第4話 噂の恋人


 無事に隣国イエールズに着いた私を待っていたのは、一人の若い女性だった。王子が私を連れて帰ることはすでに先触れが出ていたらしい。知っていて、出迎える。

「お帰りなさいませ」

 まるで女主人か何かのように優雅に挨拶した彼女を見て、私は思わずカルスロードを見た。

 恋人はいないのでは?という私の視線の意味に気づいた王子は説明を始める。

「マリエッタは従兄弟だ。母が亡くなってから、母の妹である叔母が後宮を仕切ってくれていたが、その叔母も3年前に亡くなった。それ以降はマリエッタが叔母の代わりをしている」

 自国にいる恋人とは彼女のことかと、噂の出所が察せられた。

「結婚式までの三ヶ月の間に、アデリア様に後宮に関する諸々の引継ぎを終わらせようと思います。それまでは今までと変わらずこちらで暮らすことになりますが、ご了承ください」

 それを聞いて、私は厄介だなと直感した。この言い方なら、誰も反対出来ない。だが彼女が本当に後宮のことを私に任せようとしているかは謎だ。彼女の言動にはそつがない。こういうタイプは何を考えているかわからないから怖い。小さな頃から城で王子と一緒に暮らして、自分が妃になることを少しも考えなかったとは思えない。

(彼女から見れば、私は2人を引き裂く悪役なのだろうな)

 そういう空気は彼女より、むしろその後ろにいる侍女達から感じた。たぶん、マリエッタもその母も後宮をしっかり管理してきたのだろう。侍女達との間に信頼関係が築かれているのを感じた。そこに私がとって替わって、上手くいくとは思えない。

「私が後宮を仕切らないと、何か不都合があるのでしょうか?」

 私は王子に聞いた。

「何故です?」

 王子は不思議そうに問い返す。

「見たところ、マリエッタ様は後宮の侍女達にとても信頼されているようです。私が後宮を仕切ることになれば、侍女達は戸惑うでしょう。マリエッタ様が嫁ぐために城を出て行かれる日まで、後宮を取り仕切るのはマリエッタ様で私は構いません」

 私の言葉に驚いたのは侍女達だった。戸惑う顔をする。険しく強張っていた表情が少し和らいだ。

 本音を言えば面倒なことを避けただけだが、好意的に受け止められたのがわかる。

「姫がそう言うのでしたら。結婚のための準備もありますし、引継ぎは結婚後に少しずつしてもらうことにしましょう。引継ぎのために、私達の結婚後もマリエッタにはしばらく城に通ってもらうことになるが、よろしく頼む」

 王子はマリエッタに言った。結婚前にマリエッタを城から出すことは王子の中では決定事項らしい。

「かしこまりました」

 マリエッタは返事をする。最後の最後、軽く睨まれた気がしたがそれはたぶん気のせいではないだろう。

(やはり納得はしていないのね)

 私はマリエッタの気持ちを察する。それは当然のようにも思えて、マリエッタを嫌いにはなれなかった。

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