第27話 許可 そして禁書

「おお〜! ここが王立図書館か。本でいっぱいじゃ!!」


「ん。図書館なんだから当たり前」


 どこを見ても向いても、本が本棚にぎっしりとしき詰まっており、館内の奥までずらりと本棚が横一列に並んでいた。


「こっちは料理の本……おお!! こっちは性についての本があるぞ!」


 その本を手に取って思い出されるのは、スラム街で出会った少年達との会話だ。


 この際だから、イルゼに性について理解させようとリリスは本を押し付けるが、イルゼになんか嫌だと拒まれる。


「むう。無理にとは言わんが、いつかは知っておいた方がいいぞ」


 それだけ伝えると『性についての知識』と書かれた本を元の本棚に戻す。


「ん? この本は……ほうほう」


 気になった物を見つけるとリリスは適当に取り出し、また戻すを繰り返す。


 リリスはイルゼより図書館を満喫していた。


 そしてまた一つの本が彼女の目に留まった。


「ぬぁっ、今すぐ出来る安眠の方法じゃと!?」


「リリス館内だから静かに」


 イルゼは子供のようにはしゃぐリリスの口元を押さえる。


「むぐむぐむぐ……」


 リリスがこくこくと頷く。


「ん。分かったならいい」


 イルゼが手を離し、リリスがぷはーと大きく息を吐く。


「この本。昔の我に読ませてあげたいのう」


 人間との戦いが始まった頃のリリスは多忙で、睡眠時間なんて取れなかったのだ。


「また私と戦いたいの?」


「そうは言っておらんじゃろ!」


 いつも通り、斜め上の考え方をしている銀髪の少女にリリスはもはや安心感を覚えていた。


(こやつとおると退屈しないのう)


 奥まで行くと、頑丈な作りをした鍵穴付きの扉があり、その横には受付用の小窓が存在していた。


「ここから先が禁書のようじゃの」


「うん、凄い厳重。パッと見ただけでも幾つかの術式が施されてる」


 傍目には分からないが、イルゼには施されている術式が分かるのだという。


 イルゼは五百年前の魔族との抗争時に、普通の少女として生きていたらありえない経験を積んでいるのだ。


 一部の者にしか伝承されていない――秘匿の奥義と言われている『術式』を知っているのもそれ故なのだろう。


「ほうほうでは」


 リリスが試しにと言って扉に手を伸ばす。


「あ、まっ……」


「ぎゃあ!!」


 イルゼが止めるより早くリリスが扉に手を触れ、バチッ!! という音と共にリリスの手は弾かれた。


「少し痺れたのう……」


「気を付けた方がいい。怪我する」


 リリスは顔を顰めながら痺れる手を押さえる。痛みが遅れてやってきているようだ。


「ん」


 小窓には誰もいなかったので、イルゼは身を乗り出して受付の中を覗く。


 すると奥からガタガタと音がしていた。


「ん。誰か奥にいる」


 奥に誰かいるのは分かったが、一向にやってくる気配がない。


(ここは図書館。大声出すのは良くない)


 ではどうしようかと悩んでいるとリリスが窓口に置いてあった小物を指差す。


「のうイルゼ。これを鳴らせばいいのではないか?」


「? 何これ?」


「余にも分からんがここに『ご用の方はお鳴らし下さい』と書いてあるから鳴らすものじゃないのか?」


 リリスの言う通り、確かに小物の上には手書きの紙にご用の方はお鳴らし下さいと書かれていた。


「じゃあリリスが鳴らして」


「余が鳴らすのか!? まあ別に良いが」


 小物の先端を指で軽く押すと、チリンチリンという音が鳴り響いた。


 すると奥から間延びした声で「は〜い」と返ってくる。


 そしてドタバタ音をさせながら、襟元が詰まり、胸が苦しそうな司書の制服に身を包み込んだ栗色の髪の若い女性が出てきた。


「はーい、お待たせしました〜」


 清楚な見た目とは裏腹に、胸が恐ろしいほどその存在を主張していた。


(――リリスより大きい!?)


