第53話 制圧 そして降参
イルゼは物怖じする事なく、髭面の男に話しかける。
「ん。お前がこいつらの親玉?」
「そうだ。俺がこの傭兵団の団長ギースだ。いや、今は冒険者だったな」
へへへと、うすら笑いを浮かべたギースはひらひらと冒険者カードを見せつける。
ランクはDと書かれていた。まだ冒険者になって間もないからだろう。
しかしその下をよく見てみると、CからDに降格処分を受けており厳重注意と書かれていた。
ギルドでは2回降格処分を受けると冒険者カードを剥奪される。
そして今回で三度目となる問題を起こしたギースはギルドに捕まれば冒険者カードを剥奪され、衛兵に引き渡され独房に入れられる事になる。
その上、二度と冒険者になる事は許されない。
イルゼは冒険者の掟を思い出し、辺りを見渡す。怯える少女達、強制的に傭兵達の為に働かされる男衆。ギース達の行動は全て、冒険者としてあってはならない行為だった。
「ん。冒険者はこんな悪い事しない。お前はただの悪人」
イルゼが彼の口臭に鼻をつまむ。ギースの口からは酒の匂いがぷんぷんしていた。
「だから親玉であるお前を倒したら全部解決」
「ああ、こんガキ! 本気で俺を倒せると思ってんのか? いいぜ、俺が勝ったらお前を一生俺の奴隷にして地面に這わせてやるよ!!」
「ん。上等、かかってこい!」
部下が二人がかりで大きな太刀を持ってくる。彼はそれを軽々と持ち上げると、確かめるように何度も太刀を縦に振るう。伊達に鍛えていない訳ではないのだろう。
叫んだ事で少し酔いが覚めてきたのか、顔の赤みも薄くなってきていた。
ギースはイルゼの全身を隈なく流し見る。
「へへ、殺さないように気をつけねぇとなー」
舌でペロリと上唇を舐め、太刀を構える。彼は負ける気など微塵もないようだ。しかしそれはイルゼも同じだった。
(ん。傭兵の隊長格がどの程度強いか知らないけど、少しはやり甲斐があるといいな)
傭兵が一歩踏み込み、大きく太刀を振り上げる。
「ん!」
しかしイルゼは、遅いとばかりに剣を片手に正面から突っ込んだ。そして数メートルあった距離は一瞬で縮まった。
無属性魔法、『転移』を使用したのだ。
相手が走ってくると予想していたギースは、いきなり出鼻を挫かれる。
「――なにぃ!?」
ギースはすぐさま刀剣を振り下ろすもイルゼの方が速い。
「ん。遅い」
イルゼは刀剣を素早く横にかわすと、ギースに回し蹴りを放つ。
「ぐはっ!」
ギースが後方に飛ばされ、後ろに控えていた二人の部下が下敷きになる。
剣を使っても良かったが、この距離なら蹴りの方が良いとイルゼは判断したのだ。
それに自分が剣を使うと、上手く手加減出来るか分からなかった。
「ぐうぅ……」
巨体に押し潰された二人は、苦しそうな呻き声をあげる。
「た、隊長……苦しいです……は、早く」
「どいて下さ……い」
ギースは部下の声掛けに、なんとか太刀を地面に突き立てて起き上がる。蹴られた胸を押さえ、息を整えるが、ゴボッと吐血した。
(畜生! 肋が折れてやがる)
イルゼの蹴りは、百戦錬磨の武人をも一撃で落とすような威力をしている。
立ち上がれるだけで相当タフなのだろう。
「くそ、ガキだと思って油断した。まさか魔法を使うとはな、それも禁書持ちかよ」
「禁書? ちゃんと許可を貰って借りたよ」
心外とばかりにイルゼがギースの言葉を訂正する。
「ああ? 許可を貰っただと? お前みたいなガキがか? ははっ、お前一体何者だよ」
彼にそう問われ、イルゼは自分が名乗っていなかった事に気付く。
「ん。そういえば名乗ってなかった。私はSランク冒険者のイルゼ。元剣聖だけど知ってる?」
