旅する剣聖と旅する魔王
第45話 旅立ち 前編
健気に寄り添うイルゼと、そんなイルゼを支えるようにして歩くリリス。
誰から見ても仲良さげなカップルに見えた。
街の城門を目指すイルゼ達は、温かい目に見守られながら大通りを歩く。
「のう、イルゼ。そんなに近いと歩きづらいぞ」
「ん。リリス我慢する。それとも嫌?」
「嫌なものか。じゃがくっついて歩くのは街の外に出るまでじゃぞ」
「ん!」
嬉しそうにリリスの腕を取るイルゼ。
胸当てのせいで少し感触は悪かったが、それを言うのは野暮だろうとリリスは言わない事にした。
言わなかったもう一つの理由として、「じゃあ今から着替える!」と言って、イルゼが公然の前で私服に着替え出しそうな気がしたからだ。
事実イルゼは、リリスに言われれば着替える気満々であった。
いつぞや国王に言われた「人の前で服を脱いではいけないよ」という教えをイルゼはとうに忘れていた。
リリスは逆の方がいいのではと思ったが、まだ大勢の人の中で積極的にイルゼの腕を取る勇気はなかった。
そのまま通りをゆっくり歩いていると、道ゆく人からたくさんの餞別を受け取った。
「ウチの特大ジャムパンさ。リリスちゃん受け取ってくれよ」
「う、うむ。これは大きいのう、食べ応えがありそうじゃ」
リリスは食べ物関連を貰うことが多かった。リリスが貰った物の中には、フライパンや野営の道具。レシピ本など、料理に関する物も多く渡された。
リリスはその全てを異空間に放り込んでいく。
異空間に入れておけば、渡された時のままの状態を保つ事が出来、いつでも食べる事が出来たからだ。
異空間に放り込める量は、リリスの魔力量に比例する。元魔王であるがためか、リリスは人より一回りほど魔力量が多かった。
「リリスちゃん、ウチの新作あんぱんも貰って下さい」
「我が家自慢の漬物だよ。イルゼちゃんと仲良く食べるんだよ」
「ほうほう。今すぐにでも食べて感想を言いたい所じゃが、我慢じゃ我慢」
異空間の殆どは食べ物で埋まった。
「イルゼお姉ちゃん! これ貰って」
「ん、ありがと」
「僕もこれあげるー!!」
「ん」
イルゼは不思議と子供に懐かれていた。自分より幾分も小さい子に囲まれ、困惑しながらも丁寧に応対する。
「私が若い頃に使っていた物だけど、貴方にあげるわ。使い方も教えてあげる」
イルゼはリリスとは反対にメイク道具やアクセサリー類を貰うことが多かった。
三人の子供を育てる母親からは、メイクの基礎を教わり、ついでに女の子を口説く技術も教わった。
「こら、イルゼちゃんを口説いてるんじゃないの! リリスちゃんに睨まれるわよ」
そう言って、母親の首元をグイッと引っ張ったのは彼女の妻であった。
同性の二人を見て、イルゼは小首を傾げる。
「二人は結婚してるの? 同性なのに?」
二人の母親の薬指にはお揃いの指輪がしてあった。
「そうよ。結婚しちゃったのよ」
「何年も付き纏われて、しょうがなくよ」
「ええ? そうだったっけ?」
「そうよ。勝手に改変しないで」
二人はどっちが先に告白したかで言い争いを始める。しかしイルゼはどっちが告白したかなど興味がなかった。
「ん。でも女同士で子供は出来ないんでしょ? リリスが言ってたよ」
イルゼは自分に群がる子供の頭を撫でながら聞く。
イルゼにメイクを教えた母親は争いをやめ、クスリと笑った。
「その子達は親を亡くした孤児の子よ。私たちはそういう子を引き取って、自分たちの子供として育ててるの」
「へー」
イルゼは自分に群がる子供をまじまじと見つめる。確かに一人一人の髪の毛の色が違えば、瞳の色も違った。
「イルゼちゃんも、リリスちゃんと結婚出来るといいわね。きっとお似合いよ」
「そう? 私とリリスはお似合い?」
イルゼがピクリと反応し、もう一度聞き返す。
