第26話 王立図書館

「王立図書館?」


「はい、この街で――いいえこの辺りでは一番書物を多く取り扱っている場所です。魔導書グリモアや錬金術など禁書とされているものは許可がないと読む事は出来ませんが、それ以外の本は一般にも解放されてます。本館のあるエリアス王国には劣りますけど、それでも数多くの本が取り揃えられていますよ」


 ここの何十倍の本がありますよと、エルサは大きく手を広げ、その凄さをアピールする。


「おお〜!!」


 表情こそ変わらなかったが、声の調子は高く、イルゼは確かに歓喜していた。


「悔しいですけどイルゼさんは国王様とお知り合いみたいですし――まあランクSにもなると当然ですよね。国王様から許可を貰えればお目当ての魔導書グリモアも読む事が出来ると思いますよ!」


 エルサのやる気のなさそうな目が、これでもかというほど限界まで見開かれ輝きを放っていた。


 彼女は無類の本好きであった。


 幼い頃から本を読み漁り、本の虫と呼ばれていた時期があった程で、受付嬢となる前までは、毎日図書館に通い一日中椅子に座って読書に勤しんでいた。


 物語を読むのが好きだった。


 その中でも英雄と覇王が世界の存亡をかけて戦い、その激しい戦いの末、和解し、共に道を歩む事になる本がお気に入りの一つであった。


「うん、わたし陛下に直接連絡出来るから今聞いてみる」


 そう言ってイルゼは、おもむろに通信機を取り出す。


 取り出した通信機を見て、エルサ達は驚愕した。


「え、イルゼさん……それは国王様から?」


「うん? そうだけど」


 サラとエルサはわなわなと震える。ライアスだけはあいつ過保護過ぎやしないかと呟いていた。


「イルゼちゃん。それ、世界のどこを探しても一つしかない代物だよ」


 サラがおっかなびっくり通信機に近づき、その姿を崇める。


「そうなの?」


「そうだよ! いえ、そうなんですよ! その通信機、世界のどこにいても連絡出来る優れものなんですよ!!」


「へぇ」


 イルゼはてっきり全ての通信機がそうであるものだと思っていたが、実際は違う事に少しだけ驚いた。


 一般的な人と感性がかけ離れている彼女からしてみれば、そんな事どうでもいいのだ。


「それ、確か他にもいくつか機能があるって話なんですけど……知ってます?」


「たぶん説明書に書いてあったと思う……どこかにいっちゃったけど」


 イルゼは説明書を荒野で広げた後、それを畳んで仕舞った記憶が無かった。


 なので無くしたのだろうと結論づける。


「無くしたんですかー!! この貴重な魔道具の説明書を!?」


「ごめん」


「ごめんで済んだら衛兵はいらないんですよ!」


 今にもサラはイルゼに掴みかかりそうな勢いだった。


 そんなサラをライアスがひょいっとつまみ上げる。


「すまんなイルゼちゃん。こいつは根っからの魔道具好きでな。魔道具の事になるついヒートアップしてしまうんじゃ。まあそれに関してはエルサにも言えるが」


「ありがとうございます。私、本も好きですが、お人形も好きですよ」


「褒めてはないのだが……まあエルサが人形を好きになったのはワシが誕生日に……」


 誕生日にと言いかけた所でエルサがその口を塞ぐ。


「イルゼさん。なんでもないですから気にしないで下さいね」


「ん、大丈夫。気にしない」


 イルゼの脳内に、エルサは本と人形が好き。サラは魔道具好きという事が記録された。




「ぎゃふん!」


 サラはギルマスによって、飼われているペットのようにポイっと部屋の外に投げ出され、入れ替わるようにリリスが大きめのコップに入ったジュースを両手に持って入ってきた。


「?」


 犬のように座り込むサラを一瞥して。


「ほれ、イルゼ」


「ん。ありがと」


 片方のジュースをイルゼに渡し、ちゅるちゅるとストローで吸う。


 みるみるうちにジュースはリリスに吸われていく。


「のうエルサ。ランドラの街はエリアス王国とどういう関係なのじゃ? 観光してて気付いたのじゃが、この街にはたくさんの国から人が来ているように見える」


 リリスのコップの中身はすでに半分以下になっている。


 問われたエルサは良い所に目をつけましたねと、指で眼鏡を押さえる。


「ランドラの街は他の国との境目の街であり、いわゆる中立国として知られています。国と言えるほど大きくはありませんが、他の街と比べればその違いは一目瞭然でしょう」


「そうなのか?」


「はい。今度別の街に行った時、是非確かめてみて下さい。すぐにこの街に戻って来たいと思いますよ。まず物流からてんで違いますからね」


 溌剌と力説するエルサに、リリスはこの街の事が本当に好きなんだなぁと感心する。


(余の部下は自分の国を発展させる事よりも、争いを好み、他者の土地を奪おうとする者が多かった。それで良い土地を手に入れられれば良いと……その短絡的で浅はかな考え方が魔族という種族の破滅を招いてたのじゃな)


 五百年前、人間界で狼藉を働いていた一人の魔族を思い出す。


 魔族の名前はディルーダ。


 魔族の中でも人一倍魔族である事を誇り、他種を見下す典型的な魔族であった。


 五百年は魔王であったから侮られる事は無かった。だがリリスは今は人間となっている。


 五百年前の抗争を生き延び、今でも彼が生きていると仮定すると、人間となった今のリリスを見て彼がどう思うか想像に難くない。


「それにランドラの街は、エリアス王国の庇護下に置かれています。だから無闇に手を出せるような街ではないのです」


「エリアス王国はそれほど強いのか」


「ええ、何百年も続く由緒正しき王家であり、その知力と武力は随一とされていますから」


 それに貿易が盛んなこの街には、色々な物が市庭に出回っているのです。そんな良い市場を潰そうだなんて考えを持つ国なんていませんよと、なおもエルサの力説は続く。


 どうやら貿易が盛んで、たくさんの商人が訪れるこの街では、エルサが図書館では見たことのないような珍しい本が沢山入ってくるのだという。


 話の次第を聞くと、最近ハマっているのは官能小説だという事が分かった。

 意外にも乙女だったエルサは、リリスに頬を赤らめながら誰にも言わないで下さいよと念を押す。


 もちろんじゃと言われたエルサであったが、妙に胡散臭くて信じられないなと思った。


「陛下から許可が下りた」


 エルサとリリスが話をしている間に、イルゼは国王へ連絡し許可をもらったと伝える。


 エルサの予想通りすんなり許可が下りたので、一同はここで別れ、イルゼとリリスは王立図書館へと向かう。


 部屋を出る時サラが聞き耳を立てていて、イルゼが扉を開けた瞬間、ぐべっと言って倒れてきた。


 むくりと顔を上げ、床に打ちつけた箇所を赤くして一言。


「私も国王様のお声聞きたかったです」


 庶民にとって国王の姿を拝める時は限られており、一市民、一受付嬢にとって国王とは雲の上の存在なのだ。


「じゃあ今から連絡する?」


 そういってイルゼは通信機を取り出そうとする。


 慌てたのはサラだ。本人としては冗談のつもりであったのだろう。


「いや、いいです。やめて下さい! 今のは冗談です。ほんとごめんなさい」


「? わかった」


 息をもつかせぬ勢いで断るサラに、イルゼはただただ小首を傾げていた。


 そんな二人に、リリスとエルサはほぼ同時にため息をついた。

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