長年引きこもっていた屋敷から「お前の研究はもう必要ない」と追放されたので大賢者の正統後継者として自由に生きて行く事にします〜気が付いたら弟子に告白され、師匠を超える大賢者になっていました〜

水篠ナズナ

家から追い出されました

「師匠! どうか私と結婚して下さい!!」


 この日、私は長年連れ添った弟子に告白された。


「えぇー……まじですか?」


「本気の本気です!!」


 アッシュブラウンの髪が目にかかります。弟子の目がまじでした。まさか弟子に告白される事になるとは……大賢者になって早二年。まさかの事態に遭遇してます。


「えっと……その話はまた今度にしましょう!」


「あ、師匠! 逃げないで下さい!!」


 弟子を尻目に今から丁度二年前のあの日を思い出す。全てはあの日から始まりました。あの日、屋敷から追い出された日から。


◇◆◇◆◇


「この屋敷から出て行ってもらおう、ティルラ・イスティル」


 ――この人は今なんて言った? 家から出て行け?


「すみません。よく分からなかったのでもう一度お願いします」


 私は男性が何を言っているのかよく理解出来なかったので念の為、もう一度聞いてみる事にしました。


「…………」


 彼は黙ったまま私を睨み、眉間に皺を寄せております。まだお若いのに疲れているのでしょうか? 随分とやつれているようにも見受けられます。


「魔族との戦いは一年前に終わっている。そして貴様には早くここから出て行けと言ったんだ」


 「はぁ」と相槌を打つと、彼は、心底億劫そうに袋を渡してきます。


 これはなんでしょうか? いえ見ただけで分かりますよ、金ですよ、金。この袋の中からはお金の匂いがプンプンします。


 それにしても魔族との戦いが終わったとは一体どういう事でしょうか? 


 私が知る限りでは魔族が人間界を征服しようと乗り込んで来ていたような気がするのですが?


 そんな私の疑問に、彼は丁寧に答えてくれました。


「この世界で戦いが終わった事を知らないのは貴様ぐらいなものだろう。魔王ワルスギールは半年前に勇者アカツキの手によって滅んだ。戦いはとっくに終わっているのだよ、ティルラ・イスティル」


 いちいちフルネームで呼ばないで欲しいんですけどね。そんなに私のファミリーネームが気に入りませんか? 貴方の実力が足りなかったから師匠に弟子入り出来なかっただけでしょうに。


 まったくとんだ理不尽やろうです。しかし新たな事実も知りました。


「へえ……? そうなんですか、魔王が倒されただなんて部屋に篭りっきりで知りませんでした」


 私はそう答えました。


 すると、なんという事でしょう。私の至極まともな意見を彼は鼻で笑いやがりました。


「ははっ、おめでたい奴だな。魔王が倒された事に気づかない者がいるなんて誰が思う? この王都はもちろん、世界中で祝祭が上げられたよ。騒ぎすぎて逮捕者が出るくらいにな」


「ああ……そういえば外が騒がしいなって思った時がありましたね」


 そう言われてみると思い当たる時期が確かにありました。ちょうど一年ほど前でしょうか?


 もっと前だったかもしれませんが、それは私の預かり知らぬ話。


 屋敷に篭ってずっと研究ばかりしていたものですから、日にちなんていちいち気にしていませんでした。覚えているのは146日前に亡くなった師匠の命日くらいでしょうか。


 おっと物思いにふけていると、彼の顔が思わしくありません。とりあえず何か言っておかれなければ。


「えっと、良かったですね……? 魔王討伐おめでとぅ、勇者さまぁーばんざーい……?」


 口から出たのはそんな間の抜けた一年越しの祝辞でした。それに対し彼は無言ときやがります。せっかく人が祝辞を述べてやったのに無視してきやがりました。許せないです。


 そこで私に、ある一つの疑問が浮かび上がりました。


「ん? はえ、ちょっと待ってください。魔王が倒された……ということは、研究のほうはどうなるんでしょう?」


 私と師匠は国から魔王を倒す為に、独自の研究を続けてきました。ですが、その魔王は勇者に倒されてしまいました。つまり私と師匠の努力の結晶は……。


 彼はにっこりと笑ってこうおっしゃいました。


「先程から何回も言っているだろう。研究はこれにて打ち切り、お前は追放だ」


 師匠――大賢者シャルティア・イスティルに正統後継者として引き取られ、修行の為にと人気のない山奥に連れて行かれたのが8歳の頃。その山奥を出たのが13歳の時でした。


 そしてこの王都の屋敷で師匠と共に修行と研究に明け暮れ、その一年後、私が14歳の時に師匠が老衰でおだぶつになりました。師匠が死んでからも私はたった一人でこの一年間研究を続けてきました。義務みたいなものです。


