第22話 オススメスポット=デートスポット

 イルゼ達は、ミラから教えてもらった次のオススメスポットに向かっていた。

 そこは疲れた身体を癒す――もといリラックス出来る場所だとだけミラは説明していた。


 なので行ってみなければ詳しい事は分からなかった。


「のうイルゼ。よく最初の一本で当てれたのう。何かコツでもあるのか?」

「ん。魔力を少し使った」


「魔力を?」

「うん。魔力を弓矢に乗せて放ったの。今のリリスにも魔力はあるから、ある程度は出来るはず」


「そうなのか……なら普通に矢を放ったわけではないのか」


「普通に矢を放ったら、絶対に射抜けない」

「それはどういう事じゃ?」


「店主の人は何も言わなかったけど、あれ魔力で矢を誘導されてた」


 イルゼは店のどこかに、特定の物を操作する魔道具が置いてあるのではないかと睨んでいた。


 決定的な証拠が無かった為、問いただす事は出来なかったが、弓矢の確認をしていた時、微かに魔力の流れを感じたと言う。


「つまり店主が景品を取られないようズルをしていたということか」

「ん。そういう事になる」


「ぬっ、なんとあくどい奴じゃ!」


 リリスが今来た道を戻って、店主に文句を言いに行こうとするのをイルゼが止める。


「行っても無駄。もう証拠は隠されてるだろうし、適当に誤魔化されるのが関の山」

「だが……」


「心配しなくても明日にはあの屋台は無くなってる。最後、私に話しかけてきたのは仕掛けに気付いていたかどうかの確認だから」


「それなら……」

「それに、私は今リリスと街を観光する時間を無駄にしたくない」


「イルゼ……!!」


 イルゼが「ん」と手を差し伸べる。リリスもイルゼの柔らかい手を取る。


 そのまま指を絡めたいなと、リリスはイルゼの指の間に自分の指を絡めかけたが、そういう事をするのは恋人同士か、特に仲のいい間柄に限るという母の教えを思い出し断念する。


 リリスがよくても、イルゼの許可――つまり双方の合意の元でなければ、ぶっとばされても仕方がないのだとリリスの父は言っていた。


 リリスが生まれる前の話だが、父は許可なく母の手を握って、空の彼方まで飛ばされた経験があるのだ。


「うう〜」

「?」


 自分の願望と両親の教えで、リリスの心は葛藤していた。


(今回はイルゼの方から繋ぎたいと言ってきたわけで、ならいいのでは……いやしかし、余とイルゼの関係は……)


 そんなリリスをイルゼが怪訝な様子で窺う。


「リリスどうしたの? あ、もしかして手を繋ぐの嫌だった? 私もリリスも迷子になりやすいから手を繋いだ方がいいと思ったんだけど……魔王のリリスには余計なお世話だったね」


 普段は言葉数が少ないイルゼが、この時ばかりは口数が多く、不安そうな顔をしてリリスから手を離そうとする。


(なっ!?)


 リリスは離れようとするイルゼの手を瞬間的に掴み、握った。思っていたより力が込められていたようで、イルゼは少し痛がった。


「いたっ」

「違うッ!! 余はイルゼと手を繋ぎたくないわけじゃない!」


「ん。そうなの? じゃあ何をそんなに悩んでるの?」


「うぐっ! それは……」

「言ってくれないと分かんない」


「……………………お主と指を絡めたい」 


「え」


(ぬぁぁぁぁぁーー!! 言ってしまったぁー!!)


