第79話 対等な存在 そしてパフェ

◇◇◇


「まだあるのか」


「ごめんね。これで最後だよ」


 イルゼの事をどう思っているか、魔剣についてはどう考えているのかなど色々聞かれ続けたリリスは、心底億劫そうにアークの質問に答えていた。


 正直に言って、もう答えるのも面倒なのだが、アークはイルゼの主。今は力をなくしているとは言え、魔王である自分が、今こうして生きていられるのは、彼のおかげである。そう考えると彼を無下には出来なかった。


「……仕方ないのう、あと一つだけじゃぞ」


 だからといって、魔王である自分が一国の王なぞに服するわけにはいかない。あくまで、彼の厚意に対して礼を尽くしてやっているという名目で、リリスは彼の会話に付き合っている。


 リリスにとって、唯一対等な存在はイルゼ、ただ一人だけなのだから。


(イルゼめ、結局来てくれなかったではないか……終わったらすぐ向かうとあんなに言っておったのに……)


 もしや何かあったのでは? と思っていると、ニ回戦が始まり、イルゼが悠々と舞台に姿を現した。


 何故かイルゼの拳は赤くなっており、若干顔がスッキリしているようだが、紛れもないイルゼだった。


(なんじゃ、余の思い違いか)


 リリスは最後の質問をしようとしたアークを手で制す。


「すまんな国王様。続きはまた後にしてくれ。今はイルゼの方を見たいんでな」

「……分かったよ。続きはまた後で」


 思っていたよりもあっさりと引き下がったアークを訝しげに見ながらも、自分の偉大さがようやく通じたかとリリスは鼻を鳴らす。


(これ以上は……よくないか)


 魔王リリスの機嫌を損ねすぎるのも良くない。


 そう感じたアークは、イルゼの試合を口実に、自分との会話を打ち切ろうとする魔王をあっさりと許した。


 そしてアークは質問責めのお詫びとばかりに、追加でデザートを注文した。


◇◆◇◆◇


 この大会でサチとイルゼが、激突するとすれば決勝戦だ。


 その前にレーナとも戦う事になる。


(二人とちゃんと戦えるかな……?)

 

 そんな事は杞憂だった。


 圧倒的な強さで、レーナもサチも二回戦を突破した。レーナは先の試合で見せた圧倒的な古代魔法の暴力で。サチはその、圧倒的な剣技で。


 カチャリと刀を鞘に戻した瞬間、対戦相手の身体が地面に横たわる。刀を使って、相手を傷付けずに倒すのは難しい。それを可能としているのは、サチの人並み外れた技巧と特別な刀によるものだった。


 サチの刀は、普段、不殺の魔法が掛けられており、決して人を傷つける事はない。この不殺の魔法は現代では失われた魔法。レーナが古代魔法と呼ぶものの一つなのだ。


「早くイルゼ殿と戦いたいでござるな。強者との戦いは、いつもピリピリするものでござるから」


「ん。私も戦いたい」


 イルゼの第二試合については、特に特筆すべき事はなかった。あまりにも一方的過ぎたからだ。試合開始直後、一回戦目と同じように疾走すると、剣も使わずに相手を制した。


 おそらくイルゼの動きについて来れるのは、会場内にいる猛者の中でも、ほんの一握りだけであろう。

 それほどイルゼは圧倒的であった。


 彼女の試合で一つ述べるとすれば、観客の中で、彼女の事を『白閃姫』や『白の天使』と呼ぶ者が現れた事だろう。


 強者に二つ名が付けられる事はよくある。まだ統一はされていないが、イルゼもその例に漏れず二つ名が付けられた。


 もっとも付けられた本人はどうでも良いと思っているが、普通の冒険者や格闘家にとっては、二つ名が付けられる事は、またとない名誉なのだ。


 二つ名は強者の証。武を極める者は誰もが憧れるものである。


 試合を終えたイルゼは、サチとレーナと別れた後、今度こそリリスの元に向かった。


「リリス。ごめん遅れた」


「あ、イルゼお姉様!」

「遅いぞイルゼ! あまりに来るのが遅いから、イルゼの分のデザートも食べてしまったわ」


 苦笑いのアークの横では、リリスが口周りにクリームをつけて、イルゼの分であろうパフェをぱくぱくと食べていた。その横で、ネリアも母親と美味しそうにパフェを食べあっている。


「むぅ、わたしの分のパフェを返して! 私が甘いもの好きだって、知っててやってるでしょ」


「余だって甘いものは大好物じゃよー」


 そう言って、イルゼのパフェを勢いよく食べだす魔王。

 

「リリスゥー!!」


「なっ、こら急に抱きつくでない! 落としてしまうだろう」

「わたしにも食べさせてよ!」


「ぬぁっ!? 本気で取りに来るでない!」


「ははは……二人とも落ち着いて」


 二人の攻防は、アークが予め頼んでおいた新しいパフェが届くまで続いた。


(やれやれ、随分と明るい性格になったもんだ)


 リリスと過ごしている時は、年相応の無邪気な姿を見せるイルゼに、アークはある種の感動を覚えていた。

 だが、同時に不安も感じていた。


 リリスに少し依存し過ぎているのではないかと。リリスと話をしていた時も思った事なのだが、彼女もまた、イルゼに依存しているように思えた。


 こんな事は考えたくないが、もし、片方がなんらかの事件に巻き込まれ、不運にも亡くなってしまったら、残された方はどうなるのか? それは想像を絶するものだろう。


 まずイルゼの場合、かなり塞ぎ込み、また昔に戻ってしまう筈だ。魔王であったら、イルゼがいなくなった事で、自暴自棄になり、魔王の力を取り戻して暴れるかもしれない。そうなれば、世界はまた危機に瀕する。


 イルゼを欠いた人類では、魔王リリスに勝つ事は出来ないだろう。


 そうならないように自分がしっかりせねばと、アークはイルゼの保護者として、国王として、ぴしゃりと頬を叩いた。

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