 師匠は63歳でした。平均寿命82歳からしたら少し早い死というわけです。おそらく魔力の使い過ぎでしょう。私は師匠みたく早死にしたいわけではないので、積極的に魔法は使いたくありませんね。


 それに時々食糧を運んでくれるおじちゃん以外の人と会うのは久しぶりでした。

 だから急にやって来て、偉そうな態度をとりながら追放だなんて……少々ムカつきました。


「私と師匠の研究はもう……必要ない、という事ですか?」


 彼は深々とため息をついて頷きました。


「え、じゃあ、私はどうすれば、あ、とりあえずお金は貰っておきますね」


 彼が差し出していたお金の袋を懐にしまいます。


 思えば物心ついてすぐ師匠に引き取られて、それ以降はずっと師匠の指示通りに生きてきました。


 師匠から与えられた最後の役目、研究の完成……それがもう必要なくなったという事、そして師匠もいない今、新たな目的が生まれなくなったのは生まれて初めてのことでした。

 ちょっとワクワクしますが、それ以上の不安が私にのしかかります。

 目の前の男性の非難するような視線があれば尚のこと。


「よし退職金を受け取っとな。本来ならこのお金はシャルティア様のものなのだがな……まあいいこれで私の役目も終わりだ。さっさと荷物をまとめて出ろ」


 あ、やっぱりさっきのお金は退職金だったんですね。どうしましょう、今、お金を返したらここに住まわせてくれるでしょうか? いいえ無理でしょう。両方奪われて終わりです。


 私がほえ? とした表情を浮かべていると彼は淡々と言葉を続けます。


「そもそもこの屋敷はシャルティア様の為に魔法統率協会が用意した場所だ。本来であれば彼女が亡くなった時点でここは国に返却されるはずだった。だが一年前、勇者が現れ魔王は倒された」


「ふむふむそれでどうなったんですか? あ、言わなくても分かりますよ、色々忙しくなったんですよね」


「……そうだ、魔王によってもたらされた被害の確認、復興。もちろん我々も国民もシャルティア様の死を嘆いたが、彼女の屋敷の後始末など考えている暇はなかった。ましてや彼女がいつの間にか連れてきていたが引きこもっているなど、想像もしていなかったのだ」


 正確に言うと、正統後継者なんですがね。この人あえて弟子とか言いやがってますね。そんなんだから魔法統率協会で万年序列三位の幹部止まりなんですよ。


 ですが疑問もあります。世間から見たら私はどういう立ち位置にいるのでしょう。師匠に一度私の事を広めてくれと頼んだ事がありましたが、めんどくさいと一蹴されてしまった思い出しかありません。


「あの私って、どういう扱いになっているのでしょう?」


「? どうも何も、戸籍そのものがない。元よりこの国に住まう権利もないのだ。貴様も分かっているのだろうティルラ・イスティル」


 はい、なんとなく分かっています。あとフルネームで呼ぶのやめて下さい。と心の中で文句を垂れてみますが聞こえるわけがありませんね。


「貴様のような矮小な存在を知っていたのは、統率協会の中でもほんの一部だけ。しかもシャルティア様との会談の中で「後継者作ったよ」と聞いていた程度だ。我々のような優秀な人材でさえ弟子を取らなかったのに後継者など作るとは何かの冗談だと思っていたのだかな。先ほど弟子といったが、訂正する。正確には我々にとって貴様はシャルティア様の弟子ですらない。貴様はこの魔法統率協会の人間としても登録すらされていないのだからなティルラ」


 おい、レディーを呼び捨てにすんじゃねえですよ!


 でもそうですよね、あの人ならやりそうなことです。やるやる言ってて結局、一度も部屋の掃除をしなかったんですから。


「えっと、じゃあ、退去というのもおかしいのでは? 私は元々ここにはいない存在なんですよね? だったら……」


「…………出て行け」


 あ、この人とうとうキレた。

 まだそんなに駄々こねてないのに!!


「貴様の足りない頭では理解出来ないだろうからそう言ったまでだ。貴様はそもそもこの屋敷を利用する権限を持っていない。シャルティア様の遺言もない。こうなってはもはや不当にシャルティア様の屋敷を占拠している状態だ。分かったらとっとと出て行け!!」



 ということで、序列三位のくそやろうに出て行けと怒鳴られたので出て行く事になりました。お金も貰っちゃいましたね。結構たっぷり入ってました。


 序列三位こと、魔法統率協会所属のオルドスさんは、私にその日の内の退去を命令し、私物以外の持ち出し禁止などその他の注意事項を早口でまくし立てて最後にこう言いました。


「この私がわざわざ自称後継者と名乗っている貴様の元に来たのはひとえにシャルティア様への敬意故だ。だが私は貴様を後継者だとは認めん。たとえシャルティア様と神が認めても私は認めん。いいか、命令に従わなければ即刻連行されると考えろ」


 いや、神と師匠が認めたら認めましょうよ。そんなに私の事が嫌いなんでしょうか?


