第62話 天然たらしな女の子

 二人が食べ歩きをして、街の中を彷徨っていると、ようやくそれっぽい建物が見えてきた。


「イルゼ、あれではないか?」


「ん。ぽいね」


 リリスが指差した建物は、ランドラの冒険者ギルドと造りが似ていた。


 だが、ランドラよりかなり大きい。


「あ、冒険者カードに描かれているマークと同じ」


 イルゼが自分のカードの右端に描かれている星型のマークと、建物の看板に記されているマークを見比べて言う。


 ここが冒険者ギルドで間違いなかった。


「じゃあ入ろうか」


 リリスの手を取り、イルゼは意気揚々と扉に手をかける。


「うむ……あ、待つのじゃ!」


 同意しかけたリリスが、イルゼをグッと引き止める。


 何? とイルゼが振り返ると、何か柔らかい物で唇を塞がれた。


「んんっ!?」


 慌てふためくイルゼを深紅の瞳がしっかり捉える。


「イルゼ、大人しくするのじゃ。口にソースが付いておる。付けたままでは恥ずかしいぞ」


 くぐもった声を上げるイルゼの唇をリリスが新品の布で丁寧に拭っていく。


 拭かれている間、イルゼは終始「むー」と唸っていた。


「ほれ、綺麗になったぞ」


「ありがと……」


 そう言いながら、イルゼはリリスの全身を隈なく流し見て、落胆する。


「なんじゃイルゼ? そんなにじーっと余の事を見つめて」


「……なんでもない。いこ」


 何故か肩を落としたイルゼに、リリスは首を捻らせながらも彼女の横に立つ。


(拭いてあげれるとこ、なかった。残念)


 代わりにお風呂で沢山洗ってあげようと、イルゼは自分の欲を見事に正当化させた。


◇◇◇


 扉を開け、中に入ると、イルゼ達の予想通り内装はランドラとあまり変わらなかった。


 違うとすれば、その空気感である。


 ランドラの冒険者ギルドは良くも悪くもアットホームな雰囲気であったが、この冒険者ギルドはどこかピリピリとしている。


 決して険悪な雰囲気というわけではないが、強い闘争心を持った冒険者が、多数在籍しているという事はすぐに分かった。


(闘いに飢えている人が多い……わたし一人の時なら別にいいけど、リリスに絡んで危害を加えるかも)


 既に、冒険者にはどういった者がいるかイルゼはこの目でよく見てきた。


 ルブのような好青年がいれば、ビルクのような荒くれ者もいる。


 今回は後者が多い。


 胸中で、冒険者達からリリスを守る事を決めたイルゼが、周りにいる冒険者達に睨みをきかせる。


(おおっ、イルゼが余のために動いてくれとる)


 キュッと冒険者ギルドに入る前より、強く握られた自分の手に、リリスはイルゼの気持ちを肌で感じた。


 だが、イルゼがそこまで警告しているというのに、どこの国や街にも馬鹿はいた。


 酒の瓶を抱えた一人の男が、椅子からふらっと立ち上がって、イルゼ達の元へずかずかと近づく。


「おい、なんでこんな所に女のガキ……ひぃい!!」


「なにかいった?」


 イルゼが抑え込んでいた殺気を全開にして放つと、男は尻もちをついてしまった。周りの冒険者達も驚いて、腰を抜かしている。


 傍目に見て、無事なのはリリスくらいだ。


「弱い奴はひっこんでて。分かった?」


「は、はぃ」


 男は床に這いつくばって、イルゼ達の進路から逸れる。他の冒険者達も異様な雰囲気の少女達に魅せられ、自ずと道を開けた。


「流石イルゼじゃな!」

「ん」


 隣にいる魔王だけはイルゼの殺気を浴びても平気な顔をしているが、実の所、足がガタガタに震えていた。


「こ、こんにちは。今日はどういったご用件で」


 イルゼに対し、完全に萎縮しきってしまった若い受付嬢が、震えた声で、精一杯の笑顔を作る。


「ギルマスに呼ばれてる。これ、冒険者カード」


 イルゼが無造作にカードを手渡す。

 お預かりしますと言って、カードを受け取った受付嬢が「えっ!?」と声を上げたものの、次にはギルマスをお呼びしますねと言って、イルゼにカードを返して奥へと向かった。


 随分と手慣れているとリリスは思った。


「ふむ。イルゼはSランクだというのに、あまり驚いていない様子じゃったな」


「ん。たぶん他にもSランクの人に会った事があるからじゃない? こんなに大きな国なら、他のSランク冒険者の人が立ち寄っててもおかしくない」


「それもそうか」


 なにせこの国には闘技場がある。


 冒険者にとって、これとない舞台なのだ。


「この後はどうする?」

「先に宿を見つける。人が多かったから探すのに苦労するかも」


 二人がこの後の予定を相談していると、受付嬢が戻ってきて、奥の部屋でギルマスが待っていると告げた。


「分かった。ありがとう」


 お礼を述べ、リリスと共に奥の部屋に向かおうとしたイルゼに受付嬢から声が掛かる。


「あ、あの」


「なに?」


 リリスには、受付嬢のイルゼ見る目に見覚えがあった。


 自分の事を暴虐の魔王様として崇める『オメガの使徒』達がみせる畏怖の念だ。


「Sランク冒険者のイルゼ様ですよね? ランドラでのご活躍は聞いております。私、噂を聞いて、一度お会いしたいと思っていたんです」


「そう? じゃあ握手でもする?」


「え、へ?」


 よくも分からず、イルゼに手をにぎにぎと握られた受付嬢の顔が真っ赤になっていく。


「ん。じゃあ仕事頑張ってね――ルディア」


「――あ、私の名前!!」


 胸のネームプレートを見て、イルゼが彼女の名前を呼ぶ。


 受付嬢を名前で呼んだ時、リリスが一瞬眉を顰めたのにイルゼは気が付かなかった。


(この天然たらしめっ! これではミアの時と同じではないか、だいたい手を握る必要などなかったのに!!)


 奥へと消えるイルゼ達の後ろ姿を見つめながら、ルディアはイルゼに握られた、まだ温もりのある手を閉じたり開いたりした。



 部屋へと続く通路で、イルゼはリリスが何故かツンケンしている事に気が付いた。


「ねぇ、なんでリリスそんな顔してるの?」


「自分の胸に聞いてみればよかろう。余は何も答えぬぞ」


 ふんっとリリスがそっぽを向いてしまう。


 イルゼは仕方なく自分の胸に手をあててみるも、やはり、どくどくという心臓の音が聞こえてくるだけで声は聞こえてこない。


「……やっぱり胸は喋らないよ?」


 リリスの方こそ大丈夫? と憐れみの目を向けられたリリスが「よよよ」と顔を押さえた。




 イルゼ達が奥の部屋に消えた後、受付嬢の元に冒険者達が多数詰め寄せたのは言うまでもない。


 みんな彼女達の事が知りたかったのだ。


 特にSランク冒険者と呼ばれたイルゼの事を。

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