第78話 古代魔法 その威力

「え?」


「え……?」


 使った本人が、一番その威力に驚いている。


 運良く、対戦相手には当たらなかったものの、レーナの魔法は対戦相手の横を抜け、武闘会の壁、観客を保護する為に作られた魔道具式の障壁にヒビを入れた。


 この瞬間、人々のレーナを見る目が確かに――変わった。


 一風変わった貴族令嬢から、圧倒的な魔法を放つ天才令嬢に。特にそれは、彼女の事を小馬鹿にしていた貴族達に顕著に現れた。その殆どの者がみな、一様に顔を青褪めさせ、わなわなと震えている。


 彼等にとって、レーナは天災令嬢だ。


 ありえなかった。信じたくなかった。


 自分たちが見下していた者が、見下していた筈の古代魔法が、あれほどの威力を有しているなど。


 しかしそれが事実であるというように、着弾した箇所から亀裂が走り、障壁の一部分がピキピキと音を立てて崩れ落ちる。


 魔王の一撃さえも耐え抜いてみせた、障壁。五百年前の抗争で実際に使用された防御魔法をモチーフにして作られた魔道具式の障壁に、レーナは穴を開けた。


 誰かが言った。アスラレイン家の令嬢は天才だったと。

 今更ながらその事実に気が付いた者が怯え、震える。彼等は喧嘩を売る相手を間違えた。


 彼女がその気になれば、自分たちの屋敷ごと消し去れるのだ。


 ――あの魔法は使える。


 一部にはレーナの力を利用しようと企む輩もいた。


 特別席で彼女の試合を見ていたアークはそれを感じ取り、思わず溜息をついてしまった。


 彼は人一倍、人の悪意に敏感なのだ。初めてイルゼと会った時だってそう、宰相はイルゼをいいように扱おうとした。だからイルゼを見送った後、即座に宰相の任を解いた。


 宰相は表面上は納得したように見せかけて、その実、まったく納得していなかったのだ。

 宰相のような人種は、いつか国を滅ぼす。だからこそ、一国の王としてアークは不安の種を潰さねばならなかった。


(はあ……やっぱりこうなったか。人に向けて使う時は手加減するようにって、言ったんだけどな……いや、あれでも手加減しているのか?)


 アークの見立ては間違っておらず、レーナ自身もそれなりに抑えて撃ったつもりであった。


 しかし実際は……。



「「「「おおおおおぉーーーーー!!?」」」」


 止まっていた時が動き出したかのように、あちこちから一斉に声が上がる。

 レーナが再び対戦相手に向き直ると、対戦相手は槍を落とし、両手を上げ、震えていた。


「こ、降参です」

「え? え?」


 彼の下した判断は懸命だった。これ以上、戦いを続けても勝てないばかりか、自分の存在そのものが危うくなっていただろう。


 まだレーナは、古代魔法を完全には制御出来ていない。特に爆撃魔法は、彼女の父でさえも、会得する事すら出来なかった古代魔法だ。


「勝者レーナ・アスラレイン!!」


 審判が勝者の旗を挙げ、会場が沸き立つなか、レーナだけは、「え? へ?」と呆けていた。


「こ、これはすごいっ!! ウルクスでも有名なアスラレイン家。その御令嬢、レーナ・アスラレイン選手が本領を発揮!! 今大会の優勝候補に躍り出たー!!」


 レーナの古代魔法を馬鹿にしていた貴族達は、何が起こったのか分からないと言ったように、呆然と立ち尽くし、実況の声を聞いていた。レーナが勝つとは思っていなかったのだろう。


 万が一にも、レーナが優勝することなどあってはならない。

 そのために彼等は、彼等が雇った冒険者を大会運営者を通じてレーナにあてがわせた。


 だが結果はどうだ? 惨敗だ。雇った冒険者は新人のイルゼという冒険者にあっさり敗れ、槍使いの冒険者もレーナの前に降参してしまった。


 これはもうダメだと、一部の貴族の中で一目散に逃げ出す者も出た。


「あ、すごい事になってる」


「これは拙者達が頑張った甲斐があったでござるな」


 遅れてやってきたイルゼとサチは、従者二人の横に並び、会場の一部を破壊したレーナを見て満足そうに頷いていた。


 レーナがこちらに気付き、手を振り、イルゼ達も振り返す。


(あら?)


 レーナはイルゼ達の拳に、血が付いている事に気が付いたが、それはあえて触れなかった。


 触れてはいけないと思ったからだ。


 壇上を降りると、従者の一人が泣きながら迎えてくれた。


「うえっ……ひくっ……お嬢様、かっこ良かったです」

「もう、ユリカ泣かないで。まだ一回戦目よ」


「ん。すごい威力だった。離れていても、感じた」

「ありがとうございます。私、イルゼとサチに勝って優勝しますね」


 それは二人に対する宣戦布告だった。イルゼとサチの口角が上がる。


「ん。望むところ」



 従者を連れて控室に戻るレーナを見て、イルゼは一皮剥けたなと思った。


 同時に、自分の魔法に自信のついた彼女と戦えるのが、とても楽しみで仕方なかった。それはサチも同じ気持ちだ。


「これは楽しみになってきたでござるな。しかしイルゼ殿とレーナ殿、どちらか一人としか戦えないというのは、いささか残念でござる」


「ん。そればっかりは仕方ない。私がサチの分まで、レーナと戦ってくる」


「頼んだでござるよ」


 もはやサチが決勝に行くことは決定事項で、その対戦相手もイルゼかレーナになると彼女達の頭の中ではなっていた。


(私も負けられない)


 トーナメント表では、四回戦目でレーナと戦う事になる。


 その前提として、まずは自分がそこに行くために、残りの三試合を終わらせねばならない。


「さあ次の試合は、一回戦目で圧倒的な実力で優勝候補を下したSランク冒険者、イルゼ選手の登場です!!」


「「「「「わぁぁぁぁぁぁぁぁー!!」」」」」


 巻き起こる歓声のなか、イルゼのニ回戦目が始まろうとしていた。


 結局リリスの所へは行けずじまいだったが、イルゼはリリスが見ててくれるからと、意気揚々と舞台に上がった。

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