第4話

―Royal theater of Miglance―


 いつものように支配人が迎えてくれる。

「おお、アルドくん。おかえり。どうだったかね? いい演技ができそうかい?」

 そういえばそうだった。元はと言えば、それが目的だった。

「あー、ええっと……それはわからない……」

「何だって⁉︎ あのカミ様がつきっきりでそんなはずがないだろう!」

「いや、あの……そ、その代わり、新しい脚本もらって来たからさ!」

「うん? ああ、そうかい! これはこれは、カミ様の最新作ではないか! しかも三本もあるのかい⁉︎」

「ああ、うん。物語の大筋は同じだけど、主人公がそれぞれ違うんだ」

「ほう、新しい趣向だね! はっ、ということはつまり、全てを観たいというリピーターが増えるではないか! はっはっはっ、ありがとうありがとう!」

 バシバシと支配人が肩を叩いて来る。

 相変わらず電光石火でセットを用意したらしく、アルドは早速、その物語を演じることになったのだった。

 仲間たちと舞台に立ったが、やはり台本通りとはいかなかった。

 アルドは申し訳ないような、けれど不思議な充足感があるような、そんな複雑な面持ちでロビーへ戻る。

「…………」

 定位置に立ったままの支配人が、俯いているのが見えた。

 アルドが話しかけても、押し黙ったまま何も言わない。

 これは、まさか、成長していないと罵倒でもされるのか?

 アルドがそう予感した時、支配人が徐に顔を上げた。

「うっ……うっ……」

「え?」

「あああああ、最高だったよ、アルドくうううん!!」

「ぎゃっ!」

 支配人が大号泣しながら、アルドに抱きついて来た。

 涙と鼻水が、アルド自慢のコスチュームを濡らす。

 引き剥がそうにも思った以上に力が強く、しばしそのままの格好でいるしかなかった。

 ―こんなに感動してくれるなら、爺さんにも見せたかったな。

 諦めの境地に達したアルドがしみじみそう思っていると、

「ほっほっほっ。ワシも最高じゃったと思うぞい」

 背後からカミューが現れた。

「爺さん⁉︎」

 最期の作品なんて言うから、もう観られないのかと勝手に思っていた。

「何じゃ、幽霊でも見たような顔をして。失礼じゃのう」

「あああああ、カミ様!! この度は本当にありがとうございます。長年の脚本家人生、大変お疲れ様でした」

「脚本家人生?」

「そうじゃよ。まさか、ワシがもう死ぬとでも思っていたのではあるまいな?」

 カミューはニヤニヤとアルドの顔を窺う。たまらず目を逸らしてしまった。

 確かに、劇場からユニガンまで歩くなんて、死期が近い人間のすることではない。

 あれは、脚本家としての死期という意味だったのか……。

「カミ様、これからどうされるおつもりで?」

「うむ。ワシは現役を退くが、困っておる者たちの手助けができればと思っておる」

「そうですか。ですが、観劇には来ていただけるのですよね?」

「時間はたっぷりあるからのう。それに、こうして笑顔になって帰る人たちがいるのを見ると、ワシのして来たことも意味があったのだと思い出させてくれるからの」

「当たり前だろ。爺さんは、物語の主人公をずっと救けて来たんだからな!」

 隣でぐすんぐすんと鼻をすすっていた支配人の動きが止まった。

 ―しまった、支配人の前だった!

 わざわざカミューが隠そうとした秘密をバラしてしまった!

「……カミ様の脚本はね、アルドくん。ここに来たお客様たちも救って来たんだよ。もちろん、私やこの劇場もね! この方の功績は演劇界に永遠に残り続けるに違いないんだよ!」

 どうやらバレずに済んだらしい。

 ほっと息を吐くと、出逢った時と同じように独り佇むカミューが目に入った。

「爺さん」

「おお、アルドくん。君や支配人はああ言ってくれるがね、ワシはそれほど大層に考えてはいないのじゃよ。観客には娯楽として楽しんでもらえればそれでいいのじゃ。殺伐とした日々の中でひとときの安寧や心の安らぎになれば、それだけでワシは満足じゃよ。もちろん、自分の人生と結びつけて何かを変えるきっかけにしてくれれば、それはそれでありがたいことじゃが。どちらにしても、その人自身の物語であることに違いはないのじゃからな」

「オレたちの下手な演技で楽しんでもらえるかは微妙なところだけどな」

 アルドが苦笑すると、カミューは静かに首を振った。

「大切なのは技巧ではないのじゃよ。ワシはたくさんの他人の過去を見て来たからわかるが、歩んできた過去は誰一人同じではないのじゃ。考え方も、表現の仕方も違って当たり前じゃよ。じゃから、どんなになりきって演じたところで、全く同じ演技になるはずなどない。たとえ本物の役者であってもじゃ。お前さんたちはお前さんたちの思う通りに演じれば良いだけじゃ」

 ―この物語がどうなるかではなく、どうしたいかを考えた時、自分の物語になる。

 今思えば、アルドが生きるこの世界がまさにそうだ。

 ―オレは誰かの、この世界の、未来を救けたい。

 本当にオレは何かを救えたのか。それとも、他の何かを失っているのか。

 それでも、オレはこの旅をやめない。いつかこの世界を救えるまでは。

 そう、これは紛れもなく、オレ自身の物語なのだから―。

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カミ様の物語 ユラセツコ @yura_setsuko

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