第61話 学ばない魔王とアクセサリー

「数日間お世話になったのう」


「カーラ、また来るね」


「はい、近くにいらした時には是非お立ち寄り下さい。この宿はいつでもイルゼさま達を待っていますから」


 カーラに見送られ、イルゼ達は数日滞在した宿を後にする。


 風邪もすっかり治り、元気になったイルゼ達はウルクスへと意気揚々と向かっていた。


「ぬっ、随分と人が多いのう」


「そうだね。リリス、はぐれないように」


 しかし、ウルクスへと近づくにつれ、街道には大きい荷物を持った人達や、家族連れが多く目立ち、思うように進めなくなった。


 道は大混雑しており、リリスも例に漏れず、足を踏まれたり、後ろから押されたりしていた。


「ええぃ! 余は魔王であるぞ、そこをどくのじゃー!!」


 リリスが声を張り上げるも、周りの喧騒にかき消されてしまい、全く意味をなさない。


「ぬぁっ、ちょっ、まっ……」


 そして人波に呑み込まれそうになっているリリスに、救いの手が差し伸ばされる。


「うおっ!」


 誰かに、ぎゅっと腕を掴まれた。


「ほら、しっかり私についてきて」


 イルゼであった。


「う、うむ」


 小柄なイルゼに先導されて、リリスは人と人の隙間を縫って進む。


 そして足元ばかり見て歩いていたリリスは、前方で止まったイルゼに気付かず激突してしまう。


「ぶっ!? なんじゃイルゼ。止まるなら止まると言ってくれ」


「ん。ごめん。でもこれ以上進めない」


 イルゼがぴーんと背伸びをして、先を覗く。リリスもぴーんと背を伸ばして見てみる。


「ぬっ、あんな先か……」


 ウルクスへ入るための検問は見えたが、そこへ行く為には、この長蛇の列を並ばないといけなかった。


「ん。でも並ばなきゃ。たぶん大きい街だから検査も厳しいんだと思う」


 こればかりは仕方ないと、手遊びしながら二人が大人しく列に並んでいると、門に近くなった所で、一人の衛兵がイルゼ達に気付き、声を掛けてきた。


「あの……すみません」


「なに?」


 イルゼがリリスの両頬をつまみながら、不機嫌そうに答える。


「いえ、もしかしてSランク冒険者のイルゼさんでしょうか?」


「そうだけど?」


「あぁ! やはりそうでしたか。凄い美人な方と聞いていたので、もしやと思い、お声を掛けて良かったです。お二人の事はギルマスから聞いています。すぐに通して、冒険者ギルドに来るようにと伝言を預かっています」


「ん、そうなの? ギルマスってライアス?」


「いえ、この国のギルドマスターです」


 ギルドマスターは大きい街や国、冒険者ギルドがあるなら必ず一人おり、今回の場合は、ライアスからウルクスのギルドマスターにイルゼ達の情報が伝えられていたのだろう。


「分かった。じゃあ検査とかしないで入っていいんだね?」


「はい、もちろんです。こちらに」


 イルゼ達を貴族専用の搬入口へ送ると、彼は一礼して、元の仕事に戻っていった。


「いるへ、ほひょほひょ、はなひてくへぬか」


 その間、リリスはイルゼに両頬をつままれたままであった。


「ん。勝負は続いている。次が最終勝負」


 今やっている遊びは、イルゼが本で知った、東の国の一般的な遊びであった。


「最初はグー、じゃんけん――」


「パァ〜」


「チョッキ」


 イルゼの勝ちである。これでリリスは通算八回目の負けだ。


「いるへ、ひょっとまって、やひゃひく」


 「だめ」とイルゼが猫撫で、リリスのほっぺを縦に、横に、円を描くように引っ張る。


 そして最後にピーンと離すと、リリスは痛そうにしてほっぺたを押さえた。


「痛いではないか……」


「先にしようって言ったのはリリス」


 八回連続で負けたリリスのほっぺたは赤くなっていた。


 対してイルゼのほっぺは殆ど赤くなっていない。


「ぐぬぬー……なんで余はこんなにも負けるのじゃ!!」


「え? リリスが殆どパーしか出さないからじゃないの……?」


 魔王は全く学習していなかった。


 検問を抜けた二人が、門をくぐると、そこはランドラに匹敵する程――それ以上の賑わいを見せていた。


 とにかく露店の数が多い。


 そしてエリアス王国と同じくらい人が多く、出入りも激しかった。


(大きい国って、どこもこんな感じなんだ)


 適当な露店に入ると、そこはアクセサリーを扱っている店であった。


「嬢ちゃん、何か欲しいものはあるかい? 可愛いからサービスするよ」


「うーん……」


 イルゼが一つのネックレスを手に取る。花柄の模様が刻まれていた。


(花は違うけど、私のポーチの刺繍と似てる)


「ねえ、リリス。リリスはどう――」


 そこに、話しかけた筈の魔王は居なかった。


「え? リリス?」


 慌ててきょろきょろと周りを探すと、少し離れた場所でリリスが屋台で何やら食べ物を貰っていた。


 貰っていたというのは、今、お金を持っているのはイルゼな為、リリスは文無しの筈であるからだ。


(リリス、また人からいっぱい貰ってる)


 気さくな店主と楽しそうに会話するリリスを見て、イルゼは、ネックレスを掴みながら、眉間に皺を寄せてそちらへ向かう。


「ちょっ、ちょっと待てお嬢ちゃん!」


「なに?」


 慌てた店主に腕を掴まれたイルゼは、刺々しい言い方で、アクセサリー屋の店主を睨みつける。


イルゼの気迫に、店主は凄みながらも手を差し出す。


「お金を……」


「ん!」


 もうこれでいいでしょ! とでも言うように値段も聞かず、店主の両手に、投げやりに金貨を一枚叩きつける。


「じゃあ離して」


 リリスの方へ駆け寄るイルゼを見て、店主はぼそっと呟いた。


「いや、これ金貨3枚の商品なんだけど……」


 しかし、彼にもう一度イルゼに話しかける勇気はなかった。次、話しかければ何かよからぬ目にあうと、彼の商売人としての直感が言っていたからだ。


◇◇◇


「もうリリス。勝手にどっか行かないで」


「すまぬすまぬ。つい、な」


 お詫びとでも言うように、リリスが野菜の串を渡してくる。肉の串を渡して来ない辺り、なんともリリスらしい。


「ん。ありがと」


 さほど肉好きではないイルゼは、特段気にした様子はなくリリスから串を受け取ると、美味しそうに頬張る。


「ここの串も美味しい」


「うむ。絶品じゃな」


 二人は有り余るお金を使って、露店を渡り歩きながら冒険者ギルドへと向かって歩いていく。


 しかし、冒険者ギルドの場所を聞いていなかった二人は、どこにあるのか分かっておらず、ただ適当に歩いていた。


「ところで冒険者ギルドはどこにあるのじゃ?」


「ん。分かんないけど、適当に歩いてれば着くと思う」


「それもそうじゃな」


「ん」

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