 幼い頃から一応なりとも国のため世界のためにと尽くしてきましたのに。まあ、半分は趣味でしたが。


 とはいえ、そんな私だっていつまでも研究漬けの日々を続けようとは思っていませんでした。

 師匠だって言っていたのです。嫌になったら後継者なんかやめて好きに生きていいぞと。その代わり野垂れ死にそうになってももう面倒は見ないと。


 私はどうやら魔法の才能はあったみたいで、一人でも困る事はなかったんですが、なんとなく師匠について回っていました。


 結局、師匠は私を置いて死んでしまって、私もこうして追い出される羽目になりましたけど。私の人生まだまだこれからです。だって15歳なんですから! 素敵な人と結婚して、好きな物食べて、好きな事をしたいですよ!!


 私は持って行けるだけの荷物をまとめ、毎日の日課になっていた師匠の部屋を綺麗に掃除し、数年間、師匠と過ごした屋敷を後にすることになりました。


「師匠今までありがとうございました! 私、これからは好きに行きますね!」


 私は屋敷に向けて深々とお辞儀をします。顔を上げると一瞬、師匠の部屋の窓から師匠が気怠げに手を振ったような気がしましたが、それは見間違いでしょう。単に私が寂しがっているだけかもしれません。


 師匠は他人には厳しく自分にはとことんと言っていいほど甘い、それはもうひどい性格でした。


 おまけに何度言っても煙草を吸うのをやめてくれません。あれだけ言ったのに辞めないから死んじゃたんですよ。


「ばか師匠……」


 だけど私を一応育ててくれた恩人で、一応母親のような人でした、と形容しておきましょうか。


 師匠と過ごす時間は、辛かったけど、楽しくもあり、たくさんのことを学ばせてもらいました。


 思い出すのは……修行、修行、修行! の日々です。そして修行がお休みの日は昼夜逆転の研究生活。私に休みなんてありません。

 それでも、こうして終わりを迎えるのはやはり悲しく、寂しさもありました。

 

 ですが、私もそろそろ師匠から卒業して前を向かなければなりません。


 私はもう一度、礼をして、屋敷を立ち去ります。振り返る事はしませんでした。

 振り返っても、もう私を暖かく迎えてくれる師匠はいないからです。

 私を育て、魔法を、生きる術を教えてくれたあの人はもういないのです。


「自由だーーーー!!」


 大声で叫びました。お陰で喉を痛めました。久しぶりに大声を出したからでしょうか。いえ、そういえば日常会話もここ一年まったくと言っていいほどしてませんでしたね。


 ですが、私は自由です。命令されてご飯を作る必要もない、お風呂のお湯を沸かす必要もない、雷が鳴っている時は寝るまで側にいる必要はもうありません!


 そう、私は自由なのです。


 弾むように私は通りを歩きます。石ころを蹴って遊んでみました。童心にかえったみたいで楽しかったです。


 ええ、そうです。私はそれほどまでにテンションが爆上がりしていました。


 この時の私はどこか遠い田舎に行って、楽しく過ごす事だけを考えていました。これからとんでもない事件の数々に巻き込まれるなんてこの時の私は想像もしていません。


 それも全て魔法が退化し過ぎていた事にあります。


「なんで、全属性の魔法が使えるのが私しかいないんですかっ! おかしいです!!」

 

 田舎町に着いてからの第一声がそれでした。


 ですが、師匠はそうなる事を知っていたのかもしれません。だから口癖のようにこう言っていたのです。


『お前はあたしより立派は賢者になれるよ。あんたがそう思わなくても世間はお前を離しちゃくれない。だからあたしがこうしてあんたを保護してやってるんだよ』


 上から物を言う態度は非常に気に入りませんでしたが、今となってはいい思い出です。


 だって私は彼女の言葉通り立派な賢者になったのですから。


 可愛い妻も出来ました。今は二人で幸せな生活を送っています。王族に仕える大賢者として……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

長年引きこもっていた屋敷から「お前の研究はもう必要ない」と追放されたので大賢者の正統後継者として自由に生きて行く事にします〜気が付いたら弟子に告白され、師匠を超える大賢者になっていました〜 水篠ナズナ @1843761

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