第3話 イエールズ国の王子
私の馬車にはユリウスとクラウスが同乗した。2人はあの後、結婚式までの三ヶ月、隣国に滞在して私の護衛をする許可を父王とカルスロード王子から取りつけていた。
クラウスは騎士だが実は頭がいい。騎士より文官向きだと思うのだが、何故かユリウスと同じ騎士を志望した。仲のいい兄弟なので、一緒に居たいのかもしれない。
隣国までは馬車で3日もかかる。初めて外に出た私はいろんなものが珍しくて最初ははしゃいでいたが、2日も経てば慣れる。馬車での長時間の移動に身体がついていけなくて、座っているだけなのにあちこち痛くなった。
宿に着くと部屋に引きこもる。
だがそこで困ったことが発生した。私は侍女を連れて来ていない。通常、政略結婚では自国から馴染みの侍女を引き連れて行くのが普通だ。だが、私はそれを断る。専属の侍女は私にはもともといないし、顔なじみの侍女には国での生活や家族がある。私に付き従って隣国に行くということは、家族を捨てることだ。そんなことをさせたくない。隣国の城には隣国の侍女がいる。世話は彼女達に頼めばいいし、私は自分のことはていてい一人でも出来る。政略結婚でどんなところに嫁ぐかわからなかったので、最悪、自分のことは自分でしなければいけない場合も想定していた。小さな頃から何でも一人で出来るよう、こっそり隠れて練習している。だから馬車で移動する3日くらい、侍女が居なくても困らないと思った。それが甘かったことを知る。
(馬車に乗るのは初めてだから、こんなに身体に負担がかかるなんて知らなかったのよ)
一緒に乗っているユリウスもクラウスも平気な顔をしているので、鍛えていない私が悪いのだろう。
(許されるなら、向こうでは身体を鍛えよう。部屋から出られなかった自分には体力と筋力が圧倒的に足りない)
自覚し、反省する。
だが今はそんな反省をしても意味がない。世話をしてくれる人がいない事実は何も変わらなかった。
(ベッドに横になったら、動きたくなくなった。食事、どうしよう。お腹は空いているけど、動ける気が全くしない)
婚約者がいる女性が他の男を部屋に呼ぶのは大変外聞が悪いが、仕方ない。クラウスでも呼ぼうとかと考えていると、部屋のドアがノックされた。
私はビクッとして、とりあえず身体を起こす。
「はい」
返事をした。
「入っていいですか?」
聞こえてきたのは王子の声だ。
「あ……。はい」
断る理由もなくて、返事をする。ドアが開いて入ってきたのは、王子とクラウスたちだった。
何故一緒なのだろうと不思議に思っていると、程なく理由が判明する。私の部屋の前で、クラウスとユリウスが入っていいのか悪いのか悩んでいたところに王子が通りかかったらしい。自分が一緒なら問題ないだろうと、2人に付き合ってくれたそうだ。
(優しいいい人なのね)
私は少しほっとする。噂はいろいろ聞いているが、私が王子について知っているのは噂でしかない。それが真実なのかは自分の目で確かめないとわからないと私は講師から教わっていた。王子についても、自分の目で見て、感じて、判断しようと決めている。
「お手数を掛けてすいません」
謝ると、体調を聞かれた。大丈夫だが、夕食の席にはつけそうにないので、食事は運んで欲しいと頼む。
「わかりました。運ばせましょう」
王子は約束してくれる。
「本当に平気ですか? アデリア様」
クラウスは心配そうに問う。私が無理をすることを知っている。
「休めば平気よ。馬車に乗ったのなんて初めてだから、慣れていないだけ」
私は説明する。クラウスは何とも微妙な顔をしたが、何も言わなかった。
一眠りしていると、夕食の時間になったらしい。ノックの音で私は目を覚ました。
食事を運んできた相手を見て驚く。
王子の側近が食事を持っていた。王子ももちろん一緒に居る。
「わざわざすいません」
私は食事を受け取ろうとした。だが、渡してくれない。側近はベッド脇のテーブルに私の食事を置いた。そして、ベッドの脇に椅子を置く。何をするつもりなのかと見ていると、椅子には王子が座った。
「では、私はこれで」
側近は一礼して、出ていく。王子を1人、残して。
「あの……。どういうことでしょう?」
私はかなり困惑した。王子の意図がわからない。
「こうでもしないと、2人で話が出来ないようなので」
王子は苦笑いを浮かべた。
私の側には終始、クラウスかユリウスのどちらかがいる。2人に下がるように言うことは出来るが、護衛が1人もついていない状態はあってはならないので、おそらく承諾しないだろう。2人で腹を割って話せるような状況を作るのは難しかった。
「いろいろすいません」
私は謝る。振り回している自覚はあった。
「いえ。謝るのは私の方です。突然、こんなことになりすいません」
王子からも謝罪が返ってきた。父と王子の間でどんな話があったのか、私は知らない。だが王子は結婚が突然決まったのは自分のせいだと考えているようだ。
「いいえ。父が勝手にしたことなので、謝るのはやはりこちらです。いろいろお困りですよね? 国にいらっしゃる……、その……、恋人とか。前触れもなく私を連れて帰られたら、ショックを受けられるのではないでしょうか? 大丈夫ですか?」
申し訳ない気持ちで私はいっぱいになる。優しいというのは裏を返せば優柔不断ということだ。恋人に詰られ、困った顔で宥める王子の姿は容易に想像できる。
「私のことは放っておいても大丈夫ですから、彼女の心のケアに尽力なさってください」
私は自分の誠意を見せるつもりでそう言った。しかし、ムッと顔をしかめられる。
「恋人はいないので大丈夫です」
きっぱり言われた。
(あれ? 話が違う)
そう思ったが、噂とは違うなんて言えるわけもない。
「そうですか。差し出がましいことを申しました。すいません」
謝った。
「姫は何か勘違いをされているようですが、この結婚は私から陛下にお願いしたのです。ただ、それが即日婚約、結婚という運びになるとはさすがに思っていませんでした。私の謝罪は何の準備もなく姫を国に招くことになったことについてです」
王子の言葉に、私は驚く。その可能性は考えていなかった。どうやら、王子には私の国から姫を娶る必要があったらしい。
(そうか。役に立てるなら良かった)
望まれないより、望まれた結婚の方がいいに決まっている。どうやら、無下にされることはないようだ。
「そうですか。その言葉を聞いて、安心しました。良い妻になれるよう、努力いたします」
私は約束する。
「良い妻になどなろうともしなくていいんですよ」
王子はぼそっとそんなことを言った。
それがどんな意味なのか、怖くて私は聞き返せない。その言葉は流すことにした。
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