エイミの時空漂流記

M.M.M

第1話 故郷とよく似た世界

 機械油と硝煙の香りが漂っていた。

 ぼんやりと意識を覚醒し始めたエイミは大きな爆発音が目覚ましとなって体を跳ね起こした。そこが戦場であることを即座に理解したからだ。


(ここはどこ!?)


 彼女は硬い地面の上であおむけになっていたことに気づく。

 記憶を精査する前に赤熱する電磁アックスが飛来した。


「ちいっ!」


 エイミは身をひねって躱し、飛んできた武器は背後のコンクリートを貫通してブーメランのように持ち主の元へ戻ってゆく。そこには鈍色の金属装甲で全身を覆った1体の兵士がいた。外側どころか内側まで金属で作られた機械生命体の合成兵士だ。

 彼女は攻撃されたこと自体を不思議とは思わない。彼らは人類が生み出したものの反旗を翻した敵勢力であり、彼女はそれらと戦うハンターなのだから。


「ほう。よく躱したな」


 戻った電磁アックスを片手で掴んだ兵士は電子音の称賛を送った。


「戦場で大の字になって寝る大馬鹿者と思ったが」

「何の話よ!」


 彼女は警戒しながらいくつも疑問が浮かんだ。


(ここはどこ?アルドたちはどこに行ったの?たしか合成鬼竜に乗ってたはず……)


 最も新しい記憶では彼女は次元戦艦で時空の海を航行中だった。

 未来と過去を行き来する途方もない時間の旅は突然の揺れと警報で中断する。


「何かが時空に干渉してる!これは……」


 自我を持つ戦艦、合成鬼竜がそう言った瞬間にエイミの視界は真っ白になり、気が付けば戦場で攻撃されていた。あと数秒眠っていれば死んでいただろう。


「まあ、いい。次で仕留める」


 合成兵士はそう言うと膝を曲げ、エイミに向かって跳躍した。

 その右手には金属さえ切断する武器が紅く輝いている。たとえそれがなくても弾丸のように飛来する体に接触するだけで人間の体はひき肉になるだろう。

 しかし、どちらも彼女の体には触れられなかった。


「何!?」


 合成兵士は驚愕を声に出した。

 その胴体には籠手に包まれたエイミの拳が風穴を開けていた。ほぼ同時に足甲をつけた蹴りが兵士の頭部を粉砕し、機能を停止した体は地面を数回バウンドして瓦礫の一部となった。


「ふん!甘く見ないでよ!」


 彼女にとって一体の兵士など敵ではなかった。

 体と周囲の地形を確認しながらエイミは自分がどこにいるかを理解した。


「ここ、エルジオンの中じゃないの……」


 彼女がよく知る建物がいくつも半壊、あるいは全壊していたがそこは間違いなく曙光都市エルジオンだった。自分がいない間に都市が襲撃を受けていたことに不安と衝撃を覚えた彼女は大切な家族の事を思い出す。


「父さん!」


 エイミは仲間や次元戦艦がどうなったのかも気になったが、ひとまず父親がいるウェポンショップへ向かった。

 見慣れた都市は戦場と化し、あちこちに破壊された建物や兵器が散らばっている。それらに不安を募らせ、時折襲ってくる合成兵士を文字通り粉々にしながら彼女は父の経営する店を目にする。幸い、まだ瓦礫の山にはなっていなかった。


