソファーは先輩が毛布をかぶって寝ているし、オレは床に敷いたダンボールの上で寝袋に入って休むとするか。
「冷めるとまずいな」
数時間前に配達されたピザを食う。夕方、晩飯代わりのコーヒーを口にしてから飲まず食わずで夜中まで働いていたからな。こんな
「何だってこんな生活をしているんだ、アホなのかオレは」
この会社に就職して五年。定時で上がったことは一度もなかった。働きがいのある職場とは要するにブラックということだ。有給は一度も取っていない。残業代などもちろん支給されない。終業時刻になれば退社のタイムカードを押して仕事を続けるのだ。
「この程度で音を上げているようでは社会人として失格」
「どこへ行こうと吹く風同じ」
「辞めるのなら辞職に伴う損害を賠償してもらう」
毎日聞かされる上司からの脅し文句はオレの闘志を少しずつ削っていった。今ではすっかり従順な会社の飼犬に成り下がっている。
5年勤めたとはいっても所詮安月給。貯金はほとんどない。身についたスキルもない。無駄に年を食っただけのアラサー男が転職など考えることすらおこがましい。そもそも休みがないので面接にだって行けない。
「結局このまま定年まで社畜を続けるしかないのか」
気がつくとLサイズのピザはなくなっていた。食を楽しむことさえ忘れてしまった。食事とは業務の障害になる空腹を排除するための行為に過ぎないのだ。さて寝る前にもうひと仕事するか。
「うっ!」
突然、胸に激痛が走った。最近よく起きる。不規則な生活と偏った食生活。体がおかしくならないほうがどうかしている。
「大丈夫。水を飲めば、すぐ、収まる」
よろめきながら給湯室に向かう。おかしい。いつもと違う。痛みがどんどん広がっていく。腕が、腹が、足が痙攣する。
「うぐっ……」
床に倒れた感触は覚えている。目に映るのは天井の蛍光灯。経費節減のため二本に一本しか点灯していない。ああ、これが心筋梗塞ってやつなんだな。オレは死ぬのか。もっと野菜を食っておけばよかった。そんなことを考えながらオレの意識は急速に薄れていった。
* * *
「おはようございます」
声を掛けられて目を開けると女がオレをのぞきこんでいた。立ち上がる。周囲を見回す。会社ではない。というか何もない。真っ白な世界が広がっている。
「ここはどこだ」
「ここは死後の世界です」
ああ、そうなのか。やっぱりオレは死んだのか。目の前にいるこの女は何者だ。オレと同時刻に死んだ哀れなヤツなのか。それにしても服装がファンタジーしているな。奇妙な杖も持っているし。もしやこの女、コスプレ中に死んだのか。
「あなたは今、私は何者かと考えているようですね。お答えしましょう。私は女神です。あなたは生前とても頑張り屋さんだったので、あの世へ送らず転生させてあげることになりました」
「転生だと」
ラノベかよ、と言いたくなった。小説やアニメや映画でうんざりするくらい見聞きしているが、まさか自分にもそんな運命が降りかかろうとは夢にも思わなかった。
「で、オレは何に転生させてもらえるんだい」
「今回は特別に好きな職業を選択できます。勇者、剣士、農民、ゴブリン、何でも好きなものをどうぞ」
「なら魔王で頼む」
「魔王ですか。それはまた珍しいですね。よければ理由を教えてくれませんか」
「会社だよ。オレはこの五年間、さんざん会社にイジメられてきた。その挙げ句が過労死だ。こんな惨めな人生しか送れなかったオレの鬱憤を晴らしたいんだよ。上司だけじゃない。先輩も同僚も後輩も全てがオレの敵だ。こんなふざけた社会しか作れない人間なんか滅びてしまえばいい。異世界の人間が苦しむ様をオレは見てみたいんだ。オレが味わった不幸を異世界の住人たちにも味わわせてやる」
「なるほどおー。よくわかりました。では魔王に転生ということで受け付けます。新しく始まる魔王ライフ、エンジョイしてくださいね」
女神はそう言うと手に持った杖を振りかざした。先端の宝玉がまばゆい輝きを放つ。途端にオレの視界は白光に覆われ何もかもが見えなくなった。
2
「オレは魔王だ!」
そう叫んだつもりだったのだが、どうしたことかチュンチュンという声しか聞こえてこない。両手を前に回した、つもりだったのだがそこにあるのは腕と手ではなく翼と羽だ。どうやら獣系の魔王に転生させられてしまったようだ。
「ちっ、美形男子とは言わないまでもヒト型にして欲しかったぜ。それにしてもここはどんな異世界なんだ」
見上げた青空にはお日様が輝いている。見下ろした自分の足は金属線をつかんでいる。その五mほど下にはアスファルトに似た道路がある。
「中世風の異世界を想像していたのだが、どうやらオレのいた時代とあまり変わらない世界のようだな。いや、ちょっと待てよ、あれって」
オレは目を凝らした。百mほど離れた場所にあるビル、紛れもなくオレが働いていた会社だ。
「なんてことだ。転生先は異世界ではなく元居た世界なのか。ってことは今のオレは電線にとまっている鳥にすぎないのか」