 目の前に飛び込んできた巨大な果実にイルゼは目を丸くさせる。


 栗色の女性の果実は、リリスのそれよりも大きかったのだ。


 イルゼは世の中には、まだまだ上がいる事を思い知らされ、リリスを憐れに思う。


 当のリリスは巨大な果実が現れても特に気にする素振りもない。これが持つ者と持たない者の違いである。


(リリスなんてこの人に比べれば小さい方なんだ……じゃあ私は?)


 そこまで行き着いた所で、イルゼは「あれ?」と言って、暫し放心状態となってしまった。


 イルゼは、いってはいけない所まで行ってしまったのである。


「申し訳ありません。遅くなりましたー」


 急いで出て来たのか、髪はボサホザで口にゴムを咥えていた。


「えっとお客様はどちらに……はえ?」


 そしてイルゼとリリスを視界で捉えるや否やあまりの美しさについ見惚れてしまった。


(え、なんて可憐…………はっ! いけません)


 だが実直な司書としてすぐに理性を取り戻す。


 美少女二人は、そんな女性の心の葛藤に気付くことはなかった。


 自分達が可愛いという自覚があまりないのだろう。


 イルゼはもちろんのこと、リリスも自分の周りに人が寄ってくるのは可愛いからではなく、魔王としての偉大さによるものだと思っているからだ。


「これはこれは可愛らしいお客様ですね。ここにはなんのご用ですか? 本をお探しでしたら向こうの窓口でお願いします――失礼ですがこちらはお客様方にはあまり関係ないと思いますよ、禁書専門となっております故」


 髪を結いながらイルゼ達をやんわりと別の窓口へと誘導する。


 彼女からしたら年端もいかないような少女達が、魔導書グリモアを見たいなどとは夢にも思わないだろう。


 さらに武術の心得がない彼女からしてみれば、イルゼの力量に気付ける筈もなかった。


 自分達の事を軽んじられたと思ったイルゼとリリスは、むすっと頬を膨らませて抗議する。


 髪や目の色は違えど、二人の仕草は姉妹のように揃っていた。


「私たちはその扉の先に用があるの!」


「そうじゃそうじゃ!!」


「え、それは失礼しました……って許可はあるんですか?」


「ある! 陛下から好きに見ていいって言われてる。連絡来てないの?」


 イルゼは国王と連絡を交わした時、図書館には伝えておくと言われていたのだ。


「…………少々お待ち下さい。上の者に確認してまいります」


「ん」


「うむ」


 女性を待っている間、二人は『ジャンケン』をして遊んでいた。これもイルゼが本で読んだと言う東の国の一般的な遊びらしい。


 イルゼがチョキ、リリスがパー出す。


「ぬぁ! また負けた」


「リリス、さっきからパーしか出してないよね?」


 暫く遊んでいると、女性司書が慌てた様子で戻ってきた。


「すみません確認が取れました。Sランク冒険者のイルゼ様とそのご友人でお間違いないですか?」


「間違いない」


「友人というより戦友ライバルだがな!」


 聞けば上司が別の案件で忙しかったせいで、女性司書への連絡が遅くなっていたらしい。


 まさか多忙である高ランク冒険者が、連絡があったその日のうちに来るとは思っていなかったからである。


 事実、高ランク冒険者と言われるBランク以上の冒険者達は様々な依頼を受け、多忙である事がほとんどだ。


「改めまして。私はこの名誉ある王立図書館で働かせて頂いているリーゼと申します。本日はイルゼ様とリリス様の案内係を務めさせて頂き恐悦至極です。今日一日限りですがどうぞ宜しくお願いします」


「ん。よろしく」


「うむ。くるしゅうない」


 リーゼが特別な本が保管されている書庫の前に立ち、扉の前に描かれている紋様を指で不規則になぞる。


 そして首から下げていた鍵を鍵穴に挿し込んだ。


「はい、開きました」


 扉を押し二人を中へと通す。


 書庫の中は、ほどよい室温に保たれており、それは本を劣化させない為だとイルゼはすぐに気づいた。


(私の部屋を保存していた魔法と同じものだ)


 魔法名までは思い出せないが、それは自分が五百年間眠っていた部屋にかけられていた魔法と同じであった。


「それではこ案内させて頂きます。旅路に役立つ魔導書グリモアをお探しでお間違いないですか?」


「うん、合ってる」


 ではこちらにと、二人はリーゼに先導されながら書庫の中を進んだ。

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