第87話 二人だけの時間
「っ、うぅ……」
ガクンと膝を折ったレーナが、舞台にへなへなと、力なくへたり込む。
「ん。わたしの勝ち」
剣先を突きつけられ、魔力を全て使い切ったレーナに、この状況を打開する策はない。
「ふぅ……私の負けです」
潔く負けを認め、レーナは審判に向けて両手を挙げた。
「勝者、【白閃姫】イルゼ!」
降参の合図を見てとった審判が白旗を揚げ、イルゼの二つ名と共に試合の勝者を明らかにする。
「――はっ! いけない、私とした事が……」
イルゼの試合に見入っていたのは、実況席にいた彼も同じだった。
彼は実況者だ。仕事と個人的な気持ちは分けなければいけない。
本当なら、今すぐにでもイルゼが終盤に見せた舞にも近い剣技を解説したいのだが……はやる気持ちを抑え、彼はマイクを握り、自らの声を会場に拡散させる。
『決着〜〜!! 今、激しい戦いに終止符が打たれました! 魔法と剣術の頂上決戦に勝ったのはイルゼ選手だ〜!!』
実況の声を皮切りに、ブワッと会場が一斉に沸き立つ。東方の少女も、その歓声に負けぬほどの称賛を心の中で送っていた。
(二人とも良い試合だったでござる。これで決勝の相手は、イルゼ殿に決まったでござるな)
リリスもイルゼが勝って、たいそう喜んでいるだろうと隣に視線を移すと、そこにいる筈のリリスがいなかった。
(いないでござるっ!? つい先程まで、確かに隣にいたのでござるが……)
近くにいたアデナやネルに、リリスを見ていないかと聞いたが、二人とも試合に見入ってしまっていて見ていなかったという。レーナの両親にも聞いたが答えは同じだった。
(では一体どこへ……? リリス殿の事でござるから、イルゼ殿の試合を見るために我慢していた用を足しに行ったとかでござろうか?)
そこまで考えて、こっちでは用を足しに行くという言葉は不適切な言葉である事に気が付き、お花を摘みに行くという言葉に脳内で訂正する。
「いないでござるなー」
暫く辺りを探したが見つからなかった為、もしかしたら元の場所に戻ってきているのでは? と一縷の望みを込めて戻って来たものの、やはりそこにリリスの姿はなかった。
仕方なく席に座っていると、どこからか聞き覚えのある声が聞こえて来た。
「はいはいどいてくださいー! 治療班が通りまーす!!」
「通りますなのじゃー!」
試合を終えボロボロになった二人と舞台の上に、治癒魔法師を筆頭とした治療班がどかどか上がっていく。
その中に、何故かリリスも混じっていた。
申し訳程度に治療班が着る白の外套を羽織っているが、それ以外は普段と彼女と大差ない。それも、よくよく見ればデザインが似ているだけであって、本物の治療班の服ではなかった。
(ふふっ、バレてないバレてない。上手く紛れ込めたのじゃ)
こうなったのにはわけがあった。
試合終了直後、いち早くイルゼの元に行きたかったリリスは、どうにかして舞台まで行けないものかと考えた。
だが、試合に出る選手以外は、治療班を除いて舞台の立ち入りが禁じられているので、自分が行けばすぐに追い出されてしまうだろう。
少し待てばいいだけの話なのだが、
そこで彼女は、デザインが似ているという理由で手近にあった外套を無断で拝借し、舞台の脇でスタンバっていた治療班に紛れてやって来たのだ。
治癒魔法師のすぐ後ろを歩く姿は自信に満ち溢れており、誰も彼女が部外者である事に気付けなかった。
リリスは腐っても魔王だ。自信だけはある。
そして、その自信満々な顔と堂々とした態度が功を奏し、見事イルゼの元まで辿り着いたのだ。
「リリス?」
リリスに気が付いたイルゼが、きょとんとした顔で彼女を見つめる。
「イルゼ! 大丈夫か? 試合中、ずいぶん辛そうに見えたが……」
少し焦った様子のリリスは、イルゼの肩をガシッと掴む。
