１５、６番目の姫。～悪役になる気はありません～

第2話 ２人の騎士

　私は急いで自分の部屋に向かった。

　荷物は後からいくらでも送ってもらえるだろうが、必要最低限、持って行かなければ生活に困るものもある。

　出発は昼前だ。ゆっくり荷造りする時間なんてない。

（必要最低限のものだけ持って、後は後日送ってくれるように頼もう）

　頭の中で、すぐに必要なものとそうでないものを選別する。

　走り出したいのを我慢して早足で歩いていると、後ろから駆けてくる足音が聞こえた。

「アデリア、待って」

　呼び止められる。

　私は足を止め、振り返った。

　追いかけてきたのは２人、ユリウスとクラウスだ。

　双子の騎士で、髪の色が少し違うだけで２人はよく似ている。

　宰相の末息子で、わたしより二つ年上の双子は控え目に言ってもイケメンだ。パーティ仕様なのか、今日はいつも以上にキラキラしている。

「婚約ってどういうこと？　そんなの、いつ決まったの？」

　ユリウスに問われた。

「さあ？　私が聞いたのはたった今よ」

　私は事実を答える。

「その割には冷静だな」

　クラウスが不思議そうに私を見た。

「冷静に見える？」

　私は笑った。

「突然すぎて、驚く余裕もないの。正直、心の中はパニックよ。でも、動揺して、混乱して、喚いている暇さえ私にはないの。明日の昼前にはもうこの国を出るのですもの」

　自嘲気味にそう口にする。

　そう、冷静そうに見えて私だって動揺していた。

　いつかはそうなると覚悟していても、事前に一言もなく、皆と一緒に自分の結婚を知るとはさすがに思っていなかった。相手の王子にも申し訳ない気持ちになる。自国に恋人が居るなら、さぞ困るだろう。突然、結婚相手を連れて帰国するのだ。彼の恋人はかなりのショックを受けるだろう。

「父の暴君ぶりを私は甘く見ていたのね」

　私は自分を反省した。

「そういうわけで、私、急ぐから」

　踵を返して、部屋に向かおうとする。

　するとクラウスがついて来た。ユリウスも慌てて追いかけてくる。

「どうしてついてくるの？」

　私は尋ねた。

「隣国には私も同行しよう」

　クラウスは思いもしない言葉を口にする。

「え？」

　驚きすぎて、思わず立ち止まってしまった。

「私はアデリアの護衛騎士だ。主が隣国に嫁ぐなら、同行するのは義務だ」

　そんなことを言う。

「それは……」

　私は困った。確かにクラウスの言い分には一理ある。三ヵ月後の結婚式まで、私はこの国の姫だ。護衛するのは護衛騎士の仕事の範疇であることは間違いない。

「俺も行くよ」

　ユリウスも賛同する。

　私はことわる理由を探したが、見つからなかった。

「では、三ヵ月後の結婚式まで」

　私は期間を区切る。ユリウスとクラウスにはこの国での未来がある。末息子とはいえ、宰相の子供だ。それなりに将来は約束されている。私のために長く時間を無駄にさせることは出来ない。

　２人は部屋から出られない私にとって、唯一の幼馴染だ。部屋に遊びに来てくれるのは彼らだけだ。友人の幸せを私は願っている。

　私の父はこの国の王だ。王は全権を一人で握っている。

　そんな王にはたくさんの女性が献上された。寵愛を受け、子を身篭れば王と縁戚になれる。

　そんな下心たっぷりに送り込まれた美女達は次々に身篭った。姫も王子もたくさん生まれる。だが、子供を身篭ると途端に王は女達に興味を無くした。生まれた子供を取り上げ、女達は国に帰す。

　残ったたくさんの子供達を王妃は全て自分の後宮で育てた。

　私もそんな後宮で育てられている姫の１人だ。姫はたくさんいるので、もう順番さえはっきりしない。人によって、１５番目と言われることも１６番目とも言われることもあった。私の下にも弟妹がいる。

　はっきりいえば、とても中途半端なポジションだ。

　私は自分の立ち位置が何とも不確かなものであることを自覚している。その上、他の兄弟と違い、何故かわたしは部屋を出ることを禁じられていた。

　兄弟姉妹は後宮の中で、のびのびと育っている。たまに外で遊ぶほかの兄弟達の声が聞こえた。仲も良さそうに見える。誰が産んだ子であっても、全てを自分の子として育てている王妃の人徳だろう。

　暴君と呼ばれる父と違って、王妃は人格者だ。

　私は１６年間、姫として、部屋から出られない以外は不自由なく暮らしてきた。その恩恵を国に返すのは私の務めだと思っている。

　一流の講師達に世情について学んだ私は自分の人生がそう悪くないことを知っていた。世の中には、食べるものにさえ困る人間もいる。それに比べれば、何もしていないのに衣食住に困らない私は運がいい。嫁ぎ先の隣国も豊かなので、生活には困らないだろう。

（まあそれだけで、不幸ではないとは言えないのだけれど）

　そんな心の突っ込みは、心の中にだけ秘めておくことにした。

「アデリアはもっと自分勝手になっていい。自分のために怒ったり喚いたりしてもいいんだよ？」

　ユリウスに心配な顔をされる。

「そんなこと言われても……」

　私は困る。

「カルスロード様は優しそうだし、政略結婚なのだから相手に恋人が居るくらいは許容範囲じゃないのかしら？」

　この結婚も条件だけ見れば、悪くなかった。

「どちらかと言えば、愛し合う恋人達を権力で引き裂く私は悪役ポジションなのではないかしら？」

　真顔でユリウスに問う。

「悪役はたぶん、そんな質問はしない」

　クラウスに苦笑された。

「不幸になるつもりはないから、悪役にはならないように気をつける。私は自分の部屋が一つあれば生きていけるから、今までとそう変わらない生活を送れば、そんなに悪い結果にはならないんじゃない？」

　希望的予想を私は口にする。

「私はアデリアにはもっと幸せになって欲しいと思っているよ」

　クラウスはとても優しい目で私を見た。

「ありがとう。心配してくれる人が２人もいて、私は十分に幸せよ」

　心から、そう思う。

　私には人の幸せが何なのかよくわからない。きっと、それは人それぞれでみんな違うのだろう。

　私の場合は誰かに大切に思われたり、思ったりすることだ。私を心配してくれる誰かがいる。私が幸せを願う誰かがいる。

　今の私は十分に幸せだ。

「出来るなら、ずっと側で守ってあげたかった」

　クラウスが独り言のように呟く。

　私もユリウスもそれには何も言えなかった。