第二章

第二章

杉ちゃんと蘭が、杉ちゃんの自宅内で、のんびりご飯をたべていた時だった。いきなり杉ちゃんの家のインターフォンがピンポーンと音を立ててなった。

「はいはい誰だよ。今悪いけど、ご飯中何だよ。上がってきてくれる?」

と、杉ちゃんが言うと、いわれなくてもそうするよ、と言いながら、華岡が杉ちゃんたちのいる、食堂へ入ってきた。

「どうしたの華岡。そんなしょぼくれた顔しちゃって。一体、何が在ったの?」

と、杉ちゃんが言うと、

「ああ。もう俺、どうしたらいいのかわからなくなっちゃった。一応、犯人は、捕まったということになってるんだけどさあ。俺、どうしてもわかんないんだよ。」

また、華岡は捜査でわからなくなってしまったことが在るらしい。解決したということになっても、どこか引っかかるところがあって、自分でどうしようもなくなってしまうのが、華岡の性分だった。

「そうか。犯人は間違いなく逮捕されたのか。」

と、蘭は華岡をあきれた顔で見た。

「ああ、そうなんだけどねえ。あっさり認めたところがどうも出来すぎてる。そんな風に簡単に解決してしまって、ほかの者はよかったよかったと言っているけど、俺はどうしても、納得できないところがある。」

華岡は、大きなため息をついた。

「それでどうしたの。まず初めに、誰が逮捕されたか、話してもらおうか。」

杉ちゃんが言うと、

「あの、家政婦の安田美千代だ。彼女に事情聴取したら、あっさりと、彼女は、犯行を認めた。秦野益男を、大棚の滝渓谷の見晴台までよびだし、これ以上彼女に付きまとうなと言ったそうだが、秦野がそれを拒否したため、秦野を石で殴って殺害し、崖から落としたと、供述したんだけどね。」

と、華岡ははなし始めた。

「そうか。其れで安田美千代という女が逮捕されたわけか。それで、事件は解決したということになるけれど、細かいところが気になりすぎるお前さんは、何か腑に落ちないところがあると。」

杉ちゃんがそういうと、

「うん。杉ちゃんよくわかってくれているな。その通りなんだよ。まず第一に、安田美千代は女性だ。そんな女性が、一撃で男性である、秦野益男をやっつけられると思う?其れよりも抵抗されたりしたら、美千代のほうが危なくなると思わない?」

と、華岡はつづける。

「そうだねえ、最近は、格闘技をする強い女もまれじゃないけどな。」

「でも、杉ちゃんのいうことは、特殊な例じゃないか。一般的に言って、男性の方が、女性より強いんだから。それに、美千代が、格闘技をしていた経歴はないし。それに、下手に抵抗されたら、美千代が崖から落ちる可能性だってあるよ。其れをあえてやるというんだから、うーん、俺はまだ腑に落ちない。ただ、秦野の後頭部に石でたたいた痕があるのは、しっかり分かっているので。どうも、これでは、わからないぞ。だから、美千代の供述だけじゃ、この事件は解決しないな。」

杉ちゃんがそういうと、華岡はさらに続けた。

「そうだねえ。華岡さん。でも、あんまり事実を曲げてしまっても、どうかと思うよ。その安田美千代という家政婦が言う通りなのかもしれないし。それは、しっかり考えておく方が良いんじゃないの?」

「まあ、そうだけどね、杉ちゃん。でも、安田美千代という女性の年代を考えろ。安田美千代は、50歳をとうに超えているじゃないか。それに比べて、秦野益男は、30代そこそこの若い男だ。其れで戦って互角に戦えると思う?」

「そうか。中年伯母さんが、熱血な若者に勝てるわけないわな、、、。」

と杉ちゃんは腕組みをした。

「まあ、確かに、華岡は細かいところばっかり気にする性格だよな。だから、いつも頼りない警視だって言われるんだよね。」

蘭は、考え事をしている華岡に、そういうことを言った。

不意に、華岡のスマートフォンがなる。ほら、早くでなと杉ちゃんに促されて、華岡は急いでスマートフォンをとった。

「はいはいもしもし、華岡だ。」

「もう警視、何をやっているんですか。警視がどこかでのんびりしている間、また秦野の遺族が来て、大変だったんですよ。犯人と合わせてくれって。元気がありすぎる遺族も、困ったものですね。」

と、部下の刑事がデカい声でそういうことを言っている。

「そうか。で、来たのは、秦野の誰なんだ。」

華岡が聞くと、

「はい、秦野の母親です。あの、秦野亜衣ですよ。全くうるさいですよね。確かに、ひとりしかいない息子を殺害されて我慢ができないっていう事もあると思いますが、ほぼ毎日のようにやってきて、息子を殺害した犯人の名前を教えろという遺族も珍しいですよね。」

