第89話 ネックレスの似合う魔王


「あれ? リリスどうしたのその髪と服装?」



 リリスは、白のワンピース姿で、艶やかな黒髪はポニーテールに結い上げていた。


 久しぶりに見る恰好にイルゼが理由を問うと、リリスが意地の悪い笑みを浮かべて、ずいっと顔を近づけてくる。


「どうしてじゃと思う?」


「むっ、近い。わかんない。あとやめて」


 ほれ、ほれと声を上げ、イルゼのほっぺや脇腹につんつんとちょっかいをかけるリリスを押し退けつつ、自らもワンピースに着替える。


「あ」


 着替え終わった所で、今日は大会の準決勝と決勝戦だった事を思い出した。


(この服じゃ試合に出れない。きっと汚しちゃう)


 会場まで行って再度着替え直すことも考えたが、会場で服を脱いだらまたアークに怒られる気がしたのでやめた。

 

 更衣室を借りればいいだけの話なのだが、イルゼの頭にそんな考えが浮かぶ事はない。


 そもそもという程度で、服のせいで負けるという心配はしていないのだから。


「むー……」


 リリスとお揃いのワンピースを着れない事に落胆しつつ、ばんざーいをしてワンピースを脱ごうとした時、リリスに止められた。


「待てイルゼ。お主にはまだ言っとらんかったな。実は今朝早く大会運営から通達があって、今日の大会は休みになった」


「やすみ? どういう事?」


 むぐむぐと中途半端に服を脱ぎかけたまま、イルゼが動きを止める。


「うむ。なんでも昨日の試合で派手に会場が壊れてしまったから、その補修に一日かかるらしい」


 リリスは早起きして知った情報を説明しつつ、イルゼの着替えを手伝う。


 リリスによると、イルゼがまだ寝ている時に運営の者が訪ねてきて、今日は休みになる旨を伝えたという。


「そっか。じゃあ今日はお休みになるんだ。この事をサチは知ってるの?」


「サチもちょうどその時、荷物を取りに来ておったから知っておるぞ」


「ん、そうなんだ。その後どこいったの?」


「一日修行する時間が出来たでござると言って、すぐに走り去ってしまったから、どこに向かったのかは聞いていないのじゃ。あの時のサチはずいぶん生き生きしておったぞ」


「サチは強い人と戦えるのが、楽しみで仕方ないだけ」


「それはお主もじゃろ?」


「むっ、完全には否定できないけど……わたし、戦闘狂じゃない」


「どうだかのう〜」


「むー、リリス信じてない! リリスのばか!!」


「ばかとはなんじゃ、ばかとは!! 余は全ての魔族から天才と謳われた魔王様じゃぞ!!」


 偉そうに胸の前で腕を組むリリス。人間に戻った事で、大したことが出来なくなっているリリスがいい顔しているのに、イルゼはちょっと不機嫌になった。


 なので朝の仕返しを兼ねて、少し意地悪してみる事にした。


「地図も読めないくせに?」


「うぐっ!」


 リリスの豆腐メンタルに、イルゼの言葉が深々と突き刺さる。


「私より勉強できないくせに?」


「うぐぐっ!」


 ぐふっとリリスが胸を抑え、苦しそうな演技をするも、イルゼの言葉は止まらない。


「間違えて男湯に入ろうとするくせに?」


「それは最初だけじゃったろうが!」


 リリスがそう反論すると、イルゼがじろりと彼女を嗜めるように見た。


「な、なんじゃ……?」


 リリスが困惑気味に問うと、イルゼがリリスの胸を指差して言う。


「……おっぱい大きいくせに」


「……いま、一番関係ないじゃろうが」


 この話にまったく関係のない話を持ち出されて、流石にツッコミを入れるも、すまし顔で無視された。


 そして、今の発言を無かった事にするようにイルゼは強引に話をまとめた。


「今、私が言ったように、リリスにはこんなに欠点がある。それなのに天才って言い切るんだ? ふーん。へー」


「ぬぬぬっ……」


 リリスが地団駄を踏みながら、次の言葉を探していると、イルゼが「これあげる」と無造作に何かを差し出してきた。


「……これはなんじゃ?」


「ネックレス」


 それはイルゼが露店で買った、花柄の模様が刻まれているネックレスだった。


「余にくれるのか?」


「うん」


「どうして花柄なのじゃ?」


「なんとなく似合いそうだったから。あと私のポーチの模様と似てたから」


「後者の意味合いの方が強そうじゃな」


「そんな事ないよ。私、絶対リリスに似合うと思う。今つけてあげるね」


「う、うむ。よろしく頼むぞ」


「ん」


 王冠を被った事はあったが、こんな女の子らしいネックレスを貰ったことも、つけてもらった事も無かったので、リリスはちょっとワクワクしながら後ろを向いた。


「えっと、確かこうやって……」


 イルゼがリリスの髪をかき分けると、彼女のうなじが露わになる。それを「綺麗……」と思いながら、ネックレスをつけてあげる。


「出来た。鏡で見てみて」


「どれどれ……おおっ! 中々いいものじゃな」


 鏡の中に映る少女は大人びた外見に、ワンピース姿をしていて、首に可愛らしいネックレスをぶら下げていた。それがなんとも相まって、美しさの中に少女らしい子供らしさが感じ取れた。


「リリス、よく似合ってる」

「ふむ、アクセサリー1つで人は変わるもんじゃのうー」


 イルゼはリリスがネックレスをつけている姿を見て、良い買い物をしたと思った。


(金貨一枚だったけど、これなら満足)


 まさかお金が足りていなかったとは思っていないイルゼは、うんうんとリリスを見て首肯する。罪悪感など微塵もない。それどころか、多く払ってあげたという謎の充足感を覚えていた。


 そしてネックレスを弄っていたリリスが、ふと何かを思い付いてイルゼの腕を掴むとそのまま外に連れ出そうとする。


「――っ!? 急にどうしたのリリス?」


「お主にもアクセサリーを選んで買ってやろうと思ってな」


「……それは嬉しいけど、お金は私のお金でしょ?」


のお金じゃぞ、イルゼ」


 ぴーんと鼻を弾かれるイルゼ。不承不承と言った様子で頷くも、アークやライアスが自分達の旅の為にお金を渡してくれたのは分かっているので、リリスの言葉は正しいのだ。


「むぅ……あ、でも待って帽子だけ被らせて」


 日傘代わりの麦わら帽子を被り、今度こそ二人で仲良く外に出た。


 その日、イルゼはネックレスをつけてご機嫌のリリスと一緒に、ウルクスという街を隅々まで観光した。


 その時、偶然にもネックレスを買った露店の店主と会い、ネックレスの本当の値段を知る事になるのだが……。


 それはまた別の話である。

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