第2話 セバスちゃんの提案

「うわっ!数が多いな!」

「こっちよ!」


 土地勘のないアルドをエイミが先導する。

 都市に侵入してきた合成兵士の数は増し、脅威度が高いとみなした2人の情報を共有しているのか優先的に襲ってくるようになった。アルドは魔剣オーガベインで、エイミは膂力で敵を破壊しながら舗装された道を走り、その後には敵の残骸がいくつも散らばっている。

 セバスが住むラボも元の世界と変わりないらしく、何度も通ったシータ区画の住居に彼らが飛び込むとハンターたちが武器を構えて出迎えた。装備の調整に欠かせないセバスを守っているらしい。


「待ってくれ!」

「敵じゃないわ!」

「お前ら、誰だ?」

「身分証を提示しろ!」


 エイミの身分証を調べたハンターたちは怪訝な顔で彼女を見た。

 身分証の偽造は極めて困難なのにエイミのデータが実在しないからだ。


「セバスちゃん!いるなら返事をして!あなたの知恵を借りたいの!」

「なになに?」

「あっ!セバスちゃん!勝手に出てこないでください!」


 ハンターたちが彼女を守るように立ちふさがったが、本人は意に介さずエイミに問いかけた。


「ここのセキュリティ機能が今チェックしたけど、あなたは誰?私専用のデータベースと同じ記録が残ってるなんて意味がわかんない」


 セバスは知的好奇心が抑えられないらしく、ハンターたちが止めるのも聞かずに2人を奥へ案内した。

 そこでアルドたちは先ほどと同じ説明を繰り返し、セバスは何度か頷いた後に黙り込んだ。


「うーん……」

「信じてくれないのかな?」

「無理もないけど」

「いえ、ちょっと待って。今、考えてるの。アルド、あなたが持ってる剣は何?」

「え?これか?」


 アルドは魔剣オーガベインを見せた。

 セバスは携帯していた装置を操作して魔剣を調べ、しばらくすると言った。


「うん。こんなもの私たちの世界には存在しないわね。2人ともおそらく嘘はついてない」

「じゃあ、私たちに何が起きてるのかわかる?推測でもいいんだけど」

「そうね……。アルドが言ってた通り、歴史が変わったならエイミが存在しない世界にいられるのはおかしいわ。ここはあなたたちの世界とは全く別物だと思う。多元宇宙論っていうんだけど」

「なんで俺たちがそんなところに来ちゃったんだ?」

「偶然か人為的なものか……うーん、判断材料が少なすぎるわねえ。でも、元の世界に戻るならまずはあなたたちが乗っていた合成鬼竜って戦艦を見つけるべきだと思う。あなたたち自身に時空を越える能力はないんでしょ?」

「ええ」

「あいつもこの世界に来てるのかな?」

「来てなかったらお手上げよ」


 セバスはそう言って両手を上げた。


「何が原因にせよ時空を越える手段がないと話が始まらないわ。その戦艦、私も見たいなあ。ていうか、ほしい」

「あげないぞ!」

「冗談よ。元は合成兵士が使ってた兵器兼半有機生命体なのよね?そんなものがあったら相当目立つからこっちにも情報が入ってくると思う。しばらく待ってみることをお勧めするわ」

「そんなに悠長にしてられないわ」

「他の仲間も探さなきゃいけないんだ」


 アルド達は少しも賛成できなかった。

 リィカやサイラスはそこらの合成兵士に負けることはないだろうがここで吉報を待ってじっとしていられるほど2人の肝は太くない。

 それでもセバスは言った。


「その2人の情報だってここにいれば入ってくるでしょ?それにむこうの立場に立って考えてみて。気が付けば戦闘中のエルジオンにいて仲間は行方不明。とりあえず仲間が行きそうな場所へ向かわない?」

「それはまあ……」

「一理あるわね……」

「それに2人ともここに来るまでけっこう戦かったでしょ?一息ついて体と頭を休めた方がいいわよ。あと、シャワーを浴びた方がいいかも。ちょっと汗臭いから」

「ええ!?」


 それに動揺したのはエイミだった。

 彼女はセバスのラボにある風呂を借りる事になり、アルドはその間に食事をしておくように勧められた。

 

(ほんと、元の世界にそっくりね)


 エイミは更衣室のドアをロックし、情報端末機を棚に置くと着ているものをクリーナーに放り込みながら思った。父親のウェポンショップからセバスのラボにいたるまで彼女が知っている世界と瓜二つ。よく見れば棚に置いてある小物などが違うが、注意深く観察しなければ気付かない。

 よく似た世界だから次元戦艦が進路を間違って迷い込んでしまったのだろうかと彼女は想像したが、原因より帰還方法が知りたかった。

 

(この世界で父さんに娘がいないってことは母さんと結婚しなかったのよね?じゃあ、母さんはどうなったんだろう……)


 彼女はシャワーを浴びながらこの世界の過去を考える。父と母が出会っていないとすれば自分が知っている悲劇も起きず、この世界のどこかで生きているのではないか。

 そんな願望が生まれたが仮にそうだとして探して何の意味があるのかと自分を戒めた。むこうは自分が誰かも知らないのだから父親と同じ反応が返ってくるのは目に見えている。


(ていうか、別人と結婚してる可能性もあるんじゃない?それは見たくないなあ……)


 別の夫や子供がいたらどうしようか。

 そんな空想を止めようとするがすぐに再開してしまうエイミはしばらくシャワーのお湯に顔を打たせ続けた。

 彼女はざあざあと降る春の雨のような心地よい音を聞いていたが、その耳はかすかなドアの開閉音を捉えた。


(誰……?)