そして、あくまで治療班の一員という設定で、リリスはイルゼの身体をぺたぺた触っていく。
「リリス、くすぐったい」
「うむ、傷一つないの……ん? 傷一つない?」
イルゼの身体を確認し終えたイルゼが、はえっ? と首を傾げ、イルゼの全身を上から下へと順に見下ろす。
確かに血こそ残っているが、肝心の傷口は完全に塞がっており、どこからも出血していなかった。
頭をぐるぐるさせるリリスに、イルゼがああ、とさもなんでもないように言う。
「怪我ならもう治った」
そう言ってのけるイルゼに、リリスは「ふぁっ!?」と声を上げ、呆れ半分に肩をすくめた。
「お主の身体は一体どうなってるんじゃ……まったく常識外れな人間じゃな」
「今はリリスも人間だよ?」
「そうか、そうじゃったな」
頭大丈夫? とでも言いたげな視線に、リリスがうっさいわいっ! と頭をペシっと叩くと、イルゼが「きゃぁ」と可愛らしく反応した。
お互い冗談だと分かっているので、気の抜けた笑みを交わし合う。
「私たちも戻ろっか」
「うむ」
魔力を使い切った事で、動けなくなったレーナが担架に乗せられ運ばれていく様子を目で追いながら、二人は舞台を後にした。
その後、改めてイルゼを診察した治癒魔法師が目を丸くさせたのは言うまでもない。
◇◆◇◆◇
宿に戻ったイルゼ達は夕食を終え、床についていた。
イルゼは程よい疲れと、ふかふかのベッドというダブルパンチで眠りかけていた。
反対に、リリスは少ししょげていた。理由は二つある。
まず一つが勝手に行動したとして、アークにしこたま怒られた事だ。イルゼからすれば、王様に怒られてしゅんとなる魔王という図は面白いものだったが、怒られた当の本人であるリリスは目を腫らして泣いていた。
誰かに怒られたのは幼い時以来だった。
まるで悪戯をして、親に怒られた子供のようにリリスはぐすぐすと泣き、イルゼに頭を撫でられ慰められた。ついでに胸も触られた。
もう一つの理由は、舞台を離れる前、トントンと足で軽く床を叩いてみた事にある。これは試合中にイルゼがやってみせた攻撃の再現である。
「…………」
どうやっても自分の力では床を壊せそうになかった。
(いや、昔の余なら壊せたはず……壊せたはずじゃ……)
半ば自分に言い聞かせるようにした結果、かえって今の自分の無力さを思い知った魔王であった。
そんな理由から少ししょげていたものの、ある一報が届いた事によって、彼女は元気を取り戻した。
それはサチが修行のため宿に戻らず、今晩は帰ってこないという知らせだった。
イルゼはふーんそうなんだーとまったく気にした素振りはなかったが、リリスは内心喜んでいた。
なにせ、ウルクスに来て初めて二人きりでいられるからだ。ここ数日、レーナやサチと行動を共にしていたので、二人きりという時間は少なかった。
だからこそ、久しぶりに二人だけという状況にリリスははしゃいでいた。
サチが修行に行くなら、わたしも久しぶりに夜の訓練しようかなと言い出すイルゼを説得し、リリスはイルゼを同じベッドに引き摺り込む。
そして明かりを消し、おやすみと挨拶をすると、すぐにイルゼがすぅすぅと寝息を立て始めた。
それを見てリリスがくすりと笑う。
表情や口調には現れていなかったが、彼女も案外疲れていたという事なのだろう。
(ふふっ、口ではまだ動けると言ってても、身体の方は正直じゃな)
彼女の頭に手をやると、さらりと銀の髪が揺れた。そのまま髪に触れていても起きる気配はない。
(余も、今日は疲れたのぅ。おやすみなのじゃ、イルゼ)
イルゼの髪に指を絡めたまま、リリスもまた眠りに落ちていった。
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