第88話 二人きりの夜
時刻は真夜中を過ぎた頃。
誰もが深い眠りについている中、銀髪の美しい少女が、一人ベッドからむくりと身体を起こした。
寝ぼけ眼で当たりを見回し、自分が寝てしまっていた事に気が付く。
(ん……いつの間にか、ねちゃってた)
疲れていたせいで、普段よりかなり早く床についてしまった。隣では、一緒に旅をしている
(……かわいい)
ちょんちょんっと、控えめにほっぺたをつつく。
「うぅんーぬぅ……」
触れられたリリスは眉を顰め、枕を抱きしめながら寝返りをうつ。
彼女の黒髪がふぁさーと揺れた。
「…………」
それを見つめながら、イルゼはこんな事を思っていた。
(……髪を一つに束ねたリリスも、また見てみたいな)
リリスは普段着飾る事をしない。というより、そんな事をしなくてもリリスは十分美人なのだ。
本人も特に着飾るつもりはなく、イルゼ自身もお洒落には無頓着な為、ランドラで貰った化粧道具もあまり活かしきれているとはいえない。
(でも、リリスのお洒落姿は、他の人にはあんまり見せたくない)
イルゼはあの日の事を思い出し、ふんふんと鼻息を荒くした。
それが嫉妬という感情だと知るのは、もう少し後の話である。
◇◆◇◆◇
イルゼのいうあの日というのは、たまたま気が向いた為、二人で軽く化粧をした日の事だった。
「今日は気分を変えて、髪と服装を変えようかのう」
そう言ってリリスは、滅多な事では着ない白のワンピースに着替えると髪を一つに束ねていく。ワンピースを選んだ理由は、イルゼが珍しくワンピースを着ているため、どうせならお揃いになりたかったからだ。
(ん。なんだろうこの気持ち……)
普段はあまり髪を上げないリリスが髪を上げる様子は、見ている者に何かいけないものを見ているような気持ちを抱かせた。
そして普段は髪で隠されている耳やドレスで隠されている瑞々しい白い肌、その他諸々が露になり、イルゼはなんとなく視線を逸らしてしまう。
そしてぽそっと呟いた。
「私も……かみ、伸ばそうかな」
「ん? お主は別にそのままでいいと思うぞ」
似合っとるぞと、イルゼの銀髪の髪に触れながらからっと言ってみせるリリスに、イルゼは頬が熱くなるのを感じた。
「そ、う……リリスがそういうなら、このままにする」
俯きながら、イルゼは毛先をくるくると弄る。
リリスはその様子に満足そうに頷いた。
◇◇◇
完成じゃと言って、リリスがその場でくるくると意味もなく回ってみせる。
「うむ、出来たぞい」
「ん。じゃあ行こっか」
特に変なところもなかったので、イルゼはそのままリリスを連れて宿を出る。
出たところで違和感に気が付いた。
(なんか、いつもより視線の数が多い……?)
美少女である二人が通りを歩くと、大抵目の保養とばかりに見られがちだった。イルゼ達も大衆の目には随分と慣れ気にしなくなっていたが、今日はその数がやたらと多い気がした。
「のうイルゼ。何か見られてはいないか……」
隣を歩くリリスもそう思っているらしく、どうやら気のせいではないらしい。
イルゼがもう一度、今度は念入りにリリスを全身をチェックする。
そこで「あっ」とイルゼは声を上げた。
リリスも「えっ!?」と焦った声を上げる。
(忘れてた……リリスはすごく――)
いつも一緒にいる為、感覚が麻痺していたが、リリスはかなりスタイルがいい方だ。そんなリリスが髪を上げた事によって、前からも後ろからもリリスのくびれや身体のラインがはっきりと見える。そして髪を下げていた時よりもその全体が強調され、控えめな化粧とワンピースがさらにリリスの魅力を後押して、圧倒的な爆発力を得ていた。
まさに今のリリスは、黙っていればお淑やかな令嬢に見えている事だろう。
(だからみんな、リリスの事を見てたんだ……)
そして髪を下げた事で、普段より柔らかい印象与えているのか、その日は知らない人に声を掛けられる回数が一段と多かった。
出るところは出ていて、引っ込む所は引っ込んでいる。女性として、とても魅力的な身体付きをしたリリスを誰しもが一度は振り返った。
イルゼも小柄だが、身体のラインはしっかり出来ている。しかし胸の大きさという残酷な現実が二人を隔てていた。
彼女たちが並んで歩くと、悲しいほど胸の凹凸が強調される。
イルゼは一人で歩けば注目されるが、リリスと並んで歩くと、どうしてもリリスの方が目立ってしまう。
その後、宿に戻った二人は作戦会議をした。イルゼは特に何もしなくていいという結論に落ち着き、リリスは人にジロジロ見られる事が本人もイルゼも嫌だったので、これからはずっと髪を下ろす事にし、出来るだけ肌は露出しない事にした。
◇◇◇
(でも、たまには見てみたいかも)
回想を終えたイルゼが、ふぁっ〜と間の抜けた欠伸をする。
イルゼは窓の外を確認し、まだ夜中である事を再確認するとボフッと音を立ててベッドに潜り込む。
(まだよなか、まだねれ……る)
リリスの温もりを肌で感じる。
誰かの温もりというのは、不思議と充足感と安心感があった。
(リリス……あったかい)
枕を抱きしめるリリスの後ろから、イルゼがぎゅっと抱きつき、そのまま眠りに落ちていった。
次の日。イルゼの祈りが通じたのか、朝起きたら、リリスが白のワンピース姿のポニーテールになっていた。
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