第85話 VSレーナ戦 2

 何も爆撃魔法だけしか使えないわけではない。

 爆撃魔法から派生した爆烈魔法はもちろん、イルゼに対してあまり有効とは言えないが、嫌がらせ程度の魔法は使えた。


 だけど彼女は、この試合に来るまで爆撃魔法しか使ってこなかった。それだけで勝てたというのもあるし、出来るだけイルゼやサチに自分の手の内を見せたくなかったからだ。


 本音を言えば、この爆烈魔法も決勝戦まで温存したかっのだが、イルゼ相手にそんな悠長な事を言っている余裕はなかった。


(当たりはしましたが……倒せてはいないようですね)


 そして常人とかけ離れた能力を持つイルゼに限っていえば、どんなに巧妙な策を立てても、超人的な勘で対処されてしまうのではないかと心の何処かでは思っていた。


 だがそんな思いとは裏腹に、レーナの魔法は確かに命中した。



「イルゼ……」



 リリスや観客達が心配そうに見守る中、煙が晴れていく。煙の晴れた先には、イルゼが二本の足で立っていた。


 イルゼが無事であった事に、リリスはほっと胸を撫で下ろす。


 そして周りに聞こえるくらい大きな声で、リリスは観客席からイルゼを讃えた。


「ふんっ、当然のことじゃな! 余を倒したイルゼがこんな所でへばるわけが……ない……わ?」


 リリスの言葉尻がどんどん弱くなっていく。それは傷付いた銀髪の少女が、地面に片膝をつく姿を見たからだ。


「イ……ルゼ?」


◇◇◇


「むぅ……リリスに恥ずかしい所見られた」


 一方、リリスの視線を敏感に感じとっていたイルゼは、膝からゆっくりと立ち上がる。


(いたい)


 立ち上がると、身体のあちこちから悲鳴が上がった。


(そう何度も、喰らってられない)


 イルゼは全身に細かい傷を負っていた。爆風によって吹き飛ばされた床の破片が、彼女の白い肌を切り裂いたのだ。


 イルゼは自分の肩に刺さっていた破片を抜き取り、をスパッと剣で斬る。


 自由になった足と肩の傷が塞がったのを確認しつつ、イルゼは好敵手レーナに目を向けた。


「レーナ、やる。楽しくなってきた」


 イルゼの溢れんばかりの戦気に、レーナは一瞬気圧されかける。


「っ、流石ですねイルゼ。この一発で決めるつもりだったのですが……」


 この発言はイルゼを侮ったものではない。イルゼという強敵。魔力が尽きれば即刻獲物、という立場に置かれているレーナに余裕は存在しない。


 全力で放った魔法を防がれ続ければ、レーナに後はないのだ。


(ですが、多少ダメージは喰らっているようです)


 この大会でイルゼに目に見える傷を負わせたのは、レーナが初めてだ。

 とは言っても、イルゼを戦闘不能に追い込むにはまだまだ足りない。


(試合が長引けば長引くほど、こちらが不利ですね)


 彼女にイルゼやサチのような剣技はない。よって、長期戦になると不利になるのはやはりレーナの方だった。


「ん。今のは危なかった」


 対するイルゼも、レーナの魔法には最大限警戒していた。だが魔法を撃つ隙を与えない為に、序盤から果敢に攻め込んだのは失敗だった。そのせいで手痛い反撃を喰らってしまったからだ。

 無論、イルゼはレーナが爆撃魔法以外の魔法を使ってくる事も想定していた。


(それでも、レーナの方が一枚上手だった)


 先程の交戦は、二重に罠を張っていたレーナの勝利だった。

 レーナの放った爆烈魔法が直撃する際、イルゼは垂直に飛び退き、彼女の魔法を華麗に躱す予定だった。いや、確実に躱せるという自信があった。


 しかし、イルゼがいざ飛ぼうとしたタイミングで地表から蔦が飛び出し、イルゼの片足に巻き付いたのだ。


(ん、抜けないっ!)