「父さん!いるの!?」


 エイミが店に飛び込むと左右からハンターが武器を突き付けた。


「動くな!」

「偽装した兵士じゃないなら手を挙げて!」


 2人の見知らぬハンターに警戒された彼女は大人しく両手を上げた。

 ハンターたちは腕につけた装置で彼女の体を調べ始める。人間に姿を変えた合成兵士の可能性があるからだ。


「反応は……ないな」

「悪かったわね」


 2人は武器を下ろして警戒を解いた。

 それでも手を離さないのはここが戦場だからだ。


「ここは父さんの店でしょ?どこにいる?無事なの?」

「父さんだと?」

「他の店と勘違いしてない?」


 ハンターたちは眉を寄せて困惑を示した。


「ここはザオルさんの店だぞ」

「そうよ!父さんの店よ!私は娘のエイミ!」


 彼女は会話が成り立たっていないことに苛立ち始めた。

 彼らはお互いに首を傾げ、男は店の奥に向かって呼びかけた。



「ザオルさん!あんた、娘がいたのか!?」

「はあ!?」


 エイミがよく知る声が聞こえた。

 そしてすぐに髭面と筋肉質な体が特徴のザオルが武器を担いで現れる。


「なんのことを言って……」

「父さん!よかった!怪我はない?」


 彼女は父親の無事な姿を見て安堵し、彼に駆け寄った。

 それに対してザオルは一歩身を引いて奇妙な表情を作った。


「どうしたの?」

「どうしたって……なんであんたは俺を父さんと呼ぶんだ?」

「は?」


 今度はエイミが困惑する番だった。

 お互いが「この人は何を言ってるんだ」という顔をしながら気まずい沈黙が生まれる。それを見ていたハンターたちが沈黙に堪えられずエイミに聞いた。


「あんたはザオルさんの知り合いなのか?」

「どういう関係なの?」

「知り合いも何もなくて父さんの娘よ!ねえ、父さん?」

「……いや、俺に娘なんていないが」


 その言葉に衝撃を覚えたエイミは石のように固まる。

 次に硬直した体を恐怖が満たしてゆく。突然、戦場と化した故郷で目が覚めて父親からは他人呼ばわりされる。ここはどこなのか。自分に何が起きているのか。当たり前のことが当たり前でなくなるのは足元の地面が崩れてゆくような感覚だった。

 

「父さん、冗談よね?」

「いや、冗談も何も。俺はあんたが誰かもわからないんだが?」


 ザオルは真面目な顔でそう言った。

 彼女は何を言えばいいのかわからなかった。


「ザオルさん、心当たりはないのか?」

「さては隠し子ね?」

「いやいや!全然心当たりがないぞ!」

「そんな……」


 呆然としたエイミはこれが悪い夢じゃないかと思い始めた。

 そうでなければこの世界と自分のどちらかが狂っていることになる。


「あなた、名前は?」


 女性のハンターは哀れな子供を見るような目をしてエイミに聞いた。


「エイミ……」

「ザオルさん、認知するのが嫌だからとぼけてるわけじゃないのよね?」

「本当に知らないぞ!鍛冶師の魂に誓ってもいい!」

「じゃあ、あなたは戦場で戦ってる間に記憶が錯乱したんじゃないかしら。死の恐怖に耐えられなくなって今の状況を拒絶する人もいるらしいし……」

「私は錯乱なんて……してないはず……」


 本当なら女性ハンターの胸ぐらをつかんで怒鳴りたいエイミだったが、父親に存在を否定された衝撃でいつもの自信に満ちた性格はどこかへ行ってしまった。

 彼女は脳内で自問自答を始める。


(私は父さんの娘よね?アルドやリィカと一緒に時空を旅して……歴史を改変しようとする連中と戦った……そうでしょ?あれが全部妄想だったなんて……)


 エイミの記憶がいくつも蘇るが、それを保証するものは1つもない。

 彼女は孤独と恐怖に眩暈を覚え、胃から酸っぱいものがこみ上げてきた。

 その時だった。爆音や金属を切り裂く戦闘音がそう遠くない場所から聞こえた。そして彼女がよく知る男の声が。


「おーい!エイミ!リィカ!サイラス!みんな、どこにいるんだーーっ!?」

「アルド!?」


 彼女は父親であって父親でない男とハンターたちを放り出して店を飛び出た。

 視界の先には過去の世界からやってきた青年、アルドが3体の合成兵士と戦っていた。


「あっ、エイミ!!やっと1人見つけたぞ!」

「アルドーーーッ!!」


 彼女は感動と喜びに震えそうになる自分を抑えながら1体の合成兵士に飛び蹴りを見舞って即死させた。そして兵士が持っていた電磁アックスをもう1体に投擲して急所を破壊する。


