第77話 レーナを探せ!

 貴族の事は、貴族に聞けとよく言う。


 イルゼとサチは手分けして、レーナの事を知っていそうな貴族に、手当たり次第声をかけていた。


「ねえ、レーナがどこにいるか知ってる?」

「レーナ? ああ、アスラレイン家の長女か、いや見ていないな。なあそれより――」


「そう……わかった」


 知らないと分かれば、目の前の貴族から興味は失われる。しかし貴族の方は、イルゼになんとか興味を持ってもらおうと、無理やり話を続けてこようとする。


 だが、レーナの居場所を知らないと分かった以上、イルゼに、彼とこれ以上話を続けるつもりはなかった。

 イルゼが踵を返し、他の貴族の元へ行こうとすると、それに焦った彼は、咄嗟に彼女の腕を掴んだ。


「なあ待てよ。君はさっきの天使だよね? 良かったらこの後お茶でも……」


 馴れ馴れしい声かけに、イルゼはすごく嫌そうな顔をする。


「ん。そう、すごいね」


 適当な相槌を返し、腕を振り払う。その瞳は、もう彼を捉えてはいなかった。


 それを見た彼は短く舌打ちをすると、人が変わったように語気を荒げる。


「おい、待てよ! 人が優しくしてやってるからっていい気に……」


「うるさい」


 ヒヤッとした感触に襲われる。

 気が付けば、イルゼの冷たい手が、彼の首元に携えられていた。


「なっ……」


 一瞬の内に、近づかれ、彼は命を握られているような感覚を味わう。余計な行動を一つすれば、今にも絞め殺されそうだった。


 暫くそのままの状態でいると、イルゼが彼の首元から静かに手を離した。


「ん」


 離された男の身体は、それまでの力が抜けたように、その場に崩れ落ちた。


 死んだわけではない。彼はただ、白い死神を見ただけだ。


(これでいい)


 貴族相手に、剣を抜かなかったのは得策だった。もし他国の貴族である彼に剣を向けていれば、いくらアークの後ろ盾があるイルゼでも、簡単には帰れなくなっていただろう。


 武闘会にも当然のことながら、参加出来なくなっていた。


 そう考えると、基本的な行動はあまり変わらないが、イルゼは少し、自重を覚えたのだ。


 その後も、イルゼは貴族相手に聞き込みを続けた。


「いや知らないなー」


「見ていないですね」


「そう……わかった」


 最初のような、しつこい貴族は意外に少なく、殆どの貴族は快くイルゼの話を聞いてくれた。

 しかし、誰に聞いてもレーナの居場所は分からなかった。


(全然見つからない)