 もう直撃は免れないと即座に判断したイルゼは、すぐさま防御姿勢を取り、出来るだけ爆烈魔法の威力を殺したが、結果はこの通り、無傷とまではいかなかった。


「レーナ、次は喰らわないよ」


「ええ、私もイルゼが同じ手に引っ掛かるとは思っていません」


「……んっ!」


 剣を携えたイルゼが再び走り出す。しかし、先程の攻撃でレーナとはかなり距離が開いてしまっている。こうなればレーナが魔法を放つ方が早い。


「爆撃――」


 いくらイルゼでも、攻撃範囲が広い魔法を撃ち続ければいつかは当たる。そう考えたレーナは、爆撃魔法を撃とうした。


 爆撃魔法には、膨大な魔力を有する。しかし自分の持ち味はこの無尽蔵な魔力量にある。


 これを活かさない手はなかった。


 こんな戦い方が出来るのは、世界でただ一人、レーナ・アスラレインという少女だけだろう。


 それだけ彼女の魔力量は異常なのだ。


 五百年前の戦場に彼女が出ていれば、空恐ろしい人間大砲となって、魔族を恐怖させていただろう。


「させないっ!」


 やられてばかりなるものかと、イルゼは床をレーナ目掛けて蹴った。


「――っ!」


 レーナは思わず目を見開く。

 頑丈な石造りで造られている筈の床が爆ぜ、その破片がレーナへと飛んできたからだ。


「床を脚力だけで破壊するなんて、出鱈目ですッ!」


「ん。それはお互いさま!」


 レーナは咄嗟に身を守るための障壁を張る。これは古代魔法ではない。一般でも身を守るために使われている魔法だ。


 イルゼは知っていた。この魔法の弱点は障壁を張っている間は、外の様子が中からでは分からないと。


 そして彼女が防御に手一杯の間は、攻撃に転じれないとも。


(今がチャンス)


 イルゼはその隙を逃さなかった。


「ここッ!」


「え、はや――」


 僅か数秒。


 再びレーナが障壁を解いた時には、イルゼは目と鼻の先にいた。


「んっ!」


 レーナの首目掛けて剣を振るう。もちろんイルゼに彼女を殺すつもりはないし、怪我をさせるつもりもない。ぎりぎりの所で剣を止め、レーナから「降参」の二文字を聞き出すつもりだ。


「くっ、まだです!」


「!?」


 レーナが何かを唱えた。その瞬間、イルゼの視界は真っ暗になった。


(何も見えない)


 それは暗闇の魔法だった。この魔法はレーナを中心に、ごく小さい範囲が闇に包まれるというもの。


 レーナがどこにいるか、気配でなんとなく分かるが、はっきりとは掴めない。その為、イルゼは慌てて剣の軌道を逸らした。下手に斬りつけて、致命傷を負わせてしまったら元も子もないからだ。


 剣先が彼女の頬を掠めた。


(ぎりぎり躱せました! そして剣の先から、イルゼのだいだいの位置が分かります)


 間一髪の所でイルゼの斬撃を躱したレーナは、イルゼがいるであろう方向に「ここです!」と至近距離から爆撃魔法を放った。


 まともに喰らえば無事では済まないと、誰の目から見ても分かる。


 普段の彼女なら、そんな危険な行為は絶対にしないだろう。しかしイルゼに絶対勝ちたいという思いが、彼女をそうさせたのだ。


 レーナはイルゼとの試合を純粋に楽しんでいた。


 撃った直後に、「あれ、今のは不味かったのでは?」と正気に返るも、その数秒後には心配は無用だと悟る。


「えっ、いない!?」


 彼女の爆撃魔法が通った先は煙が晴れていく。

 爆撃魔法の斜線上にイルゼの姿はなかった。代わりに、自分の真後ろから彼女の声が聞こえてくる。


「こっち――」


「――っ、!?」


 振り返る間もなく、強烈な蹴りがレーナの背後から炸裂する。

 イルゼはレーナが魔法を放つ直前に、転移魔法でレーナの背後に転移していたのだ。



「あぐぅーー――っ!?」

 


 骨が軋むような音。全身を襲う衝撃にレーナは悶絶する。そして今まで感じた事のない痛みに、レーナは苦悶の表情を浮かべながら、舞台の端へと飛ばされていった。

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