「あんたら、邪魔よ!」

「貴様、新手のハンターか!?」

「そうよ!さよなら!」


 彼女はそれだけ言うと影さえ置き去りにしそうな高速移動で残った兵士に接近し、片足を垂直に蹴り上げて顎から上を吹き飛ばした。


「おお、さすがエイミだな!こいつら、俺の時代の魔物とは動きが……」


 彼女の戦いぶりを褒めようとしたアルドだが、ずかずかと大股で歩み寄ったエイミは彼を思い切り抱きしめた。


「え!?ええ!?」

「アルドよね!?過去のバルオキー村からやってきた男で私の仲間よね!?そして私はハンターのエイミでしょ!?お願いだからそうだと言って!!」

「ええと……あ、うん……そうだよ……」

「よかった……」


 エイミは自分が錯乱してなかったことを確認し、安堵すると同時に男に抱き着いてる自分に気づいて慌てて距離をとった。


「えっと……ア、アルドはどこで目が覚めたの?」

「お、俺はエイミがアルファ地区って呼んでるところで……」


 お互いに気まずい雰囲気になったが2人はすぐに情報交換を開始した。

 次元戦艦が揺れたところまではどちらも覚えている。そして戦場と化した曙光都市エルジオンに転移して合成兵士たちに襲われているのも同じだった。

 ただし、アルドはこの世界が元の世界と異なることに気づいていなかった。


「え?エイミの父さんが父さんじゃない?」

「そうなの。エルジオンが急に戦場になってるのも変だし、これってあれじゃない?誰かが歴史を改変して未来が変わったってやつ」


 その現象はアルドも知っている。

 未来の情報や技術を使った人間が恣意的にそれを使って未来を改変してしまう。それを防ぐこともアルドたちの目的の1つだが、彼はその推測を否定した。


「いや、違うと思う。本当に未来が変わったなら変わる前のエイミがこの時代に行けるわけがないんだ。そもそも存在が消えちゃうんだから」

「そういえばそうね……。で、でもこの時代の父さんは私なんて知らないと言ってるのよ?」

「それって……もしかしてこの世界でエイミは隠し子に……」

「あ?」

「なんでもない!」


 彼はエイミの殺意を感じて意見をひっこめた。

 2人が今の状況に疑問しか浮かばずひたすら悩んでいる所に声がかかった。


「おーい!そんな所で突っ立ってると危ないぞ!」

「あっ、ザオルさん!」

「ん?あんたも俺の事を知ってるのか?」


 もちろんこの世界のザオルはアルドの事を知らなかった。

 2人はひとまず彼の店で今の状況を聞き出すことにした。


「確認するわね。今はAD1100年。合成兵士は半年前からエルジオンに侵攻を開始して、三日前に防壁を突破した」

「そうだ。本当に知らないのか?」


 ザオルは怪訝な視線をアルドたちに向けた。

 2人のハンターもある意味で偽装した合成兵士より怪しい存在として彼らを見ている節がある。


「私はここと同じ時代の人間だけどあなたたちとは別の世界みたい。ほら、身分証もあるわよ」


 エイミはハンター共通のカードを見せた。

 男のハンターはそれを調べてからこめかみをとんとんと指で叩く。


「次元を超える戦艦に乗ってたら別世界に飛ばされた?敵が人間に偽装してるならもっとマシな嘘をつくよな……」

「この人たち、本当に別世界の住人なのかもね。ハンターカードも本物だし」

「で、それが本当としてお前らはどうするつもりなんだ?」


 ザオルにそう聞かれたアルドとエイミはお互いの顔を見た。


「そりゃあ元の世界に帰りたいけど……」

「どうすれば帰れるのかしら……?」


 2人に良い考えは浮かばず、残りの人々に助言を期待するような視線を向けた。

 ハンターたちは顎を抑えて思案し、男の方が口を開いた。


「俺たちじゃ荷が重い。セバスちゃんにでも相談してみるか?」

「え!?セバスちゃん!?」

「あの人もここにいるのか!?」

「なんだ。お前らも知ってるのか?」


 アルドたちは元の世界の天才エンジニアがこちらにも存在すると知った。

 エイミの父親も存在する世界なのだから自然なのかもしれない。


「でも、彼らはあっちの地区まで行けるの?」

「こいつらの戦いぶりを見ただろ。相当できるぞ」

「俺たちにできる事はないが、商品くらい分けてやるぞ。もってけ」


 ザオルはそう言って店の品々を指した。


「いいの?」

「いいってことさ。しかもお前は別の世界だと俺の娘なんだろ?それなら俺の娘も同然さ。俺の嫁さんはそうとうな美人なんだろうな?」

「……ええ」


 エイミは一瞬悲しそうな顔をしたが無理やり笑顔で隠した。

 彼女は索敵や攪乱に使う装置を選ぶとアルドと共に店を出た。


「エイミ、いいのか?」

「何が?」


 エイミは何を質問されてるかわかっていたがとぼけた。


「ここは別の世界だけどお前の父親なんだろ?あのまま立てこもってたら……」

「この世界はこの世界の人が守らなきゃいけないの。私たちは私たちの世界を守るんでしょ?」

「……ああ、そうだな」


 アルドたちは永遠にこの世界を守ることはできない。元の世界に家族がおり、帰らないわけにはいかなかった。

 早くリィカやサイラスと再会するために2人とも走り出した。エイミの未練を振り切るためにも。

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