 残り15分を切ったのにも関わらず、手掛かり一つ見つからない状況に、イルゼにも、焦りというものが出てきていた。


「レーナ、どこにいるの?」


◇◇◇


「サチ! そっちにはいた?」


「だめでござる。それに、誰に聞いても見ていないと」


「ん。私も同じ」


 時間が迫り、焦る二人。


 そんな二人の元に、一人の屈強な男性がやってきた。


「レーナっていうのは、栗色の髪をした巻き毛の女の子かい?」


「おじさん知ってるの!?」


「アスラレイン家は、この国じゃ有名だ。その後継ぎになると言われている子の事は、わしでもある程度は知っているよ」


「レーナの家って、そんなに有名なんだ」


 彼によれば、一風変わった貴族であるアスラレイン家は、ウルクスではかなり有名な貴族として、庶民の間にも広く広まっているらしい。


「御仁は冒険者……でござるか?」


 男の格好を見たサチが、自身なさげに問う。


 彼の服装は、庶民が着ているものとなんら変わりないが、彼の筋骨隆々な身体にはいささか合ってない気がした。


「ん? わしか? 元冒険者とだけ言っておこう」


「あ、そうなんだ」


 すでに引退した身であっても、肉体はまだ衰えていないのだろう。とにかく隙がない。イルゼから見ても、彼はそこそこ強い人という認識だった。


 全盛期はかなり強い冒険者であったのだろう。


 レーナがいる詳しい場所を聞くと、馬車を降りた直後、数人の貴族に囲まれ、暫く何か言い合っていたらしい。

 その後、従者を連れて会場の裏手に回って行ったという。


「成る程。どうりで、誰に聞いても見ていないと答えが返ってくるのでござるな」


 そもそも会場に入っていなかったのだ。目撃情報がなかったのも頷ける。


 イルゼは一歩、男に近づくと、その整った顔で男を見つめる。


「おじさん。騙したら承知しないから」


 その血色の良い唇から、殺意のこもった言葉が告げられる。

 彼がそこそこ強い冒険者でなかったら、完全に気圧されていたであろう。


「お嬢ちゃんみたいな、強い子を騙したりなんかしないよ。これは、わしを久しぶりに熱くさせてくれたお礼だと思ってくれていい」


「そう。じゃあもらっておく」


 イルゼはくるりと反転すると、レーナのいる会場裏手に向かった。


「おうよ」


 彼が短く返答する頃には、すでにイルゼとサチの姿は見えなくなっていた。


「…………はえーな」


◇◇◇


 二人が会場の裏手に行くと、彼の言葉通りレーナが数人の貴族と何か言い争っていた。


 側では、レーナの侍従がオロオロとしている。


「あ、またあいつら」

「で、ござるな」


 絡んでいたのは、この間サチにしつこく絡んできた貴族達だった。


「だから何度も言ってるでしょう。アスラレイン家は私が継ぐんです!」


「女がししゃり出てくるんじゃねぇ! 俺たちの他にも、女が当主になる事をよく思わない奴がいっぱいいるんだよ。それにお前の父親は、古代魔法とかいう下らない研究に生を尽くしやがって」


「くだらない!? お父様の研究に、ケチをつける気ですか!?」


 父親の研究を馬鹿にされたレーナが、思わず右手を前に出す。


 彼等の馬鹿にした古代魔法を放つつもりだ。しかしそれは悪手だ。


(だめ! あんな奴らに古代魔法を撃ったら死んじゃう)


「やるのかっ!?」


 取り巻きの数人が、護身用の剣を構える。

 彼等もまた、レーナに対抗するつもりだ。


「どうなっても知りませんから!」 


 レーナの魔力が渦巻き、今にも襲い掛からんとする。まさに一触即発の危機だった。



「――んっ!」



「――っ!?」



 地面を強く蹴り、さらに加速したイルゼにはサチでも追いつけない。イルゼは速度を上げて、貴族とレーナの間に割って入る。



「レーナだめ!!」



 急に現れた銀髪の少女に、レーナは慌てて魔法をキャンセルする。


「――イルゼッ!?」


「あ! お前らはあん時の……」


 彼等もまたイルゼ達の正体に気付いたようだ。


「レーナ大丈夫!?」


「二人も怪我はないでござるか?」


 少し遅れて追いついてきたサチが、侍従二人を保護する。幸い二人には怪我はなかった。


「は、はい……」

「ないです」


「イルゼ……サチ……」


 今度はレーナが、イルゼ達に助けられる番だった。


「ここは任せて、レーナは行って」

「で、ですが……」


 まだ心が決まっていない様子だった。おそらくレーナの事をよく思わない貴族に、何か言われたのだろう。


「大会に勝って、古代魔法の事を――お父さんの研究を世界に広めるんでしょ?」


 その言葉に、レーナの目が一段と見開かれる。


「――っ、はい!」


 今度ははっきりと頷いた。


「ん。だったら行って。お付きの人たちも」


「ここは拙者らに任せるでござるよ」


「二人とも……ありがとう。恩にきります」


「ん!」


 レーナが駆け出す。その後を従者の二人が続く。


「おい待てよ。話はまだ終わっちゃ……」


 彼女達を追おうとする貴族達の前に、二人の小柄な少女が立ち塞がる。


「行かせない」

「あの時の鬱憤、晴らさせてもらうでござるよ」


 それは天使でもあり、悪魔でもあった。


◇◇◇


 時間になっても現れないレーナに、会場全体でざわめきが広がっていた。


「これは棄権でしょうか……?」


 実況が指の腹で、サングラスを押し上げる。


「…………」


 時間を確認した審判が、対戦相手の勝利の旗を挙げようとした時、息を切らしたレーナが会場にやってきた。


「はぁ……はぁ……すみません。レーナ・アスラレインです。色々あって、遅れました」


「おおっと! レーナ選手、ギリギリ間に合ったか!?」


 レーナが審判を目を向ける。審判はこくりと頷いた。どうやらぎりぎり間に合ったようだ。


 既に対戦相手は舞台の上で待機している。対戦相手は槍使いのようで、片手に槍を持っていた。


 Bだった。

 実戦経験のないレーナには、Bランク冒険者の彼は強敵だ。


 だが、不思議と今のレーナには、誰にも負ける気はしなかった。


(二人には、感謝しないといけないですね)


 イルゼとサチの助けがなければ、試合開始に間に合わなかった。ならば、二人の為にも負けるわけにはいかない。


 彼女の中で、迷いが吹っ切れた。


 試合開始のゴングが鳴る。対戦相手が槍を構え、こちらに向かってくる。


 イルゼやサチには程遠いが、そこそこ速い。


 反対にレーナは自分の前に腕を構え、迎え撃つ態勢を取る。そして、得意の古代魔法を彼に向けて勢いよく放った。



「“爆撃魔法エクスプロージョン”!!」



 その魔法は、たった一発放っただけで、アスラレイン家の風向きを変えるほどの威力を有していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る