第93話 閉幕式 そして宴

 全ての試合が終わり、決勝で戦った二人は閉幕式までおのおのの休憩を取っていた。


 宿の自室に戻った異国の少女は折れた刀の破片を丁寧に紙で包み、巾着袋の中に大切に仕舞う。


 彼女が長年愛用し続けていた刀の刀身部分は、イルゼとの試合で完全に砕け散ってしまった。


「大義でござった」


 旅の始めから、これまで自分を支え続けた愛刀に労いの言葉をかけると、残った柄の部分を優しく包み込むようにして胸に抱いた。


「母上、拙者は生まれて初めて負けたでござるよっ……」


 刀を失った事への悲しみと試合に負けた事への悔しさから、涙が溢れ出し、床を濡らした。


――ウルクス某所。


 場所は変わり、イルゼは腕を大きく広げてそれを待つ。



「レーナ。どんとこい!」



「もうっ、イルゼは……」



 そう言いつつもレーナは優勝した白銀の少女の我儘に付き合い、いくつもの古代魔法を放つ。


「ん!」


 次々に放たれる魔法の数々をイルゼはバッサバッサと斬っていく。数刻もしないうちにレーナのやる気はだだ下がりだった。


「こんなの勝てないって!」


 口では泣き言をいう彼女だが、決して追撃の手を緩めようとはしない。


「レーナよ。頑張るのはいい事なのじゃが、こちらまで飛ばしてくれるなよ」


 彼女達と少し離れた場所で、リリスが岩の上にあぐらをかいていた。

 


「もっと激しくしてもいいよ?」



 サチを下した銀髪の少女は決勝で帯びた昂る気持ちを抑えきれず、アークから人の少ない場所を教えてもらいレーナの鍛錬と称して、自分の気持ちを解消していた。


「イルゼ。誤解を招くような言い方はしない……で……ぇ」


 顔面蒼白。レーナは今にも倒れそうだった。


(もってあと数分?)


 少女の予想通り、それから数分もしないうちにレーナは地面に膝から崩れて落ちる。


「あ、倒れちゃった」


「魔力切れじゃな」


 ひょいっと岩から飛び降り、ひーひーと息切れするレーナの元へ行くと、リリスはサチから貰ったという扇で彼女を仰いでやる。


「リリス、ありがとうございます……」


「うむ、大義じゃったな」


 拷問のような鍛錬、もといイルゼの発散に付き合わされたレーナはもう身体の芯までクタクタだった。


「そろそろいこっか」


 まだ動けないレーナを背負い、3人はボコボコに穴の空いた跡地を後にする。


 後にこの土地は、アークが責任を持って土地の所有者から高値で買い取った。


◇◇◇


 日も傾きかけた頃、冒険者ギルドからの祝辞から始まり、待ちに待った閉幕式が行われる。


 表彰台の上に上がるのは3人の少女達だった。


「ごめんねサチ。サチの大切な剣を折っちゃって」


 一人目は他を寄せ付けないほどの圧倒的な強さを誇った剣聖の少女イルゼ。


 二人目は異国の剣士アマサワ・サチだ。


「もう気にしてないでござるよ。それに予備の刀もありもうす」


 イルゼが見えるようにサチは身体の角度を変える。


 彼女の腰に差されていたのは見慣れた漆黒の長刀ではなく、緑の装飾がなされた脇差だった。


「この脇差は拙者が幼い頃に、父から頂いた物なのでござる」


「大事にしてるんだね。私と同じ」


「で、ござるな」


 敗者も勝者も関係なく、何の憂いがないというように楽しく笑い合う二人。


 元々の性質が似ている事から気が合うのだろう。


「二人とも、そろそろエリアス陛下がやってきますよ?」


 3人目の少女はレーナ・アスラレイン。


 彼女は準々決勝で負けたものの、その後、イルゼの対戦相手が棄権したり、準決勝でサチに負けた選手が壇上に上がる事を拒んだ為、準々決勝でイルゼと派手な勝負をしたレーナに白羽の矢が立ったのだ。


 3人が壇上で話し込んでいると、アークがやってくるのが見え、3人は居住まいを正す。


 普段なら主催者側の人間か、冒険者ギルドの職員が授与式を受け持つのだが、今回は他国との交流を深めると言う事でエリアス王国の王族が来ており、その彼たっての希望で、アークが授与式を受け持つ事になったのだ。


「イルゼ、最後の試合凄かったんだってね。諸事情で僕は見てなかったんだけど、とても凄かったってネリアから聞いたよ」


 声を掛けられたイルゼはふるふると首を横に振るう。


「いえ、それほどでもありません」


 殊勝な振る舞いをするイルゼに、アークは優しくその頭を撫でてやる。


「そんなに固くならないでいいんだ。前にも言ったかもしれないけど、僕の事は家族と思っていい」


 なんならお兄ちゃんと呼んでもいいんだよ? と冗談をめかして言うと、隣に立つレーナが「一国の王にお、おにぃちゃん!?」と驚いてしまう。


「陛下。陛下にそんな無礼な呼び方は出来ません」


「そうか……気が向いたらいつでも呼んでくれていいから」


「はい、心得ておきます」


「うん。あとこれ以上イルゼと話しているとリリス君がキレそうだね。いや、もう既に怒ってるか」


 アークが指す方見ると、黒髪の美少女がアデナやネルといった面々に飛び出そうとするのを必死に止められていた。


「そうみたいですね。後で私からよく言っておきます」


 まったくリリスは……と柔らかい笑みを浮かべるイルゼに、アークは感極まって涙が出るのを堪える。


 近くの席から妻も娘も見ているのだ。ここで泣いては後でなにを言われるか分からない。


 それにそもそも一国の王として、人前で軽々しく泣くわけにはいかないのだ。


 彼は涙をぐっと堪え、次の人物に声を掛けた。


「サチ君。僕の国の方で、折れた刀を最高の鍛治師に頼んで直す事も出来るけど、どうする?」


 そう問われ、サチは顎に手を置き、少し悩む素振りを見せる。


「…………遠慮しておくでござる。暫くはこの脇差で旅を続けると決めもうしたから」


「そっか、余計な気遣いだったね。気が変わった時はいつでも言ってくれ、最高の鍛治師を用意しておくから」


「その時はよろしく頼むでござる」


 ペコリと一礼し、アークは最後にレーナを前に立つと、彼女に一言だけ告げた。


「レーナ・アスラレイン君。閉幕式が終わったらちょっと時間あるかな? 出来れば両親と一緒に僕の所まで来て欲しいんだ」


「え? あ、はい。大丈夫だと思います……」


「そっか。じゃあ待ってるから」


 全員と話し終えたアークは事前のやり取り通りスピーチを始め、閉幕式は続いていく。


 え、なに? 今のどういう事? と事態を飲み込めないレーナは、アークのスピーチなど少しも頭に入らなかった。


 それはリリスも同じで、式の最中にこっくり、こっくりと居眠りをこいていた。


 イルゼはもちろんアークの話を最後までしっかり聞いていたが、式の途中ネリアが寝そうになっていたのを発見し、イルゼの視線に気付いた母親がネリアの太腿をつねって痛そうにしていたのは彼女の記憶によく残った。


◇◆◇◆◇


 その夜、優勝賞金を受け取ったイルゼは、これまでお世話になった人達を集めてちょっとした宴会を催した。

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