第99話 依頼 そして指摘

「シノちゃん。もう少しペースを落としてください!」

「だめっ、お姉さん達がシスターの事を待ってるから。早く早く!!」


「もう、分かってますってぇー!」


 20代前半といった容姿の女性は運動があまり得意ではないらしく、シノに手を引かれるがまま走らされた為、イルゼ達の元へ着いた頃にはかなり憔悴していた。


 子供の溢れんばかりの元気に勝てなかったらしい。


「ひぃ、ひぃ……。ふぅ、ええと貴方達は?」


「私は冒険者のイルゼ。こっちの二人は同業者のリリスとサチ」

「うむ」

「サチと申す。よろしくござれ」


「イルゼ様にリリス様。それにサチ様ですね」


「ん。それでさっき何があったのかというと……」


 ゼットにしたような説明をシスターにも伝える。


「なっ……!」


 あまり深刻に考えていなかった彼女はイルゼの説明に絶句し、少年に怒られて小さくなった子供達の方を向いて顔を赤くする。

 

 が、子供達を叱ることはなかった。


 それは既にゼットにしこたま怒られ反省していた事と、このような事態になったのは子供達の面倒を見切れなかった自分の責任だと感じていたからだ。

 

 一つ溜息をついた後、シスターはイルゼ達の方を向く。


 今自分がするべき事は、子供達の責任者としてイルゼ達に対して心からの謝罪だ。


 謝って許してもらえればそれでいいが、それがダメなら何か方法を考えなくてはいけない。

 相手は冒険者、見た限りは荒くれ者ではなさそうだが、子供達の手前出来る限り穏便に済ませたいと彼女は考えていた。


「す、すみません冒険者様! どうかこの通り、ご無礼をお許しください」


 事態を深刻に受け止めたシスターは、全て自分の監督不行き届きだと深く頭を下げた後、この子達に責任はない。罰を与えるなら自分にして欲しいと言って地面に膝をつく。


「まてまてシスターとやら。面を上げよ。もうその話は終わっておる。我らは誰も怒っとらん」


 これに慌てたリリスが彼女の上体を起こし、その汚れを払ってやる。


「ふぇ、そうなんですか?」


 彼女が顔を上げると、リリス他二名がこくりと頷く。


「……それは良かったです。冒険者と問題になったら私の首だけじゃすみませんから……」


「ん」


 彼女が落ち着いたのを見計らってイルゼは声を掛ける。要件は作物を荒らし、泉の近くの洞窟に寝床を構えた例の害獣についてだ。


 その猛獣について詳しい事を教えてほしいと。


「なるほど。それでしたら」

 

 ゼットに聞いた説明より、更に詳しい説明をシスターから受ける。 


「――とまあこんなわけです」

「分かった。その害獣は私たちがなんとかする。たぶんその害獣、獣の類じゃなくて魔物……魔獣に分類されると思う。そしてそれは冒険者の領分だから」

「拙者達に任せるでござるよ」


「……それはとても嬉しいご提案ですが、あいにく私たちは冒険者様を雇うお金も、討伐報酬も持ち合わせていません」

「ん。お金に関しては別に心配しなくていい。冒険者として当然の事をするだけだから」


 イルゼが報酬についてはいらない旨を伝えるが、それでも若いシスターは首を縦に振らない。どうしてだろうか?


「それにえっと……大変失礼ですが、が討伐なされに行くんですか?」


「そうだけど、なんで……あ!」


 彼女の指摘は最もだ。


 イルゼ達はどこからどう見ても、か弱そうな少女三人組。その容姿からして、どこかの貴族のご令嬢と言われても素直に信じてしまうだろう。


 素人の彼女から見ればイルゼ達は駆け出しの冒険者と同じ。その親切心から自分の身の丈に合わない依頼を受けようとしているように捉えられてしまう。


 仮に凄腕の冒険者と言われても、自分と同じくらいの華奢な少女達が獰猛な牙を持つ害獣には勝てないだろうと思われているのだ。


 故にイルゼはSランク冒険者の証明であるカードを掲示する。


 偽装不可能なカードの上に国王の署名まで書かれていた為、シスターはとても驚き目を丸くし、最後には「どうかお願いします冒険者様。魔獣を退治してください……」と自分より年下の少女に懇願するのであった。


◇◇◇


「大した物は出せませんが、今日はどうぞ泊まって行って下さい」


 話は一通りまとまったが、時刻は夜。暗闇は冒険者を味方しない。なので魔獣討伐は明日以降という事になり、今日はシスターのご厚意で孤児院に泊めてもらえる事になった。


「これで一安心じゃな。流石にこんな森の中で野宿は嫌じゃからのう」


「あの……お姉さんこれ使ってください。私たちが怪我をした時によく使ってるぬりぐすりです」


「シノ? だっけ? ありがとう。でも私治るの早いから平気だよ」

「いえ、でも……」


 迷惑をかけたせめてもの罪滅ぼしにと温かい食事が振る舞われ、イルゼには傷によく効く塗り薬まで提供された。


 なんでもこの森の近くに貴重な薬草の群生地があるそうだ。今はそれも魔獣の影響で取りに行けなくなってはいるが。


 それを聞いたイルゼは、そんな貴重な薬草で作った薬を傷の治りが早い自分に使うのは勿体無いと断ったが、最終的にはシノの「どうしても……ダメですか……?」という上目遣いに負け、瓶ごと三つ受け取ることになった。


(……あとでリリスに塗ってもらおう)


 自分で塗れなくもないが、背中は少し難しい。それなら服を脱ぐ言い訳になると考えた。


 最近ではイルゼより、どちらかといえばリリスの方が彼女の事を意識するようになっており着替えをする時もどちらかが外に出るか、後ろを向くかを厳命されていた。


 三人旅になってもそれは変わらないどころか、更に拍車がかかったような気がしていた。


(私はもうリリスにで見られるのは慣れてきたし、別にリリスなら見られてもいいんだけど……リリスは私に見せようとしてくれないし、最近は一緒にお風呂に入る時以外胸に触れてない……むぅ、リリスのケチ。減るもんじゃないのに)


 銀髪の少女は少々欲求不満であった。


「すげぇー! シスター、なんで今日はこんな豪勢なんだ!?」

「コロン君! 今日の夕食はイルゼ様達をおもてなしするために作ったんだから少しは遠慮しなさい!!」

「ええー!?」


 露骨に肩を落とすコロンに、サチが自分の分の料理を分けてやる。


「まあまあシスター殿。拙者達の事は気にしないで食べ盛りの子供達を優先するでござるよ」

「サチ様……すみません。コロン君、だからと言って食べ過ぎはだめですよ!」


「やったー!」


 喜びながら骨つき肉に齧り付く丸い少年。

 

 既に食べ過ぎではないか? という言葉を飲み込み、リリスは「よく食べる子は立派に育つからのう」と丸い少年を見て、チラチラとシスターに視線を送るも不思議そうに首を傾げ、ニコッとされるだけだった。


(むむっ、まあよい。ガリガリよりいくぶん丸い方が健康的にはましかろう)


 そんなこんなで、孤児院の子供達を交えた夕食の時間は続いた。


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