第17話 崇拝 そして決着

 イルゼ達と少し離れた場所で、白と黒を基調とした外套に身を包んだ人物が、腰のアイテム袋から大きな青の水晶玉を取り出し魔力を込めていた。


「危なかった。もう少しで『剣聖イルゼ』に見つかる所でした」


 魔力は平民、貴族、王族、誰であっても、魔力量の違いはあれど、みな等しく有している。

 しかし魔法を不浄のものとし、魔法が廃れた今では魔力の活用の場はほとんど無いに等しかった。


 唯一、日常生活で使用を許される魔法は、軽度の汚れや酩酊を浄化する『浄化』や濡れた衣服や髪を乾かす『乾燥』など、初歩的な生活魔法のみだ。


 そのどれにも攻撃性はない。


 ただの生活魔法である。


 ある時、魔法を使う以外で魔力をもっと有効活用出来ないかと、ある物好きな研究者は言った。


 それから彼は、30年に及ぶ年月をかけて魔力を使った道具を作る研究に没頭した。


 そして歴史に名を残す偉業を達成した。


 彼は魔力を流し込む事で使用する事ができる道具を開発し、彼はそれを『魔道具』と名付けた。


 当時は世間に認められなかったものの、彼の死後、その功績が認められ、稀代の天才発明家として後世に語り継がれる事となったのだ。


「魔力を入れてっと……」


 最初に発明した魔道具は、魔力で明かりを灯す洋灯だと言う人もいれば、遠くの人と会話できる通信機だと言う人もいた。


 どこまでが本当でどこからが嘘かは分からないが、今、世界に出回っているほとんどの魔道具は彼の発明した物か、それを改良した物であった。


「…………もしもし?」


 水晶玉から声が聞こえて来る。そして半透明な玉の中に相手の姿が映る。

 魔力が入れられた事により水晶玉は本来の機能を発揮したのだ。


 これはイルゼの持つ通信機と似たような物であり、同じ色の水晶玉を持つ者同士、どんなに遠くに居ても容易に連絡を取り合う事が出来る魔道具だ。


「マスターすみません『剣聖』に気取られました。異形と戦っている隙をつこうと思いましたが、思いのほか、外部への警戒が強かったようです」


 漆黒の外套を身に纏った人物は、水晶に映る主をマスターと呼び、深々と頭を下げながら事の次第を報告をする。


「そうか……だが、まだ焦る段階ではない。ゆっくりと事を運びたまえ」


 水晶玉に映る人物――マスターは落ち着いた声でこのまま計画を進めるよう促す。


「ありがたきお言葉。必ずや我等の悲願である、の尊きお方、暴虐の魔王リクアデュリス様の完全復活を果たさせます」


「ああ、前のような失態はもう犯せない」


「ええ、復活の時期を早めようとして失敗した挙句、せっかく復活なさった魔王様が人間になってしまっていたのですから」


 遠くからずっと見ていましたが、魔王の威光も何も感じられないただの女の子になっていて驚きましたよと彼女は水晶玉に笑いかけた。


「今後も引き続き監視を継続してくれ。可能なら拉致する事も念頭に入れておくんだ」


 それは無理ですよ。だって剣聖が四六時中そばにいるんですからと、彼女は大袈裟に手を胸の前でぶんぶんと振るう。


 それもそうかと、マスターのから笑いが水晶越しに届く。


「必要に応じて魔剣を他者に譲渡してもらって構わない。それは君の判断に任せるよ。あの少年のようにね」


「ええ、次はもっと頑丈そうな人に渡そうと思います」


 他者に搾取される日々に飽き、絶対的な力を欲しがっていた少年に魔剣を授けたのは彼女であった。


 それはスラム街で暮らす少年達の中でも、カースト最底辺であった少年を一夜にして頂点に立たせるほどの力があった。


 彼が魔剣を使用するのは二度目だった。しかし、それが限界であった。


「君には期待しているよ」


 その強大な力の代償が今、少年の身体を呑み込み、蝕んでいるのだから。



「はっ! 必ずや我等の悲願を」


「ああ、ではまた」



「「魔王様の加護があらん事を」」



◇◆◇◆◇


 時を同じくして、イルゼと怪物の決着の時が迫っていた。


「はぁ!!」


「グギィ!!」


 イルゼが怪物の首を狙い出した途端、怪物は猛攻をやめ、防御に徹しだしていた。


 リリスの読み通り怪物の弱点は首だったのだ。


 何度も何度も剣を首目掛けて振られ、怪物は必死になって両腕を使って首を守る。

 イルゼと怪物の通った道には、ピクピクと動く黒い腕が何本も転がっていた。

 全てイルゼが斬り落としたものだ。


 そして怪物の身体にも異変が生じていた。


(遅い、確実に再生が遅くなってる)


