第60話 肖像画 そして看病

「の、子孫ですね。カーラと申します」


 ふふふっ、と女性が上品に笑う。


「あ、そうだよね。五百年前の人が生きてるはずないもん」


「ええ。剣聖さまは伝え聞いていた通りで……まったくお変わりないようですね」


「うん。ずっと眠ってたから」


 二人の会話を黙って聞いていたリリスが、「二人は知り合いなのか?」と問いかける。


「うーん……ちょっと違う。昔の知り合いの子供」


「ふーむ、そうなのか。してカーラよ、何故イルゼが剣聖だと一目で分かったのじゃ? いくら伝え聞いていたと言っても、五百年前の人物像じゃ。どこかで伝え間違えがあってもおかしくないと余は思う」


「ああ、それは剣聖さま――いえ、イルゼ様の肖像画と酷似していたからですね」


「「肖像画?」」


 二人の声が揃う。


 イルゼもリリスも、肖像画がなんなのか分からなかったからだ。


 そんな二人に、カーラは少々困惑しながらも、肖像画がどういうものなのか説明をする。


「――というものなのです」


 カーラの説明を聞いて、二人とも合点がいった。


「そっか。王宮で見た、王様達の顔が大きく描かれていたあれって肖像画っていうんだ!」

「確かに魔王城にも、歴代の魔王が飾られておったな」


 リリスは魔王城にあった肖像画を思い出し、意外にも女の魔王が多かったなーと呟く。


「私の肖像画があるなんてびっくり」


 イルゼは自分の顔を意味もなくペタペタと触る。ついでにリリスの顔もペタペタと触った。


「持ってきましょうか?」


「うん、お願い。見てみたい」


「分かりました。少しお待ち下さい」


 イルゼはそう言われてみればと、自分が目覚めて、地下の部屋から出た後に見た光景を思い返す。


(広い廊下にズラーっと歴代の王様達が並んでた。でも、私に酷い命令をしてた第二代の国王だけ描かれていなかったのは何故なんだろう?)


 イルゼは暫く考えて、考えるのを放棄した。別に第二代国王の事など、どうでもいいと思ったからだ。


 実際の所、第二代国王の肖像画が描かれていないのは、王家の汚点として亡き者にされたからだ。第四代国王の時までは、初代国王の隣に肖像画が置かれていたが、それ以降の国王からは、第二代国王がいた痕跡は全て抹消された。


 一部書物が残されているだけで、第二代国王は実質、名前だけの存在となり果てた。


 今の国王アークは、特に第二代国王の事を毛嫌いしており、その被害を全面に受けたイルゼに、少しでも罪滅ぼしが出来るよう自分が協力出来ることは全て協力し、陰ながらサポートしているのだ。


 そしてイルゼにその気はないのだが、もし、イルゼに命を求められた時は自決する覚悟が出来ていた。


 たとえ自分が死んだとしても、その罪を全て償う事は出来ない。だけどイルゼに対して、少しは償いが出来ると考えていた。


 国は次の王に任せればいい。


 そして少しずつでいいから、第二代国王の残した爪痕、未だ人々の記憶として残る五百年前の伝記を無くしていければいいとアークは考えていた。

 

 それほどの愚行を第二代国王は犯したのだ。


 彼はその事実を重く受け止めていた。だからこそ、命のある限り彼は王国の発展に従事していた。


◇◇◇


「こちらがイルゼさまの肖像画となります」


「おおっ〜! これは綺麗じゃのー!!」


「私って、こんな風に見られてるんだ」


 美しい少女だ。可憐と言った方が似合うだろう。

 色彩豊かに描かれた肖像画のイルゼは、剣聖の装いではなく、普通の村人が着る服を着てほのかに笑っていた。


 『剣聖』としての無表情ではなく、そこには紛れもない、が描かれていた。


 自分の肖像画に満足したイルゼが、これは誰が描いたものなのか聞くと、カーラは分からないと答えた。


「私の親の時から、既に誰が描いたのか分からなくなっていました。なんでも、通りすがりの絵師に描いて貰った物だとは言っていましたけど……真実は分かりません。ですが、イルゼさまの事をよく知っていた方が描かれたという事は分かります。絵にイルゼさまのお人柄がよく描かれていますから」