と、部下の刑事はそういっている。まったく、華岡ときたら、なんでスマートフォンの声を丸聞こえにしているんだろう。杉ちゃんたちにもはっきり聞こえていた。

「で、安田美千代は、何を供述しているんだろうか。」

「ええ、秦野益男をやったのは、自分であるとはっきり言っています。もうこれだけ言っているんだから、もういいじゃないかという言葉まで出しています。ほら、警視もちゃんと聞いたじゃありませんか。あの、渓谷で、秦野益男と、安田美千代が口論していたのを目撃していた観光客の話。だから、美千代の犯行で間違いないと思うのに、警視が止めてるから、いつまでたっても解決しないじゃないですか!」

そういう部下の口ぶりから、華岡がいかに優柔不断なのか、分かるような気がしてしまった。まったく、華岡さんの踏ん切りがつかないところも困ったもんだね、と杉ちゃんも言った。

「そうだけど、俺はまだ、彼女の供述には、あいまいなところがあるような気がしてならない。安田美千代が、自分がやったと言いすぎるくらい言うのも、何かあるような気がすると思う。もう少し、捜査を継続しなければならないと思うから、もう少しお前たちも、手伝ってくれ。」

華岡は、そういうことを言っているのを、杉ちゃんと蘭は、ため息をついて聞いた。

「まったく、警視も変なところでこだわりを持つものですね。容疑者もはっきりと決まっているのに、なんで細かいところにこだわるんだろ。」

「良いから、もう一回聞き込みをしてくれよ。安田美千代の周りに、誰か共犯者にでもなれそうな人がいるかもしれないから、それを探し当てるんだ!」

と、華岡は、部下の刑事に指示を出した。

「でも、彼女は一人でやったと供述していますし、彼女と秦野以外、大棚渓谷で目撃されている人物はいませんから、それはないと思いますけどね。」

「いいから、もう一回やるんだ。俺、どうしても納得できないから。」

部下の刑事は、はあ、と言いながら電話を切った。

「全く、華岡さんらしいね。優柔不断で、一寸したことで、直ぐ捜査をやり直せって。」

と、杉ちゃんが言った。蘭も

「ほんとだよ。これで警察官が務まるのかわからないくらいだ。」

とため息をついた。

「いやあね、俺はね。ただ、ちゃんとしなきゃいけないと思って、しっかりやらなきゃいけないんじゃないかと思っているだけなんけどさ。」

確かに、そうなのであるが、華岡のそういうところが、警視はサラリーマンと言われてしまうゆえんなのかもしれなかった。現場で活動している刑事であれば、事件が多すぎて、簡単に解決してしまいたいと思ってしまうはずなのであるが。

「じゃあ、俺、署に戻るわ。杉ちゃんに話を聞いてもらってよかったよ。やっぱり持つべきものは、友達だね。俺は、こんな素敵な友達がいてくれてよかったと思ってるよ。又話を聞いてくれな。よろしく頼むぜ。」

と言って、華岡は玄関先に走っていって、急いで靴を履き、杉ちゃんの家を出ていった。全く、華岡の悪い癖はいつまでも、取れないものだなと杉ちゃんと蘭は、ため息をついた。

杉ちゃんたちは急いで昼ご飯であった寿司を食べ終えた。二人は、午後に外出する予定があった。蘭が、買いたいと思っていた本が、本屋さんに入荷したと連絡が在ったためである。急いでタクシー会社に電話して、本屋さんに乗せて行ってもらうことにした。タクシーは、待たせることなく、大手の会社だったから、直ぐに来てくれた。

「いやあ、今日はバカに天気が良いですね。天気予報では雨が降るなんて言ってましたけど、雨なんて降りそうもないくらいいい天気だ。全く、最近の天気予報はあてになりませんから。」

と、おしゃべりな運転手が、そういうことを言っている。

「まあ確かにそうですね。時々天気予報があてにならないことが在りますよね。最近の天気予報はあてにならないですね。予想ができない時代になったなあと思いますけど。」

運転手に蘭は相槌を打った。

「お天気だから、誰でも責めるということはないということは確かなんでしょうね。其れは誰のせいでもないということはあると思いますけれど、親子関係だとそうはいかないのかな。こないださ、久しぶりに、親子喧嘩して、大変だったんですよ。」