 その再生スピードは、戦いが始まった頃に比べ、僅か数秒程だが確実に遅くなっていた。

 度重なる攻防の末、驚異の再生能力を誇っていた怪物の身体の方が先に悲鳴をあげたのだ。


 そしてイルゼにとって数秒という瞬き程度の時間は、怪物の首を斬るのに十分過ぎる時間であった。


 今が好機とイルゼが再び首元を守る怪物の両腕を斬り落とす。

 二本の黒い豪腕が地面にぼとりと落ちた。


「ギィ!?」


 本能的に死の恐怖を感じた怪物が、咄嗟に自分の斬られた腕先を見る。すぐさま再生を始めた事に安堵し、再びイルゼの姿をその目に捉えようとするが、


 その一瞬が命取りとなった。



「殺った」



 純白の剣がイルゼに呼応するかのように光り輝き、怪物の首にイルゼの愛剣がするりと入り込む。

 そのまま黒い皮膚をズブズブと切り裂きながら、横へ横へと刃が移動する。


「グキャァァァァァァァ!!」


 怪物は恐ろしいまでのかなきり声を上げる。ジタバタと暴れる怪物をイルゼが「動かないで」と片手で肩を掴み固定する。


 やがて、怪物の真っ黒な頭がぽとりとリリスの顔前に降って来た。



「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」



 おぞましい顔に見つめられたリリスは、自分が魔王である事も忘れ、はしたない悲鳴を上げてしまう。


「それは計算外」


 絶叫をあげまくるリリスに、イルゼは申し訳なさそうに一言呟く。

 イルゼは斬り落とした首の落下地点までは考えていなかった。


 首を失った怪物の身体は、黒い皮膚がぽろぽろと崩れだし、最終的に、元の少年の姿に戻る事なく全て黒い灰と化した。


 同時に取り込まれていた魔剣も少年と同じく灰となる。


 イルゼはそんな黒い灰の一端をすくいあげると、少量を小袋に入れて仕舞った。


(何かの役に立つかもしれない)


 回収した灰は、ギルマスや国王に渡せば鑑定して有益な情報をもたらしてくれるだろうという魂胆だ。


 イルゼとしても、リリスとしても魔剣の出所は今後の旅の安全を考えると是非とも知りたい事象だった。



 屋根から飛び降り、地上へと降り立つと丁度斬られた首の方も灰になる所だった。


「イルゼ……お主、今酷い姿をしておるぞ」


「リリスの方こそ、髪ボサボサ。あと胸が溢れそう」

「今、胸は関係ないじゃろ!!」


 咄嗟に胸を抑えるリリスに、イルゼは可愛いと言って笑みを浮かべた。

 妖精のようないじらしい笑みであった。


 そんなイルゼをリリスは冷めた目で見つめる。


「いや、イルゼも普段は可愛いのじゃが……今はちょっとのう」


 リリスはイルゼの全身を隈なく流し見る。

 愛らしい笑みとは反対に、イルゼの雪のような白い肌と髪は怪物の鮮血によって黒く染め上がっていた。


 イルゼも自分の身体を見て不快感をあらわにする。

「お風呂入りたい」


「余も入りたい」


「一緒に入る?」


「……変な事をしないのならいいぞ」


「…………たぶん無理」


「おい!」


 口では何と言おうが、どうせ自分はイルゼと入浴する事になるのだろうとリリスは悟っていた。


 それはこの間一緒にお風呂に入った時によく分かった。

 イルゼは他人の身体を洗う事は得意であったが、自分の身体を洗う事は下手……というのより、かなり適当だった。


 表面上の汚れだけを気にし、身体の隅々まで綺麗にしようという崇高な志は無かったのである。


 だからリリスが仕方なくイルゼの身体を隅々まで洗ってあげたわけだが。

 今回もそうなるという確信があった。



(それと、あんなに恥ずかしい思いをするのは二度とごめんじゃな)


 リリスの脳裏に、初めてイルゼと風呂に入り、身体を弄られた思い出が映し出され身震いする。


(同性に触られるのは嫌ではないのじゃが……イルゼ相手だと少々恥ずかしく感じてしまうのは何故なのじゃろうか)


 昔、魔王城で姫様と呼ばれ、メイドに湯浴みをしてもらっていたのを懐かしく感じるリリスであった。


(あれから何百年も経ってしまった。今、隣にいるのが宿敵である『剣聖』だとはあの時いた誰もが想像しておらんかったろう)


 リリスが感慨にふけていると、イルゼが無邪気に近寄ってくる。


「リリス、帰ろ!」


 そう言ってイルゼはリリスに手を伸ばす。


「うむ」


 リリスもその手を取った。


 二人は仲良く手を繋ぎながら帰路を辿った。

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