しかも大きさから考えるとかなり小さいぞ。これで魔王と言えるのか? くそ、あの女神め。次に出会ったら文句を言ってやる。
オレは電線から飛び立った。とりあえず会社に行ってみよう。オレがどうなったのか気になる。
今は七月。クーラー代節約のため窓は網戸になっている。そして三階トイレの網戸は一部が破れたまま放置されているのだ。そこからなら中へ入れる。
潜入に成功したオレは働いていた事務室へ飛んだ。廊下で社員とすれ違っても誰ひとり気にも留めようとしない。それくらい彼らには心のゆとりがないのだ。実に哀れである。
「おっ、もう新しい社員がいるじゃないか」
オレの席には見知らぬ女子社員が座っていた。名札を見る。どうやら派遣社員のようだ。机に置かれたデジタル時計の日付を見るとオレの死から一週間がたっている。初七日にしてようやく現世に戻れたという訳か。仏教なら三途の川に到達するのが死後七日目なのだが、三途の川ではなく元居た場所に戻ってしまった。あの女神、もしや仏教系なのか。
「あ、スズメちゃんだ」
女子社員の一言はかなり衝撃だった。スズメだと。オレはスズメなのか。おい女神、どういうことだよ。魔王にしてくれるんじゃなかったのか。どうしてスズメなんだよ。
「チュン
この女子社員、勝手に名前まで付けやがった。ずいぶんと余裕があるじゃないか。ここに来て日が浅いからそんな呑気なことが言えるんだよ。そのうちストレスが溜まって自分がチュンチュン言い出すようになるんだぞ。覚悟しておけ。
「しかしスズメに転生とはまいったな。女神がウソをつくとは思えないし、外見がスズメなだけで中身は魔王なのか」
オレは自分の精神を探った。見つけた。スキルがある。それも大量の魔法スキルだ。攻撃系、防御系、治癒系、移動系、全ての魔法スキルを所有している。よし、これなら外見がスズメでも魔王としてやっていける。手始めにこの女子社員を不幸な目に遭わせてやるとするか。
「魔王チュン吉が命じる。風よ、我のためにここへ集え。爆風!」
呪文と同時にオレの翼が大きくはばたいた。爆風が巻き起こる、はずだったのだが扇風機の強くらいの風しか起きなかった。
「わあ~涼しい。チュン吉、ありがとう」
おい、喜んでいるじゃないか。ダメだ。もっと過激な魔法を使わないと。
「おっ、これはどうだ、打撃魔法。うりゃ!」
オレは女子社員の肩に飛び乗ると秒速五打のクチバシ突きを食らわせた。激痛に耐えられず悲鳴を上げる、はずだったのだが、
「わあ~気持ちいい。チュン吉、ありがとう」
どうやら肩の凝りをほぐす程度の威力しかなかったようだ。くそ、うまくいかないものだな。それにこんな女子社員をイジメても仕方がない。もっと上のヤツ、部長、いや常務取締役がいい。先輩の話ではあいつが役員に就任してから業務のブラック化が加速したらしいからな。
「よし、ターゲットはヤツだ」
オレは事務室を出て重役室へ飛んだ。開けっぱなしの事務室と違ってさすがに簡単には入れない。秘書が来るまで廊下で待機。ドアが開いた瞬間、素早く中へ入り不可視化魔法発動。これでオレの存在を悟られることはないはずだ。
「くっ、さすがに不可視化は力を使うな。さっさと終わらせよう」
オレは常務の頭上でホバリングしながら攻撃魔法を使った。
「
常務の頭に糞が落ちる。しかし少ない。まるでスズメの涙だ。ヤツはまったく気づかずに書類を読んでいる。
「ダメだ。もっと攻撃力のある魔法を使わなくては。何かないか、何か、何か、おお、あったぞ。爆裂魔法を使えるではないか」
さすがに不可視化のままではこの魔法は使えない。オレは部屋の隅で不可視化の魔法を解き、ターゲットに向けて呪文を詠唱した。
「黒より黒く闇より……途中省略……エクスプロージョン!」
「おや、タバコに火がついたぞ。どれ一服するか」
くそ。爆裂魔法もタバコに点火する程度なのか。しかも力を使い果たしてしまったせいか満足に動けない。今誰かに見つかるとヤバイぞ。
「常務、ここは禁煙です。タバコは喫煙室でお願いしますね」
いきなり入ってきたのはあの女子社員だ。こいつ、常務に対してずいぶんと馴れ馴れしいじゃないか。
「あっ、ごめーん。社長には内緒にしてね。それから今日もお店に行くからね」
「お待ちしております」
なるほど。この派遣社員、常務の顔なじみか。いわゆるコネ入社ってヤツだな。常務の知り合いとなればこき使われることもないだろうし羨ましいご身分だぜ。
「じゃあまたアフターファイブに会おうね」
常務が部屋を出ていく。オレたちに対するときとは別人のような口振りだな。店ではこの女子社員を相手にどんなプレイをしているんだ。
ドアが閉まると女子社員がオレの前で身を屈めた。
「チュン吉、イタズラはダメでしょ。さあ、おいで」
手が差し出された。その上に乗る。ほう、オレもずいぶんと気に入られたものだな。確か魅惑魔法も持っていたはずだ。知らぬ間に発動していたのかもしれんな。まあいい。しばらくこの娘に面倒を見てもらうとするか。
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