第21話 弓矢の少女

 ミラに勧められた場所へ向かうと、そこにはイルゼ達と同じ年頃の子供達が集まっていた。


「らっしゃい、らっしゃい。的に当てれば豪華景品が盛り沢山だよー!!」


 店の店主らしき男性が、声を張り上げて客を呼び込んでいる。店主の声につられて、家族連れも多く入っていく。


「リリス行こ!」


「うむ」


 とてとてとやってくる美少女二人に、店主の男性は気さくに声をかけた。


「らっしゃい、めんこい嬢さん方。銅貨一枚で一回だ。やってくかい?」


「ん。どうするリリス?」


「ふふ、余の力、とくとご覧にいれよう」


 やる気十分のリリスに、イルゼも分かったと頷く。


 ゲームの内容は子供用に改良された弓矢で、店の奥に設置されている的を射抜くというものだった。


 子供用に扱いやすくなっている弓は、軽くてよく飛ぶが、その矢に殺傷能力は皆無である。


「ん。痛くない」


 イルゼがちょんちょんと矢の先端を指先で触ると、矢の先端には吸盤のような物が付けられており痛くなかった。


 そしてこの吸盤が、的に付けば当たり判定とのことらしい。


「はは、当たり前だろう。間違ってお客さんが怪我しちまったら大変だからね」


 店主とイルゼが話している横で、ピュンと隣のブースから矢が放たれる。


 矢は吸い込まれるように、一番手前の的に当たった。


「おめでとうお嬢ちゃん。景品のお菓子だよ!」


「うわーん!! また手前の的に当たっちゃった〜」


 隣の少女の籠には大量のお菓子が積まれていた。景品は、後ろの的に当てれば当てるほど豪華になる仕組みになっている。


 少女の籠には大小様々な種類のお菓子が入っている事から、最奥にある的以外は射抜けたという事だろう。

 最奥の的を射抜いた時に貰える景品だけは、お菓子ではないのだ。


「くましゃん……」


 賞品はクマのぬいぐるみなのだ。それも魔力で動く特別製のクマ。


「ううっ」


 少女は自分の財布の中を覗いて項垂れる。もうお金は残っていないらしい。


 お菓子の入った籠を抱えて、とぼとぼと帰ろうとする少女の腕をイルゼが掴んだ。


「待って」

「きゃ! え、お姉さん誰?」

 

「通りすがりの冒険者。ねえ、君はあのクマが欲しいんだよね? 私がとってあげようか?」

「え、本当!? あっ、でももうお金が……」


「なあに、お金の事は心配しなくてよい。我らはお金持ちであるからな」


「……私が貰ったお金なんだけど」


 リリスのお金持ちという言葉に、店主の男性がピクリと反応したのをイルゼは見逃さなかった。


 店主の男性はイルゼ達の元に、そそくさと矢と弓矢のセットを持ってきた。


「さてさて、お嬢ちゃんに当てれるかな?」


 挑戦的な言葉をぶつける店主に、イルゼは得意げな顔をする。


「あんまり私を舐めないで。でも、俄然やる気が出てきた」


「余を舐めるでないわ。一撃で落としてやろう!」


 イルゼはリリスの分も合わせて2枚の銅貨を支払う。店主の男性が「まいど!!」と言って、イルゼに矢を合計6本手渡して来た。


 一人3本までという事らしい。


 弓矢の経験があるイルゼは、早くもやる気満々に弓の状態の確かめる。


「むっ。これはどうやって使うのじゃ?」


 対して勢いぶっていたリリスは弓矢を持った事すらなかった。彼女の戦い方は基本、素手か魔術だからである。


 敵が使っているのは見た事はあるが、自分が使おうなどとは思えなかった。人間の武器は魔族にとっては玩具のようなものだからだ。


 リリスのたどたどしい手つきに、店主の男性はリリスを脅威ではないと判断する。


 反対にイルゼは素人ではないと警戒を高めるが、まさか少女に最奥の的は当てられまいと鷹を括る。


「むむっ」


 リリスとイルゼは暫く、他の客が弓矢を放つのを観察していた。


 すると、子連れの男性が最奥の的に矢を命中させた。


「よっしゃー! 店主さんこれでクマを……」


「残念。最奥の的は、中心にある赤い点を射抜いて貰わないとダメなんだよ。はい、お菓子」


 子連れの男性は、わんわん泣きわめく子供を宥めながら「やっぱりか、こんちくしょう」と言いながら帰っていった。


 どういう事だろう? とリリスは見物に来ていた近くの女性に話を聞いた。


「ああ、それはね」


 聞けば、店主が代わり、赤い点を射抜かなければならなくなってから、もう何年もクマのぬいぐるみを手に入れた者はいないという。


 それまでは先程の子連れの男性が、何度かぬいぐるみを手に入れたのを見たことがあるという。

 

