第84話 VSレーナ戦 1
レーナの両親達を交えた賑やかな昼は終わりを告げ、イルゼ達は会場へと戻っていた。
「レーナ。怪我をしないようにくれぐれも気をつけるんだぞ」
「もうお父さん。レーナはもう子供じゃないんですよ。レーナ、家の事は忘れて今だけは武闘会を全力で楽しんできなさい。母はそれだけで十分嬉しいですから」
両親に温かい言葉を掛けられ、二人の親愛を感じたレーナは思わず涙ぐむ。
(まだ、泣くべきところじゃないですよね)
レーナは服の袖でぐしぐしと涙を拭くと、元気に顔を上げた。
「はい。お父様、お母様! 私、頑張ってきます!」
快活に笑う娘の顔を見て、両親は嬉しそうに微笑んだ。
「ん。レーナ行こ」
「はい!」
「レーナのご両親は余が案内するぞ。さあ余についてくるのじゃ!」
会場前で両親達と別れたイルゼとレーナは、その足で舞台へと向かい、両親もリリスに連れられ観客席へと向かう。
(午前の席が空いておればいいんじゃが……)
すっかり話し込んでしまったせいで、会場に着くのが少し遅くなってしまった。なので他の観客にイルゼの試合を観れる絶好の場所を奪られてしまっているのではないかと不安に思っていたリリスであったが、いつの間にか会場に戻ってきていたサチに呼び止められ、その不安は解消される。
「リリス殿。席は確保しておいたでござる」
「おおっーサチ、よくやったのじゃ! 褒めて遣わすぞ」
サチの肩をバシバシと叩き、そういえば……と質問をする。
「昼の間、お主の姿を見なかったが、いったいどこに行っておったんじゃ」
サチは、ああその事でござるかと気まずそうに頬を掻く。
「実は
「みずごり? それはなにかの食べ物か?」
リリスの見当違いの答えに、サチが苦笑する。
「身を清めるちょっとした儀式の事でござるよ」
「?」
詳しく話を聞くと、サチの言う水垢離とは、自分たちがよく知る水浴びとそう変わらないものだという事が分かった。
ただ違うのは、そこに身体を清潔にする以外の意味を求めるかどうかという点だ。
サチの故郷では、水垢離は大事な事の前に行うと良いとされている。
彼女は既に四回戦を終えた身であり、次は準決勝である。気合が入るのも分からなくはない。
心機一転の為に、近くの川辺に行っていたというわけだ。
「なんとか間に合ったでござるが、結構ぎりぎりになってしまったでござるよ」
水垢離を終えた後、急いで会場に戻ってきたからか、サチの髪はまだ乾ききっておらず、彼女のポニーテールからは水滴が垂れていた。
「なるほど。じゃから髪が濡れておったのか」
リリスに指摘されて、慌ててサチは髪を触る。
「これはかたじけない。すぐに乾かしてくるでござる」
そう言って、何処かへ行こうとするのをレーナの母親が止める。
「えっと、貴女がサチちゃんかしら? 初めましてレーナの母です。良かったら私が魔法で乾かしますよ」
レーナの母親に声を掛けられ、くるっと振り返ったサチが感嘆の声を上げる。
「おおっ、初めて見た時から誰かに似ていると思っていたでござるが、レーナ殿の母君でござったか。挨拶が遅くなりもうした。拙者、アマサワ・サチと申す。確かにレーナ殿とよく似ているでござるな」
「ふふ、ありがとう。こちらへいらっしゃい」
「かたじけないでござる」
サチがレーナの母親に背を向けると、母親が魔法でサチの髪を乾かし始める。
リリスはそんなサチの隣に、ちょこんとしゃがみこむ。
「のうサチ。お主の故郷では、生活魔法は使われないのか?」
「拙者の国では、ひたすら武……剣技を極める事こそが剣士の真髄とされている為、生活魔法も含めて魔法はあまり好まれていないのでござるよ。拙者のような、刀に不殺の魔法をかけて戦う剣士は稀でござる」
「なるほどのうー……」
そもそもサチは剣の天才だ。その才能はイルゼにも引けをとらない。
