第100話 孤児院で過ごす夜

 夕食を終え、就寝時間までは自由行動となったリリスはすっかり子供達の輪の中に溶け込んでいた。


「わっはっはー! ほーれ、高い高いじゃー!!」


「きゃーこわいこわいー!」


「つぎわたしもやって!」


「ぼくもぼくも!!」


「これこれ順番じゃ。全員にやってやるから大人しくせい」


「「「はーい!」」」


 元気に返事をした子供達は喧嘩する事なく、列をつくる。


「……リリス殿ばかりずるいでござるよ」


 そんな魔王の姿を少し離れた柱の陰からサチが羨ましそうに見つめていた。


 小刀を抜いてしまったサチはどうにも初対面の印象が悪く、その場にいなかった子供達にも現場にいた子供達から口伝えられてしまっているようで、一部の年長者を除いて孤児達の殆どから怖がられてしまっていた。


「なっはっはー! どうしたサチ、そんな隅にいないでお主もこっちに混ざったらどうじゃ?」


 にししっと冗談混じりに掛けられた言葉に、それが出来たらとっくに行ってるでござる! と抗議の声を上げる。


 日頃から弟や妹の面倒をみていて、地元では割と子供達から評判だったサチにとって、子供に嫌われるというのは耐え難い事であった。


 そして彼女がリリスに勝てないのは他にも理由があった。


 リリスは子供達からの人気を独占しているが、それはある理由があっての事だからだ。

 周りにいる子を見ればそれは明らかだ。


 男女比率が7対4と男子の方が多く、女子の半数はイルゼとシスターの元へ集まっていた。


「ぼくリリスさんともっと遊びたいですよー」


「そうそう。うちのシスターはババアと成長乏しい姉ちゃんしかいないからな。リリス姉ちゃんみたいなおっぱいとケツがでかい人は大歓迎だぜ!」


「ませたガキじゃのう。――ぬっ、誰じゃ! 今余のお尻を触ったやつは!!」


「自分の事を余だって面白い〜!」


「まったくお主達は……」


 口では叱りながらも、決して本気で怒らないリリスにわらわらと群がる子供達。無論その中には下心丸出しの者もいた。


 だがそういった者達も含めてリリスは笑顔で迎え入れた。


 一人を抱っこしてやると、わたしも、おれも、ぼくも! と次々にせがまれる。


「待て待て。順番じゃ順番」


 それに対しリリスは嫌な顔一つせず、子供達を抱き上げ戯れに興じた。


「すげーシスターより全然大きい! いつもは抱かれても胸の感触なんて全然しなかったのに」


 そのまま彼女の胸を無遠慮に触れる――という事はその後も一切起きなかった。


(一人くらいはそういう事をしてくる子供がいてもおかしくないと思っていたのじゃが、余が予想していたより彼らは弁えておるのじゃな。さっきまではいたのに居なくなってる子もいるようじゃが順番が待てず早めに眠ってしまったのかのう)


 リリスの推理はあながち間違っていなかった。第三者によってに部屋へ帰らされた点を除けば。


(ん。今いる子たちはちゃんと弁えてる)


 イルゼが無垢な子供達の行為全てを許容したわけではなかった。


 リリスに粗相をしそうな子供はイルゼが事前に選別し、自分達の部屋に戻ってもらっていた。


 部屋といっても、大広間に布団が何枚も敷いてあり子供達は全員そこで寝泊まりしている為、厳密には部屋ではない。


 だけどリリスの貞操を守るためには必要なことだった。たとえ少し怖がられる事になっても。


「わたしのことぎゅーってして!」


「しょうがないのう」


 そんな事は露とも知らず、子供、それも同性には更に甘い対応となる魔王であった。


「ううっ。拙者だって、拙者だって……」

「サチさん。私がいます。だから泣かないで下さい」


 自分よりかなり年下のシノに慰められたサチは彼女の事を力強く抱きしめ、抱きしめられたシノはポッと赤くなってしまった。


「ねぇ、ここにいる大人は貴女だけ?」

「いえ、私の他にもう一人老齢のシスターがいるのですが。今は所用で出ておりまして」


「ふぅん。そうなんだ」


「はい。……それにしてもリリス様は大変人気ですね。やっぱり胸なんでしょうか? ね、イルゼ様?」


「なんで私に聞くの。あとシスター、目が笑ってなくて怖い」


「い、イルゼさんも大変素敵な方だと思います」


「そう? ありがとう、ゼット」


「い、いえ――っ!?」


 当たり前のように頭を撫でられたゼットは驚きと羞恥で固まってしまうが、当の本人は何も気にしていない様子だった。イルゼからすれば、ゼットも他の子供とそう変わらないように見えるのだろう。


 だが撫でられた当人からすればたまったものではない。思春期真っ盛りの少年は頬を赤く染め、視線を下げることになってしまった。


 どうやら少年は見た目麗しい銀髪の少女に好意を寄せているようだった。


 それに気付いたシスターが口元を押さえてくすりと笑い、応援してますよと誰にも聞こえない声で呟いた。


「おーいイルゼ! これを付けてはくれまいか?」


「なに、それ?」


「ねこ娘セットじゃ!」


 イルゼが自分の元に集まってきた子供達と戯れながらシスターとたわいもない会話を続けていると、どこから持ってきたのか分からないがリリスの手には白い猫耳と白の尻尾が握られていた。


(見たところ手作り。子供達が作った?)


 リリスに付き従う子供達は揃ってイルゼに期待の眼差し向けていた。


 これでは断るに断れないと少女は顔を歪ませる。


「ほれ皆もみたいと言ってるおるのじゃ。まさかやらないとは言わなかろう」


「……わかった」


 勝利を確信したリリスが「ではっ!」と彼女を腕を取ろうとすると逆に掴まれてしまう。


「私がやるんだから、もちろんリリスにもやってもらう」


 イルゼの手には、これまた子供達特製のネコなりきりセット(黒)が握られていた。


「な、なんで余までこうなるのじゃー!! 余は、余はただイルゼがネコ耳を付けた姿を見たかっただけじゃのにー!」

「そっちが先にやろうとしたから。自業自得」


 就寝の時間まで、たっぷり子供達と剣聖に遊ばれる魔王がそこにはいた。


◇◆◇◆◇


 それから数時間後。薄暗い二人部屋のベッドの上に美少女が二人いた。


「リリス……薬塗って」


 イルゼは言うが早いか、一切の躊躇なくパサリと着ていた寝衣を脱ぎ捨て、緩急乏しいなだらかな身体を外気に晒すのだった。

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