 茹で上がったタコのようにリリスの顔はどんどん赤くなっていく。対してイルゼはきょとんとしているだけで、特に何も変化は見られなかった。


「別にいいけど」

「へ? いいのか?」


「うん」


「本当の本当にいいのか?」


「ん。構わない」


 そう言って、イルゼはリリスの手を取り、絡める。


「ぬぁ!」


 ぴょんと小さく跳ね上がるリリス。


 イルゼは手を繋ぐ事と、指を絡める事の意味の違いを知らなかった。だからリリスの意図にも気付けないし、リリスが考えている事にも辿り着けない。


 イルゼが指を絡める事の意味を知っているていで話を進めていたリリスは、自分は何を悩んでいたのだと馬鹿らしくなっていた。


「だって、意味なんてないでしょ?」


 同時にイルゼの「意味なんてない」という言葉にリリスは愕然とした。リリスにとって、イルゼと指を絡める行為はそれなりに心を許した証のつもりであったのだが、当のイルゼにとって自分は眼中にないのだと思い知らされた。


 もしや自分は友達でもライバルでもない、ただの監視対象として見られているのではないかと。


「の、のうイルゼ。イルゼは余の事をどう思ってるのじゃ?」

「リリスの事? んーと、魔王かな」


 当然とばかりに、イルゼは答える。しかし、それはリリスが求めている答えではない。


「それはそうなのじゃが……余はそう言う事を聞いているのでは……」


「? 早く行こ、夜になっちゃうよ」

「……ああ、そうじゃな」


 今、イルゼに答えを求めるのは早急かもしれない。

 しかし、この胸のもやもやは一体なんなのだろうかと、リリスは心中に問いかけるが、その答えが返ってくるわけではないので、一旦この話題は置いておく事にした。


(この答えは、自分で見つけるしかないのか……)


 曇った心は晴れないまま、イルゼに手を引かれリリスは歩き出した。


◇◇◇


 場所は変わり、イルゼ達はミラから勧められたリラックス施設を訪れていた。


 中には大小様々な機器が置かれている。横になれる物もあれば、椅子のような形態もあった。


 俗にいうマッサージチェアなるものだ。


 そして、その機器の一つに腰掛けた黒髪の美少女が甘い嬌声を上げていた。


「んぐっ……ぬぁ」


 その隣で銀髪の少女も、か細い吐息を漏らしている。


「……んぅ……」


 二人とも絶頂の頂へと目指しかけていた。二人をそこまで追いつめた相手は……『魔導機器メザイア』である。


 この施設では、疲れを心や体を癒やしてくれる魔導機器メザイアがたくさん置いてあるのだ。


 魔道具と魔導機器メザイアの違う点は、使い捨てやその場に置いて魔力を装填する魔道具とは違い、魔導機器メザイアは一度魔力を装填したら壊れるまで動く永久機関という点だ。


 造りは魔導人形ゴーレムと大差ない。


 イルゼは隣で、思わず抱きしめたくなるような嬌声を上げている魔王に軽口を叩く。


「ん。全然魔王らしくないね」


「そ、そんな事はないぞ! 余は立派なまおぉうぉぉぉ!!」


 マッサージチェアの快感に全身が襲われ、思わずリリスは昇天しかける。


 魔王であるリリスが快楽に溺れ、昇天しかけるほどマッサージチェアは凶悪な魔導機器メザイアであった。


「ふぅふぅ……そういうイルゼも、剣聖らしかない声を出しているではないか」


「そんな事はな……う、ん……」


 ほれ見たことかとリリスは、甘い吐息をこぼすイルゼに諸手を挙げる。


「あ、んぅ……」

「…………」


 その辺りでリリスはこれ以上ここに居てはならないと本能で感じた。嗜虐心をくすぐるイルゼに対し、何かよからぬ事を考える自分が目覚めそうだったからだ。


「イルゼ。そろそろ次に行こうではないか。もうすぐ日も落ちる。時間的に次の場所で最後じゃな」


「ん……分かった」


 イルゼは名残惜しそうに自分の座っていた魔導機器メザイアを見下ろす。滞在した時間は1時間ほどだったが、イルゼにとっては、ほんの数十分ほどの体験に感じた。


 それほど彼女は魔導機器メザイアの沼に嵌っていたのだ。 


「最後は、どこ?」


「この丘を登った所に、このランドラを一望出来る場所があるらしい。最後のオススメスポットはそこに決定じゃ!」


「ん。行こう」


 二人は手を取り、自然に指を絡めながら丘を登り始めた。

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