今までサチが戦ってきた対戦相手は、彼女が不殺の魔法を使用した剣で戦っていなければ、確実に死んでいたと断言できる。
サチもそれが分かっていて、魔法を使用していたのだろう。
それはつまり……サチはまだ一度も本気の剣技を見せていない事になる。
(……サチは、おそらくイルゼと同じくらい強い。それにこやつもイルゼと同じで、自分と互角に戦える相手を探しておるようじゃな……余ではイルゼの相手とはなり得なかった。もしかしたら彼女がイルゼのライバルになるかもしれないと思うと、少し悲しいのう……)
思わず感傷的になってしまう魔王であった。
生活魔法“乾燥”で髪を乾かし終え、リリスがサチの髪を梳かしてやっていると横から元気な少女の声が聞こえてきた。
「あーーーーっ!! リリスさんだッ!!」
「ん? お主達は……」
そちらを振り返ると、そこにいたのは村で別れたアデナ達であった。
◇◆◇◆◇
今日のメインともいえるイルゼ達の試合には、沢山の観客が会場に押し寄せており、席に座れず、立ち見をしている観客も多く見られた。
衛兵やギルド関係者が警備を行なっている為、今の所大きな騒動などは起きていないが、あちらこちらで良い席を巡る小競り合いは起きていた。
そして舞台上では、戦いの火蓋がいよいよ切られようとしていた。
「レーナ。今日はよろしく」
「はい、イルゼ。お手柔らかにお願いします」
「ん。善処する」
イルゼが不敵な笑みを浮かべ、レーナも負けませんよと意気込む。
ちょうど舞台の中心で握手を交わした二人が、所定の位置につくと審判が試合開始のゴングを鳴らす。
「ん!」
まず最初に動いたのはイルゼだ。イルゼは地を蹴り、疾駆すると、目にも止まらぬ速さでレーナに迫る。
古代魔法を得意とするレーナには、接近戦が有効だと判断したからだ。
(爆撃魔法を使われたら、私も無事で済むか分からない)
魔法を使う相手には、距離を詰めることが鉄板だ。
イルゼは五百年前に覚えさせられた対魔法士戦闘訓練を駆使して、レーナと相対する。
――暴虐の魔王リクアデュリスは特別だった。彼女は己の力の権能である魔術と人間が生き抜く為に編み出した魔法を両方扱う事が出来た。
殆どの魔族達は、難解な術式のいらない自分好みの固有魔術を好き好んで使用していた為、人間が編み出した魔法というものには一切の興味を示さなかった。
しかし
だが、そこまでやっても剣聖イルゼには手も足も出なかった。
リクアデュリスに爆撃魔法を撃たれた時、剣聖イルゼは魔法の威力を上手くいなす事ができ、軽度の火傷で済んでいたが、レーナの爆撃魔法はその威力を遥かに上回る。
つまりいくらイルゼであっても、レーナの魔法が当たれば無事では済まないのだ。
レーナも実戦で爆撃魔法を使用して、その威力は理解しているが、だからといってイルゼ相手に手加減出来なかった。
接近戦に不得手な自分が近づかれたら、簡単に勝負が着いてしまうからである。
それに今のイルゼは、自分に対し手加減をしていない。
文字通り全力だ。
つまり全力のイルゼに自分が手加減などすれば、それこそ申し訳が立たないというものだ。
彼女は息を整えると、迫り来るイルゼに向けて、爆撃魔法とやや事なる魔法を放った。
「躱せるものなら、躱してみてください!“
それは先の試合で見せた対象者を直接狙ったものではなく、横一面に広がる、手法を変えた爆撃魔法で、狭い舞台上では逃げ場のない魔法だった。
「イルゼっ!?」
イルゼが爆発に巻き込まれる光景を目の当たりにしたリリスは、思わず観客席から立ち上がり、声を上げていた。
硝煙が立ち込め、どうなっているのか分からない。ただ一つ言えることは、レーナの放った爆裂魔法なる魔法は、対象を直接狙う爆撃魔法より威力は低いものの、それでも舞台を破壊し、焼き尽くす程の威力を有していることだった。
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