「…………Sランク冒険者だと?」
イルゼが聞いてる? と再度問いかけるもギースはイルゼがSランク冒険者だという事に頭がいっぱいで、『剣聖』を知ってるかどうかという質問に答えられなかった。
他の傭兵達も、イルゼがSランク冒険者だという事にざわめきが広がる。
イルゼが小首を傾げていると、ギースが言葉を投げかける。
「おい、もしかしてお前、最近聞くようになった『剣聖』イルゼか?」
「ん。そう」
イルゼがこくりと頷き、ギースは乾いた笑い声を上げる。
「はははっ、噂はマジだったのか。五百年前に活躍したとされる【剣聖】を名乗る不届き者の冒険者。強いとは聞いていたが噂以上じゃねえか……」
ギースの言葉にイルゼがむっと頬を膨らませる。
「不届き者? 私は偽物じゃない。本物の剣聖だよ!」
自分が偽物扱いされる事に腹を立てたイルゼが、ギースに掴み掛かる。
「まぁ、待て。俺はもう戦えない。肋が逝っちまってるんだ」
「私だったら肋数本くらいイカれても戦えるよ?」
「俺はお前とはちげぇーんだよ! これでも何十年も傭兵やってきたんだ。引き際は弁えている」
ギースは服を掴まれたまま、イルゼに持ち上げられバタバタと足を浮かせる。
「じゃあどうするの?」
「お前みたいな化け物に勝てるわけねー。殺されるくらいなら捕まった方がマシだ。だから俺は降参する」
それを聞くとイルゼは満足そうに頷く。
「ん。余計な言葉が多かったけど、降参してくれるならいい」
ドサっとギースを地面に落とすと、まだ動ける傭兵達に目を向ける。
「他のみんなはどうする? やるなら私もそろそろ剣を使うよ」
イルゼがヒュンヒュンと剣を振るう。彼等は一斉に首を横に振るい、武器を捨て、抵抗の意思がない事を表した。
「ん。こういう所は昔と変わらない」
イルゼは彼等を一箇所に集め、縛り上げると村の男衆にしっかり見張っててと告げ、リリス達を迎えに行った。
◇◇◇
「イルゼ、大丈夫でしょうか?」
「心配せずともそろそろ帰ってくる事だろう」
二人はイルゼの言いつけ通り、大人しく村の近くで待機していた。リリスはもしもの時の為に、ランドラで貰った盾を装備している。
そんな二人の元に、村から転移してきたイルゼが声を掛ける。
「リリス、アデナ終わったよ」
「ひゃっ!!」
「うおっ! イルゼ急に転移してくるでない! びっくりするだろう」
「ん。ごめん。アデナも大丈夫?」
イルゼが急に現れた事に、驚いたアデナは尻餅をついてしまった。
「だ、大丈夫です。あのそれより村は……」
「ん。悪い奴らは全部倒した。安心して」
「本当に、本当にあいつらがいなく……」
「ん。もう安心」
「イルゼ!!」
「んっ」
アデナがイルゼに抱きつき泣きじゃくる。イルゼはアデナを抱きとめながら、傭兵達を斬らなくて良かったと思い返す。
もしも傭兵達を斬っていたらイルゼは血みどろで、とてもじゃないが、アデナを抱きしめてあげる事なんて出来なかったからだ。
「むむむっ!」
イルゼに抱きすくめられるアデナを見て、リリスは何やら危機感を感じた。
「アデナ。そろそろ村に行ってお母さん達に無事を知らせにいった方が良い。すごく心配してた」
「はい!」
顔を上げたアデナは元気よく返事をして、小走りで村は駆け出した。
「リリス。私たちも行こ」
「うむ。この村を占拠しておった奴等がどんな奴らだったかこの目で見ておかねばな」
「ん」
イルゼはリリスの手を引き、アデナの後を追った。
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