「ん……」


 イルゼがよーく目を凝らして的を見てみると、本当に米粒のような小さな小さな赤い点が見えた。


 この赤い点の中に、矢の吸盤を当てたら豪華景品が貰えるらしい。


「……じゃあ先にリリスがやってみて」

「余からやるのか!? 分かった」


 リリスが弓をキリキリと引き、的を絞って掛け声と同時に矢を放つ。


「ほりゃ!」


 しかし、矢は最奥の的に当たるどころか、手前の的にすら届かないまま店内に落ちた。


「リリス。引きが足りない」


 イルゼからの助言を受けて、今度は思い切り引いて矢を放つ。すると最奥の的を狙った矢はそれを通り越し、店の壁に激突した。


「引きすぎ」

「ぬあ〜!!」


 あっという間に残りの矢は一本になってしまった。店主の男性は可哀想なリリスに一本サービスしてやろうかと考えていた時、イルゼがスッとリリスに寄り添い、手取り足取り教え始めた。


 おや? と店主の男性は様子見する事にした。


「弓はこんな感じに持って、目線は的を見据える。この矢は直線に撃っても次第に高度が下がるから少し上を向けるといい。あとは……」


 イルゼがリリスの手を取りながら丁寧に弓の扱い方を教えていく。吐息がかかるほど間近に迫ったイルゼに「はわわ。近い近い」とリリスは顔を真っ赤にして話を聞くどころではなかった。


「リリス聞いてる?」

「聞いてる。聞いてるとも」


「じゃあよし。これでさっきよりは出来るはず」


「よ、よーし。今度こそ当ててやるぞい」


 リリスが意気込んで矢を放つ。

 結果は惨敗だった。


「うう〜余はこんなにも不器用だったのか」


 イルゼに至近距離で近づかれて、パニックになりかけていたリリスは当然の事ながら上手く弓を扱う事が出来なかった。


「リリス才能ない」


「ぐぬぬっ……そういうイルゼはどうなのじゃ」


「まあ、見てて」


 今度は自分の番だと、イルゼは先程、状態を確認した自分の弓で矢をキリキリと引く。


 そして呼吸を整え、完成されたフォームで的に向かって矢を放つ。


 それはまさしく狩人であった。


 放たれた矢は風を切るように、最奥の的に向かって駆け抜け、見事命中した。


「「「おお〜!!」」」


 周囲にいた見物客達が驚きの歓声をあげる。一番驚いていたのは店主の男性であった。


「確認して」


 恐る恐る店主の男性が射抜かれた的を確認する。そして、他の客にも見えるよう的を大きく掲げ、声を張り上げる。


「で、出ましたー! 数年ぶりにクマのぬいぐるみを手にする者が現れましたー!!」


 少女の圧倒的な技量に誰もが息を呑んだ。


 イルゼの放った矢は、一寸のズレなく赤い点の中心にその吸盤が張り付いていた。


「おめでとうお嬢ちゃん。いやー本当にすごい。まさか本当に射抜くなんて……おじさんの完敗だよ。どこでそんな技術を?」


「昔、知り合いから習った」


「そうかい、そうかい。その知り合いはさぞや腕利きだったんだろうね。はい、これは景品のぬいぐるみだよ」


「ありがと」


 店主の男性からクマのぬいぐるみを受け取ると、リリスの隣で「ほえ?」と目をパチクリさせていた少女に手渡す。


「はい、ぬいぐるみ」

「あ、ありがとございます!」


 少女はイルゼからぬいぐるみを受け取ると、はにかんで笑った。そして嬉しそうにぬいぐるみを胸に抱き、もう一度イルゼにお礼をした。


「ん。喜んでもらえてよかった」


「うむ。大切にするんじゃぞ」


 イルゼとリリスが次のオススメスポットへ行こうと踵を返した時、少女がびっくりするほど大きな声を上げた。


「わたし、絶対お姉さんみたいな弓使いになりますねー!!」


 イルゼとリリスはその声量に驚いたものの、振り返ったイルゼは少女に向かって微笑んだ。


「待ってる」


 それだけ伝えると今度こそ本当に二人は立ち去った。


(イルゼの本職は剣使いなのじゃがのう)


 リリスは圧倒的な技量を見せた銀髪の少女に、才能とは恐ろしいなぁと呟いた。

 その独り言に銀髪の少女は小首を傾げた。


「?」




「お姉さん……」


 少女は二人の姿が完全に見えなくなるまで、その後ろ姿を見つめていた。


 その後、大人になった少女が、立派な狩人――並びに冒険者となって百発百中の名手と呼ばれるようになったのを耳にしたイルゼ達は酷く驚嘆したという。


「ん。思いのほか化けた」


「よ、余は分かっていたがな」

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