第52話 夜襲
(見張りは二人……)
イルゼは木陰から顔を出して、相手の様子を窺う。
村の入り口には槍を持った男が、二人ほど立っていた。
よく使い込まれた槍のようだが、手入れをしていないのか、穂先には血がこびりついている。
(あんな槍じゃ、きっと誰も殺せない)
イルゼは堂々と正面から入ろうとして、ピタッと立ち止まる。
(人質をとられたら困る……怪我させちゃうかも)
正面から入って騒がれた時の方が悪手だと、イルゼは気配を消しての奇襲を試みる。
相手の正確な数までは分からないのだ。
(アデナは15人くらいって言ってたけど、徒党を組んでいたらもっといる)
数だけで言えば、傭兵達はイルゼに勝っていた。
(……この場合は少しずつ片付けた方がいい)
イルゼはまず最初の狙いを見張りに定めた。無視して先に行っても良かったが、逃げられると後々困るのだ。
それに離れた場所にはリリスとアデナがいる。運が悪ければ鉢合わせする危険があった。
(危険は……排除しないと)
傍の茂みから、そろりそろりと近づく。
彼等はイルゼに気付く事なく、暢気にも欠伸をしていた。
(ん。やっぱり今の傭兵は弱い。昔みた傭兵の方が強そうだった)
五百年前の傭兵であれば気付いていただろう距離に到達し、彼等が気付かない事をいい事にイルゼはどんどん距離を詰める。
傭兵達は、もう目と鼻の先だった。
ここまで接近されていても、彼等は気付かずに会話を続けている。
こんな所まで衛兵、又は人が来ると思っていないのか、随分と気が緩んでいるようであった。
しかしイルゼに気付けないのは、イルゼの気配の断ち方が完璧すぎる事にも要因があるのだが、イルゼは相手が弱いから気付かれないだけだと思っていた。
自分の技能が世界で一、ニを争うほどのものである事を彼女は考えもしない。
既に傭兵達は、イルゼの間合いの中にいる。ならばやる事は一つだった。
(んっ……!)
剣を半ばまで抜きかけ、静かに鞘に戻す。
(いけない。リリスに怒られる所だった)
リリスに口を酸っぱくして言われていたのだ。無闇に殺しをするなと。
(だったらこう!)
イルゼが気配を断つのをやめた事で、ようやく見張りの二人もイルゼの存在に気が付いた。
「なっ――このガキどこから!?」
「ん。遅い」
自分達よりいくぶんも小さい少女に戸惑いながらも、彼等の判断は早かった。
見張りの一人がイルゼに槍を放つ。しかし、放った場所にイルゼはいない。
「どこにいっ……た……ぁ」
自分の後ろでどさりという音がした時には、すでに目の前が真っ白になっていた。
男はそのまま気絶した。
「ん。こんなもん」
大人二人を地面に横たわらせたイルゼが、手首をポキポキと鳴らす。
イルゼは男達の後首に手刀を喰らわせたのだが、見張りの男達は自分達が何をされたのかも分からず一撃で気を失ってしまった。
(この調子でどんどん行く)
イルゼは村へと入る。
松明の灯りを頼りに声のする方へ進むと、広場のような少しひらけた場所で、焚き火を囲みながら傭兵達が酒をたしなんでいた。
アデナが言っていた通り、村の娘達は傭兵達に付いて酌をしている。
(1、2、3…………全部で10人くらい居る。武器は腰の刀だけか)
イルゼは複数人で固まっている彼等を後回しにして、物憂げに星を眺めながら酒を飲んでいた傭兵にそっと近づき、後ろから首を軽く捻る。
「はぐぅっ……」
短い呻き声を上げて、男は持っていたジョッキを地面に落とす。ジョッキの割れる音は喧騒に掻き消され、誰も気がつく事はない。
イルゼは、倒れた男をずるずると引きずり、小屋の陰に置いて適当な布で隠す。
村人が見つけて、声を上げられても困るのだ。
傭兵達はまだ10人以上いる。
(ん。この調子で減らしていこう)
イルゼは単独行動をしていた傭兵達をどんどん気絶させていった。
「こんなものを俺に食わせるつもりかー!!」
「ひぃ!! 申し訳ありません!」
イルゼが4人目の傭兵の意識を落とした所で、怒鳴り声が上がる。イルゼはつい反射的に、身体をビクッと浮つかせた。
きょろきょろと周りを確認すると、どうやら怒られているのは60を過ぎた老婆であった。
傭兵達は村の老人層に料理を作らせていたのだが、その中の料理の一つが男の口に合わなかったようだ。
「くそ口直しだ。おい、酒はまだか!」
「も、申し訳ございません。すぐにお持ち致します」
隣にいた少女に話しかけて、酒を持ってこいと催促する。少女は怒鳴られたくない一心で酒を取りに行こうとするが、男は少女を見て何かに気がついたように立ち上がる。
「待て、俺のいつもの世話役はどうした。あの亜麻色のガキだ」
「あ、アデナの事ですか? アデナなら昼間山菜を取りに行ったっきり、まだ戻って来てません」
「ああ? 帰ってきてない?」
「は、はい」
「妙だな……おい、衛兵を呼びに行ってるんじゃないよな?」
男の一人が、アデナと同じくらいの少女に掴みかかる。
「やめてください! アデナは、アデナは必ず戻ってきます」
「…………おい、お前ら。宴が終わっても、村のガキが戻って来なかったら、コイツらやっちまおうぜ!」
「ああ、そりゃ良い考えだ。どうせやるなら盛大にだな。この村から奪えるものは全部奪ったしな」
女は泣き叫ぶまで凌辱し、その後、この集落を焼き落としてやろうと男達は口々に言う。
人質を取ろうなんていう考えはないようだ。
彼等の会話を聞いて、少女達が肩をわなわな震わせながら身を寄せ合う。焚き火用の薪を割る村の男達は揃って唇を噛み締めて、悔しそうに彼等を睨んでいた。
(ん。アデナから聞いてたより酷い有様)
もう単独行動している傭兵は居なかった。まだ住居に潜んでいるかもしれないが、見た限りでは、残りの傭兵達は全員大きな焚き火を囲んでいた。
(なら、後は速さが勝負)
楽しそうに話す傭兵達に高速で近づき、イルゼは手刀を放っていく。
「えっ?」
「なっ……」
「はっ?」
傭兵達は次々と意識を刈り取られていく。5人目を刈り取られたところで、ようやく自分たちが襲撃されている事に気づいた。
「ん」
「は、はや……がっ!」
イルゼの姿を目で追おうとするも、速すぎて目で追えない。気がつけば男は意識を刈り取られていた。
「ん。大人しくする」
イルゼは男を地面にうつ伏せに押し付け、腕を拘束する。それでも激しく暴れるため、イルゼは足の骨を折った。
「ぎぃやああああー!」
「ん。このくらいなら平気だよね?」
イルゼは小首を傾げる。どの程度までならリリスに許されるか、イルゼには分からなかったからだ。
「……おい、嘘だろ」
彼は絶望する。
僅か数秒の間で、8人の男がイルゼによって戦闘不能にされてしまった。そんな少女に自分が万が一にも勝てる筈がないと。
(アデナの見立てよりちょっと多かったくらい)
残すは数人……と言った所で、野太い声が轟く。
「おい、お前ら!! なにメスガキ一匹に踊らされている」
「「「隊長!」」」
一際体躯の良い男が住居の中から現れる。男の顔はゆでだこのように赤かった。
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