 ドアは確かにロックしたと彼女は思ったが、スモークガラスのむこうに人の気配がするのも間違いない。手癖の悪いハンターが私物でも狙っているのか、身の程知らずの大馬鹿かと予想し、指の関節をぽきぽきと鳴らす。万に一つもアルドの可能性はない。

 彼女はシャワー室のドアを開けると同時に棚の情報端末機を操作していた人物の背中へ殺意を乗せた拳を振るった。


「ひあああああっ!!」


 奇妙な悲鳴と壁の陥没音がシャワー室に轟いた。


「……セバスちゃん?」


 エイミは天才エンジニアを見てきょとんとする。

 むこうは腰を抜かしてその場にへたり込んでいた。もちろん彼女に本気で攻撃する気はなく、正拳突きをわざと外したのだがセバスには十分すぎる恐怖だったらしい。


「何してるの?」


 彼女は訝しむと同時にドアのロックを解除できるのはセバスくらいしかいないことに後から気付いた。

 そしてこの世界のセバスは友人でも何でもないこと、シャワーを浴びに行かせたのが誘導だったことを理解した。


「ま、まずいわね……見つかっちゃった……」

「だから何してるの?」


 彼女はこの世界のセバスを信用しきっていた自分を叱りながら詰問する。

 合成兵士のように完全な敵ではないが、目的次第では最悪の事態もありうる。


「正直に言うわね。あなたの世界の情報が知りたかったの」

「え?なんで?」

「なんでって……時間や空間を操作する技術が気になるからに決まってるでしょう!」

「えーー」


 半ば逆切れしつつあるセバスに彼女は「そういえばそういう人だった」と元の世界のセバスを思い出す。次元戦艦が仲間になった時は嬉々として艦内に乗り込んで解析と分析に勤しんでいた。

 それにエルジオンの内部が戦場と化したなら人間側の旗色はかなり悪いということ。時空を操作する技術があれば戦況を覆すことも可能で、魅力的すぎる餌が目の前に現れたということだ。


「どうした、エイミ!?何があった!?」


 壁をぶん殴った音を聞きつけたアルドの走る音が聞こえ、2つの不幸が起きた。

 1つはセバスは更衣室のドアを解除したままだったこと。もう1つはエイミがシャワー室から飛び出たままだったこと。お湯が滴り落ちる彼女の体を隠すものは何もなかった。

 シャワー室のドアが開き、その直後に複数の悲鳴と重い物が吹き飛ぶ音が轟いた。


「なあ、俺に何があったんだ?記憶がないんだけど……」


 アルドはこの時代に普及している回復剤を飲んでから言った。

 シャワー室のドアが開いた所から記憶が途絶え、体に痛みだけが残っている。


「すべって転んだのよ」


 エイミはすでに髪を乾かし、高速洗浄された服を着て椅子に座っている。

 その視線は全くアルドの方を向いていない。


「それよりセバスちゃん。さっきのは大目に見るけど、二度としちゃ駄目よ」

「うん……もうしない……」


 恐ろしいものを見たセバスは素直に言った。


「この世界も大変だろうけど、別世界の技術に頼るのは間違ってると思うの」

「はーい……」

「俺に何があったんだ……?」


 アルドに疑問を残したままセバスの一件は今回だけ不問とされた。

 今度はアルドがシャワーを浴び、エイミが食事をとってしばらくするとセバスのラボに通信が入った。


「セバスちゃん!そっちから応援を出せるか!?」


 男の緊迫した声が戦闘音と重なりながらスピーカーから聞こえた。


「何があったの?」

「敵のドローン兵器が増えてきた!変な奴が加勢してくれてるが、そろそろやばい!」

「変な奴って何?」

「カエルの戦士だ!」

「……は?」


 その言葉を聞いてエイミとアルドは席を立った。

 カエルとくれば古代の世界から来たサイラスしかいない。


「間違いなくあの人だな」

「セバスちゃん、リィカって子と次元戦艦の情報が入ったらこっちに通信お願い」


 彼らは応援要請が来た地区を教えてもらい、そちらへ向けて走り出した。


「あーあ、行っちゃった」

「セバスちゃん!応援は来るのか!?」

「一応、応援っぽいのが行くわ。運が良ければ敵を減らしてくれる」

「っぽいって何だ!?」


 セバスの回答に通信先の男は混乱していた。

 背景から聞こえる戦闘音はどんどん激しくなっており、彼も不安なのだろう。

 それに対してセバスはため息交じりに言った。


「ねえ、もしもあなたと無関係の世界の人から自分のために戦ってくれって頼まれたらどうする?」

「はあ!?そんな事できるか!自分で何とかしろ!」

「むこうもそんな感じよ」


 彼女がそう言うと部屋の外からハンターたちの怒声と戦闘音が始まった。


「あっ、こっちも余裕なくなったわ。お互い頑張りましょ。自分たちの世界は自分たちで守らないとね」

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