運転手はそういう事を言い始めた。

「はあ、喧嘩って何をしたの?」

杉ちゃんが聞くと、

「はい。実はですね。私には娘がいるんですが、どうも最近反抗期真っ盛りというか、そんな感じでしてねえ。休日に部屋でゴロゴロしていたら、お父さんは、いつも休みの日はゴロゴロしていて、みっともないと言ってくるんです。全く、いつの間にそういう事を言うようになったものだ。其れでさすがの私もね、いつも一生懸命働いているんだから、そんなこと言うなと言ったら、娘のほうは、これかから大切な人ができたりしたら、こんなだらしないお父さんでは困るとかそういうことをいうものですから。」

と運転手は、一寸ため息をついて言った。

「いいじゃないの。それは正常に成長している証拠だよ。反抗しないほうが、おかしいんじゃないかよ。そういう屁理屈を多少言うのが、正常な女の子なの。それができなかったら、精神がおかしくなっちまうよ。」

杉ちゃんが言うと、

「はい、それは、女房にも言われました。女房は、こないだの事件の事を引き合いに出して、ああして、いい子だったのに、今はおかしな人間になってしまったという不幸な家になるよりは、こういう風に、いま一生懸命反抗している子のほうが幸せだって。」

「それはどういうことですか?」

と、蘭が聞く。

「いやあ、それは正常な成長だということだろう。平気で親に反抗できるような立場でいられるっていうことはね。」

杉ちゃんが応えるが、

「杉ちゃんが答える質問じゃないよ。運転手さん、それはどういうことですか?こないだの事件って何の事件なんでしょうか?」

と蘭が運転手に聞いた。

「いやあ、先ほどのお昼のニュースで言ってたんですよ。あの、親子、えーと名前はなんて言ったかな。ああ、思い出した。秦野益男と、秦野亜衣親子ですね。何だかかわいそうな親子だと思いましたよ。なんでも、益男は優等生だったそうですが、大学に入って、少し変わったそうで。まあ、幼い時に優等生過ぎると、こういう時に挫折に弱くなっちゃうのかな。其れで、益男は亜衣にかなり反抗的だったようです。亜衣は、外面ではよさそうな親子を演じていたんですが、家の中ではそうではなかったというのが、警察の調べでわかったというんですよ。」

と、運転手は、いかにも傍観者的にそういうことを言った。其れは、直接関わり合いがないから、そういう風に言えるといえると思う。蘭は、そういう現場に直接立ち会ったわけではないけど、其れで挫折している女性たちをたくさん見ているから、一寸返事ができないのであった。

「まあそういう事だな。難しい年ごろというが、それを、うまく乗り越えるということが、何よりなんだよね。でも、乗り越えられないやつのほうが、これからだんだん多くなるかもな。お前さんの娘さんはそれができてよかったじゃないか。まあ多少、娘さんが理不尽なこと言うかもしれないけどさ。でも、正常に成長してくれて良かったなって、考え直した方が良いよ。」

杉ちゃんは、そういう風に返事を返すことができたので、運転手との会話は途切れることはなかったが、蘭は、その会話に入ることはできなかった。そうか、そうなると、秦野益男が殺された動機も又変わってくるかもしれない。

「おい、どうしたの?そんな暗い顔しちゃって。本屋さん、着いたよ。」

杉ちゃんに言われて蘭は、はっとした顔をした。タクシーの運転手に、本をとってきますから、待っていてくれますかと頼む。運転手は、はいはいわかりましたと言って、蘭と杉ちゃんを下ろしてくれた。二人は急いで書店に入ると、書店には、何の変哲もない週刊誌が置いてあった。その表紙に、先ほどの事件の事を詳解する見出しがあったので、蘭はそれを手に取って読んでみた。

「おい、どうしたんだよ。そんな週刊誌に夢中になっちゃって。お前さん本を買いに行く予定ではなかったの?」

杉ちゃんに言われて、蘭はすっかり忘れていた用事を思い出した。急いで本屋の受付カウンターに行き、注文していた小説が入ったかと聞くと、店員ははいありますと言って、本を持ってきてくれた。

「ありがとうございます。ついでですから、この週刊誌もください。」

余分に数百円払って、蘭は、その週刊誌を買った。包装もしてもらわないで、蘭はその週刊誌を読んでみる。

「おい蘭。何をやっているんだよ。せめてタクシーに乗ってから読めば?ここにいたら、ほかのお客さんの邪魔になるだろうが。」

杉ちゃんにいわれて蘭は、そうだったねと言って、急いでタクシーに乗車した。タクシーの運転手さんに手伝ってもらって、二人はタクシーに乗り込んだが、蘭は乗せてもらうとすぐにその週刊誌を開いて読み始めてしまった。