「ええ、お似合いよ」
「ん。なら頑張る!」
イルゼが妖精のように可愛らしくはにかむ。その笑顔に、二人の母親は終始頬が緩みきっていた。
「そろそろ行きましょ。夕飯の材料を買わなくちゃ」
「そうね。みんな行くわよー」
「「「はーい、お母さんー!!」」」
じゃあねーと言いながら手を振る子供達を見送った後、イルゼの元に厳つい男性陣が現れる。
「ん。なに?」
イルゼは顔色一つ変えずに応対する。
男達は声を揃えてこう言った。
「「「「俺たちが魂を込めて作った武器を使って下せえー!!」」」」
厳つい男性達は鍛冶屋だった。
その者たちから沢山の装備を渡されるも、どれもこれも今のイルゼの装備に劣る物ばかりだった。
それに元よりイルゼは身体能力が高く、自然治癒力も常人の域を超えている。
なのでイルゼには不必要なものばかりだった。
イルゼのアイテム袋も無限ではない。
だからイルゼは、数ある防具の中で一つだけ受け取った。
「これだけ貰う」
それは薄い装飾がなされた盾だった。
同年代の少女が好んで選ぶような類の盾ではなかったが、軽さは女の子が持てる程度に改良されており、何よりイルゼからみて一番頑丈そうだったからだ。
(これはリリスに持たせよう)
イルゼはもしもの時に備えて、リリスに盾くらいは装備してもらうおうと、選んだ盾を軽く叩く。強度は十分だった。
自分が本気で斬ろうとしても、一度くらいは耐えれる強度をしていると判断する。
それはイルゼ基準での話だ。
普通の人間がその盾を壊すには何度も叩かないといけないのだが……イルゼがその事実に気付くことはない。
「残りの武具や防具は他の冒険者に渡して。私の贈り物って事で」
「「「「かしこまりましたー!!」」」」
ドスの効いた声で彼等は揃って返事をする。後に武具や防具は街の全冒険者達にイルゼからの贈り物として配られ、大切に扱われたと言う。
イルゼに防具を受け取ってもらえた男性は涙を流して喜んでいたが、それが嫉妬を買う羽目になるとは知らなかった。
イルゼとリリスから人混みが剥がれ、ひと段落したところで、ギルド職員の制服に身を包んだ女性が向こうからやってきた。
「あ、いたいた。二人とも遅いから心配しましたよー」
小走りでやって来たのはサラとエルサ。そしてエルナだ。
「はぁはぁ……なんでサラはこんなに走って元気なの?」
『姉様。頑張って下さい。それと帰ったら運動をしましょう。本ばっかり読んでいるからこうなるのです』
「エルナは良いわよね。疲れないし」
『私だって疲れますよ。姉さんといると』
「……貴方は姉をなんだと思ってるの」
『妹をこき使いまくるバカ姉です』
エルサがエルナに掴みかかり、姉妹喧嘩が勃発する。
「ん。あの二人仲悪い?」
「違うぞイルゼ。喧嘩するほど仲がいいと言うではないか」
「そっか、じゃあ仲良いんだね」
二人の喧嘩をサラが仲裁する。この姉妹喧嘩は日常になりつつあった。
「はーもう、エルサとエルナは喧嘩ばっかり。さ、二人ともこんな人達置いて早く行きましょう。向こうでギルマス達が待ってます」
「ん。分かった」
「うむ」
サラに連れられ、イルゼとリリスが走り出す。
それを見てエルサが「まだ走るのー!?」と泣き言を言う。
『姉様。頑張って下さい。それとも私がおぶりましょうか?』
「……いいわ。自分におんぶされるのもなんだか癪だし」
『そうですか……では頑張って下さい』
それだけ言うとエルナは走り出した。慌てたのはエルサだ。
「え、待って。私と同じスピードで走ってくれるんじゃないの!? ねえ、待ちなさいって!!」
『姉様。ファイトです』
妹は姉に厳しかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます