第46話 旅立ち 後編

 正門までやってきたイルゼ達を待っていたのはライアス、ルブ、リーゼ、役人、そしてククルを筆頭としたイルゼに助けられた少女達だった。その少女達に紛れて、大事そうにクマのぬいぐるみを抱えた少女もいる。


「ん。みんな来てくれてありがと。ミラやロゼは居ないの?」


 イルゼが辺りを見渡すが、こういう時に限って彼女達は居なかった。


「彼女達ならどうしても外せない仕事が出来てしまったから来れないと言って、代わりにこれを預かっとるぞ」


 ライアスが二通の手紙を渡す。


 一通目には、何行にも連なってミラ直筆のメッセージが込められていた。


「長い。後回し」


 イルゼが二通目を開く。こちらにはロゼからのメッセージと従業員達全員の寄せ書きが書かれていた。

 こちらにも、ちゃっかりミラのメッセージが書いてあった。


「ん。リリスも見る?」


「余は後でゆっくり読む事にする」


「分かった」


 イルゼがアイテム袋に仕舞いかけ、何を思ったかリリスの胸元に手紙を突っ込んだ。


「なっ!? イルゼ、何をするのじゃ!!」


「アイテム袋、物でいっぱい。紛れちゃうからその方が取り出しやすい」


「それでももっと別な場所があるじゃろ!」


 イルゼがじっとリリスを観察する。そして「あ」と言って口を開く。


「分かった。口の中だ」


「誰が食べるか!」


 二人がきゃいきゃいしていると、ようやくエルサが追いついてきた。


 エルナはもちろん先に着いている。エルサは息を荒くさせながら、エルナを睨んでいた。


 対するエルナは素知らぬ顔だ。


「さて。全員揃った事だし、お別れの挨拶といこうかの。まずはワシじゃ。イルゼちゃん、リリスちゃん。二人のお陰でこの街からオメガの使徒を撃退する事が出来た。これで依頼は達成じゃ。ほれ、報酬を受け取ってくれ」


「ん」


「うむ」


 イルゼはライアスから報酬の入った袋を受け取る。ずしりと重かった。


「報酬にはちと色を付けておる。まあ可愛いからおまけじゃな。あとはイルゼちゃんの下着の色も教えてくれれば――へぶっ!!」


「はーい。セクハラもここまでにしようねー」


 ライアスは横からサラにぶっ飛ばされた。


「ん。今日は……」


「イルゼッ!」

「イルゼちゃん!?」


 答えようとするイルゼを慌てて止めるリリスとサラ、こっそりと聞き耳を立てていたルブはエルサ姉妹に埋められた。


「イルゼちゃんも答えなくていいから。じゃあ次は私、イルゼちゃんみたいな子に勉強を教えられて本当に楽しかったよ。イルゼちゃんって本当に物覚えいいし、きっと将来は何にでもなれるよ。ちょっと危なっかしい所もあるけど」


「ん。ありがとう」


 サラは「えへへ」と照れ笑いしながら、リリスの手を取る。


「リリスちゃん。リリスちゃんは危なっかしいイルゼちゃんの面倒を見てあげてね。そういう事に関してはリリスちゃんが適役だから」


「うむ。イルゼの事は余に任せるのじゃ」


「むっ、なんだか私がトラブルメーカーみたいでやだ」


 抗議するイルゼをリリスが「なははははっ!!」と豪快に笑う。


「ふふっ。じゃあ次、リーゼさん」


 次に二人の前に歩み出てきたのは私服姿のリーゼだ。今日は仕事がお休みの為、二人の見送りに来る事が出来た。


「えっと、私から言える事はそうですね……仲良く楽しい旅を送って下さいね! です」


「ん。リーゼも胸と仲良くしてね」


「ええっ!? どういう事ですか!」


 リーゼの胸元は今にもボタンがはちきれんばかりに圧迫されていた。


 それを覗き込もうとしたライアスがサラに埋められ、ついでにルブも埋められた。


「リーゼ誇って良いぞ。お主は余より胸が大きいのじゃ。お主サイズの胸を持つ者はそういないであろう」


「でも私、彼氏出来たことないんですよね」


 しゅんと俯くリーゼ。儚くも美しかった。


「なぁに、心配せずともすぐに相手が見つかるさ。余がいうのだから間違いない」


「そう。こんないいもの持ってるんだから。みんな見る目ない」


 イルゼがリーゼの胸に手を押し当てる。


「あ、その、イルゼさん!!」


「こら、イルゼ。触るのなら余のだけにしろ。リーゼが困っておるじゃろ! トラブルの元じゃ」


「ごめんリリス。リリス以上のおっぱいを触りたくなって……」


「ええぃ、人前でおっぱい、おっぱいゆうなー!!」


「リリスも言ってる!!」


 きゃいきゃいと騒ぎ立てる二人。次にやってきたのはよろよろと歩くルブと役人だった。


「イルゼ、リリス……さん。二人と過ごしたこの二週間はとても濃かったよ。人生で一番働いたかもしれない……だけど同時に、二人がいる毎日が本当に楽しかった。ありがとう」


「ん!」


 イルゼがルブの手を取る。ルブの手や顔は土まみれだった。ルブはリリスの手も取ろうとするが、リリスは怪訝な顔をしている。


「……のうルブ。何故余にはさん付けなのだ?」


「それは……リリスさんが気を悪くするかな、と思いまして」


「そんなわけなかろう。楽にせい」


 気楽にルブの肩をバシバシと叩くリリス。やはり肩にも土がたくさん付着していた。


「分かった分かった。いつも元気なリリスがいるとこっちも元気になれたよ。まあ会おうな」


「うむ。お主も達者でな」


「イルゼさん、リリスさん。私からも一つ。どうかお願いですから今度別の街や国で問題を起こす時は、後始末する身にもなってあげてください。本当に大変なんですから」


「ん。努力する」


「余輩は問題を起こす前提なのじゃな……」



 次にやってきたのはククルだった。彼女は少女達の代表である。


「ククル久しぶり」


「久しぶりじゃな」


「イルゼさん。リリスさん。本当にお久しぶりです。この場を借りてもう一度お礼を。私たちを助けて頂き本当にありがとうございました。家族と暮らせる今の生活があるのはイルゼさん達のお陰です」


「ん。良かったみんな幸せそう」


「そうじゃな……してククルは今何をしておるのだ? メイドの仕事をしているようにはとても見えないのじゃが……」


 ククルは動きやすい服装に、胸当て、小手をしており、背腰には短刀が装備されていた。


「はい! 私は今冒険者をやらせて頂いております。今は見習いですが、いつかイルゼさんみたいなすっごい冒険者になってみせます!!」


 そんな意気揚々とするククルの隣に、「おねーさーん」とクマのぬいぐるみを抱えた少女がやって来る。背中には小型の弓を背負っていた。


「私の話も聞いてください! ルブさんが手取り足取り教えてくれるのですっごく上達したんですよ! あ、弓の話ですよ」


 少女が一気にまくしたて、ククルが「もうちょっとゆっくり喋りなよ。イルゼさんは逃げたりしないよ」と口を押さえて笑う。


「ぬっ、お主はいつぞやの射的屋で見た少女ではないか。お主も冒険者に?」


「はい、私も絶対お姉さん見たいな立派な弓使いになってみせます」


「ん。楽しみにしてる」


(だからイルゼは剣使いなのじゃが……まあもうよいか)


 イルゼが二人の頭を撫でる。二人は恥ずかしがりながらも、されるがままになっていた。


(まるで子猫じゃな……するとイルゼは大きな猫であるな)


 リリスに撫でられる時のイルゼと今の二人は酷似していた。


「リリスさんも、イルゼさんにあまり迷惑かけないで下さいね」


「余は迷惑などかけぬぞ。迷惑をかけるのは此奴の方じゃ」


「ん。そんな事ない。リリスのばか」


「もう、喧嘩しないで下さい!」


 ククルがリリスに抱きつき、一拍遅れて少女も飛びつく。


「うお!」


 リリスの胸の下で、二人は「「ふあー」と声を上げる。


「なんだかお母さんみたいにあったかい。お母さんって呼んでいいですか?」


 少女が上目遣いでリリスを見る。リリスは悩んだ。


「余は魔王であるからして、お母さんとは……ああ、母上どう致しましょう……そうじゃ、ここはイルゼと同じくお姉さんと呼んでくれるかの?」


「うん、分かった。おっぱいお姉さん!」


「おっぱ……」


「ん。いい響き」


 その場にいた全員が少女の命名に朗笑する。渦中のリリスは恥ずかしさのあまり耳まで真っ赤だ。


(余は、余は魔王であるぞーー!!)



 最後にやってきたのはエルサとエルナだ。


「こうまじまじと見てみると本当にそっくりだのう」


「ん。全然違い分からない。どうやって見分けるの?」


 エルサとエルナは体型からその顔立ち全てがそっくりで、全く見分けが付かなかった。


「それはねー。えいっ!」


 いつの間にかエルサとエルナの真ん中に入ったサラが、エルサの右頬をつつく。


「ちょっと何するの!?」


 ビクッと肩を浮つかせ、顔を真っ赤にする。


「こうやって過敏に反応する方がエルサで……」


 サラがエルナの左頬をつつく。


『ふふ、つつかれてしまいました』


「こっちのお淑やかな方がエルナだよ!」


「ん。分かりやすい」


「なるほどのう」


 二人はふむふむとサラに同意する。エルナは『姉様、可愛い』と言って頬をつつく。エルサは顔を真っ赤にしてプルプルと震えていた。


「ほら、エルサ。二人に言いたい事があるんでしょ? 早く言っちゃいなよ」


 サラに急かされ、エルサは「分かってるわよ」と一つ深呼吸する。


「イルゼさん。リリスさん。改めて今回の件、お二人に多大なる迷惑と危害を加えてしまい申し訳ありませんでした。それなのにこうして日々の生活を享受出来るのはイルゼさん達のお陰です。感謝してもしきれません。今度は自分に与えられた力を人助けの為に使います」


「ん。それがいい」


『私の方からも。姉様の不始末は妹の責任でもあります。この度は本当に申し訳ありませんでした』


 二人は深々と頭を下げる。そんな二人の頭をお母さんにしてもらっていた時のようにイルゼは優しく撫でた。


「ん。二人とも顔上げて、もう気にしてない。リリスもでしょ」


「うむ。立つ鳥跡を濁さずじゃ」


 決まったとでも言うように胸を張るリリス。


(うん。絶対意味違うんだけど言わないでおこう)


 それに対し、内心ツッコミを入れるサラ。


「『ありがとうございます』」


 二人と軽く抱擁を交わし、イルゼとリリスは沢山の人に見送られながらいよいよ正門をくぐる。


「――あっ」


 ふと後ろを振り返れば、沢山の手がイルゼ達を見送っていた。イルゼは左胸に、静かに手を添える。


 そして、こぼれんばかりの笑顔を浮かべる。


 リリスもリリスで屈託のない笑みを浮かべていた。


「……旅を終えたらまた来る! みんなも元気で」


「余輩の帰りを心して待っておくがよい!」


 イルゼとリリスが大きく手を振る。それに合わせてライアス達の手の振りも大きくなる。


「やはり余の偉大さは絶大じゃな!!」


 豪快に笑う魔王。最後の最後まで態度のでかい魔王であった。


 でもイルゼは、そんな強情で負けず嫌いなリリスが好きだった。


「ん。リリス行こっ!」


「うむ」


 二人は自然に手を取り合う。



 その足取りはここに来た時よりも軽かった。



 ポンコツ剣聖とクソザコナメクジになった魔王は今日も旅をする。


 故郷までの長い長い旅路を一歩一歩着実に。

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