「うむ。余もそう思う。これはが描いたのではないか? そうでなければ、こんなにも笑ったイルゼを描ける筈がない」


「ん……でも私、友達がいた事はない筈……それにどんな人が身近にいたのかも私、覚えてない」


 しゅんと俯くイルゼをリリスが慌ててフォローする。


「何も友人関係だとは限らない。そうじゃな、例えばお主の家族ならありえると思わぬか?」


「家族……うん、確かに家族ならありえるかも!」


「そうじゃろそうじゃろ!!」


 その後、三人で少し談笑して、今イルゼが休んでいる建物は、イルゼが助けた親娘の家系が代々続けている宿屋だという事が分かった。


 なんでもカーラの先祖が、いつか剣聖さまの子孫を泊め、恩返しする為に建てた宿屋だという。開業当初は、剣聖さま以外は泊めないというスタンスで営業していたが、それが逆に人気となり今世まで続けて来られたのだ。


 開業した先祖も、まさかイルゼ本人がくるなんて予測していなかった筈だとカーラが笑い、つられて二人も笑った。


「そっかー……私のやった事は間違ってなかったんだね」


 小さな声で、ぼそっと呟いた為、他の二人には聞こえない。

 イルゼの行いが報われた瞬間だった。


「ん? イルゼ、今何か言ったか?」


「ううん。なんでも」


 イルゼは純粋に嬉しかった。


 自分が助けた親子が、あの後幸せな生活を送れていた事に。


(良かった。私が助けた人が、一人でも幸せになっている事を聞けて)


 感傷に浸っていると、リリスの一声でイルゼは現実に引き戻される。


「イルゼ、そろそろ薬の時間じゃぞ。身体も拭かなくてはな。ほら、服を脱げ!」


「え? ちょっ――やめてよ」


 二人がイチャつきだした所で、カーラはこっそり退出した。


(イルゼさま……とても幸せそうでしたね)


 強引に服を脱がしかけるも、「恥ずかしい!」と連呼し、慌てて胸元に手を寄せるイルゼに、リリスは「何を今さら……」と思いながらも、嫌がるならばと無理強いはせず、恥じらうイルゼから手を放す。


 別に人の服を無理やり脱がす趣味などリリスにはないのだ。


 嫌だと言われて、やめるのは当然だ。


 イルゼが恥じらいながら、服を脱ぎ終わり「ん」と背中を向ける。


「ふむ。今日は随分とお淑やかじゃの」


「それは違う。私はいつもお淑やか」


 平素おっとりしているイルゼは、お淑やかと言われればお淑やかなのだが、剣を持てばお淑やかとは言えなかった。


「ほれ、次は前じゃ」


「前!? それは自分で出来る!!」


「いいや、お主は絶対できん。余の言う事は絶対じゃ!」


「ううっ〜……」


 風邪によって、まともに抵抗できないイルゼは、リリスによって前を向かされ、恥ずかしがりなからも身体を拭いてもらう。いつもと逆であった。


「変な事しないでよ……」


「普段してくるのはお主の方じゃろうに……」


 上目遣いで見つめてくるイルゼに、リリスは意地悪してやろうかとも思ったが、弱っているイルゼにつけ込み、悪戯をすれば後が怖いと判断して、なんとか自分の欲を抑え込んだ。


 イルゼの上半身を拭き終わり、リリスは後は自分でやらせようと声をかける。


「下は……」

「下は自分でやるから!」


 早口でまくしたてたイルゼに、強引にタオルを奪い取られる。


 そして後ろを向いててと言われる。


「余は元からそのつもりだったんじゃがな……」


 くるりとリリスが後ろを向く。


 「もういいよ」と言われ、向き直った時には、イルゼは汗で濡れてしまったネグリジェから、キャミソールに着替えていた。


 イルゼからタオルを受け取り、リリスは薬と水を差し出す。


「しっかり飲むのじゃぞ」

「……ん」


 嫌そうな顔をして薬を受け取ると、イルゼは薬を口の中に入れ、一気に水で流し込んだ。


「にがーーい!!」


 「うぇっ」とイルゼが舌を出す。


「こんなのを三回も飲むの?」


「そうじゃぞ。そうしないと治るものも治らんぞ」


「ううっ〜」


 イルゼにも苦手なものがあったのだなと、リリスは彼女が飲んだ風邪薬を見る。かくいう自分も薬は苦手だった為、絶対に風邪にかからないようにしようと心に決めた。


 その二日後。


 イルゼの風邪がうつり、リリスは早くも、その薬のお世話になる事になった。



「ぬぁーー!! 苦いのじゃーー!!」

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