「全く、蘭のやつはどうしてこうなるんでしょうね。全く夢中になると、人の話がきけなくなるのはなぜだろう。」

と、杉ちゃんがあきれるのも不思議ではなかった。

「それで、その週刊誌には何が書いてあったの?」

杉ちゃんに聞かれて蘭は、やっと我に返った。

「いやあ、一寸興味深い記事が在ったものでね。行くときに運転手さんがしてくれた話、あれまんざらでもないかもしれないね。なんでも、秦野益男は子供のころはとんでもない優等生で、しっかりしていたらしいから。でも、大学に入って経済力が無いことを、同級生に馬鹿にされて、それ以来、実家で母親である、秦野亜衣と暮らしているそうだ。もしかしたら、大学も卒業できなかったかもしれないな。それに、益男は、精神疾患とかそういうものが付いた可能性もあるとこの週刊誌では示唆していた。」

蘭は、急いでそういうことを言った。

「なあ。これは僕の推測なんだけどさ。」

と、杉ちゃんがいきなり、蘭に言った。

「あのね。僕が思うにはだよ、こないだ、二人で見に行った、古賀春江の女版と言える女性画家。名前は忘れちゃったけど、彼女が秦野益男と付き合っていたという話しがあったよな。彼女は、親の意向で、外国人男性と結婚することになっているから、秦野とは縁を切ったと思い込んでいるようだけど、結構共通点が多いような気がするんだよね。だって、彼女だって、こないだ展示会で、正式な美術教育は受けていないといったよな。僕、名前は忘れるけど、そういうことは覚えているからな。」

「まあそうだね。彼女、えーと、天草梢。確かに、僕のところに刺青を頼みに来たときは、本当に自身がなさそうで、見るからに鬱とかそういうものを抱えているような感じだったよ。其れが、あんなに短期間で、ああして個展を開けるようにまでなったとは、当時を知っている僕からしてみれば、あり得ない話に見えたけど?」

蘭も、過去の事を思い出しながら言った。

「そうだろう。華岡さんは、彼女は現在の夫と結婚するまでに、何人かの男性と交際暦が在ったと言ってたよな。まあ、その大半は遊ばれていたのかもしれないが、中には本気で彼女と付き合いたいと思ったやつもいたんじゃないのかな。其れの中に、秦野益男という人物がいたらどうだろう?」

杉ちゃんがそういうのを聞いて蘭も何だか思い出せる節があった。

「結構二人は、本気で付き合ってたと思う。だって、共通点が多いもの。人間は共通点が多いと、親しくなりたいと思うものだから。其れは、そうだと思うぜ。だから秦野だって、彼女と付き合いたいっって思ったに違いないよ。もしかしたら、ストーカー的なことでもしたのかな。天草は手切れ金を渡したりしたかもしれないけど、其れも効かなかったから、代わりに、お手伝いの、安田美千代がやった。これで辻褄合うと思うけどね。」

「ちょっと待て。杉ちゃん。」

と蘭はすぐに杉ちゃんの話を訂正した。

「杉ちゃんは、彼女、天草梢さんが、犯人だと思っているようだが、すくなくとも僕のところに来るお客さんで、犯罪に手を染めたものは、今まで一度もないよ。そんなことはしないよう、血判も出させた客もいるし。彼女だって、そうなんじゃないか。」

「いや、どうかなあ。僕は彼女が命令して、安田美千代にやらせたとか、そういう事も考えられるなと思うけどね。」

杉ちゃんがそういうと、蘭はすぐにそれを否定した。

「いや、それはきっとない。だって、彼女の絵がその通りにしているじゃないか。彼女の描く絵は、とてもそういう悪い人には見えなかった。彼女は正式な美術教育を受けていないのならなおさらだ。教育を受けると、自分を隠すすべも教わるからね。でも、それは彼女はまだ知らないはずだと思うよ。」

「いやあ、どうかなあ。幾ら血判を出そうとも、何をしようとも、誓いなんて簡単に破っちまうのが今のやつだ。そういう事は何とも思わないよ。其れよりも、彼女としてみたら、早くうるさい秦野を処分した方が良いってことじゃないの?」

と、杉ちゃんは言った。蘭はもう一回その週刊誌に目を寄せる。その週刊誌には、いま杉ちゃんが言った事も一寸書かれていたから、杉ちゃんに言われた通りなのではないかと、蘭はちょっとぎょっとしたのであった。

「まあ、うちの子は、素直に反抗ができるのだからよかったとことにしようかな。」

運転手が、小さな声で言った。

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