第16話 異形 そして戦闘
少年は、たかが外れたように笑い続け、その狂気で満ちた目を爛々と光らせながらイルゼ達を睨みつける。
「ひえ!」
リリスがイルゼにしがみつき、イルゼは狂気を放つ少年を油断なく見据えた。
「リリスどうなってるの?」
そして少年の状態を怯えて縮こまるリリスに問いかける。
魔剣に詳しいのは魔王であるリリスだけだ。
リリスはこれは憶測だがと前置きをして、少年の状態をイルゼに分かるよう簡潔に説明する。
「恐らく精神が魔剣に侵され、壊れかけておる。魔剣の力は強大じゃ、強大なぶん非常に扱いづらい。だから並の人間が使用すればあのように正気を失ってしまうのじゃ」
「……成る程」
魔剣の力を得た人間は、普通の人間と違って脅威だとイルゼは認識を改める。
そしてリリスの説明はイルゼの中でさらに簡略化される。
魔剣は人を狂わせる。
少年は今、狂ったように笑い続けている。
このままでは、街に被害を及ぼす危険性がある。
だから討伐する必要がある。
「……イルゼ?」
「今からあいつをぶっ殺す。リリスは下がってて」
地頭は良いくせにイルゼは脳筋だった。
「わ、分かったぞい。イルゼも気をつけるんじゃ」
「ん」
リリスは後方に下がりつつ、今思い出したかのように相手は人間だが殺していいのかと聞いた。
「いいと思う。たぶんもう人間やめてる」
その言葉通り、少年の肉体は絶えず変化していった。
「オオオオオォ!! コレはきぶンがいい」
くぐもった声をあげ、少年の身体が魔剣を持った右手の部分から黒く染まっていく。
やがて何を思ったか、魔剣を自らの身体に突き刺した。
「な、魔剣を!?」
「ん。取り込んでる」
そのまま魔剣は少年の身体の中へ中へと入っていく……この場合吸収されたと言った方が正しいのかもしれない。
魔剣が全て、少年に吸収された後、少年から溢れ出る魔力が一気に膨れ上がるのを感じた。
(ん。危険)
イルゼはリリスに目配せし、
「今のうちに、伸びているあの子達を移動させて」
あちこちに倒れている少年達を指差す。その数、約20人前後。
「余が一人でか?!」
「当たり前。魔王ならそれくらいできるでしょ?」
まさか出来ないの? という目を向ける。これにはリリスも負けじと応じる。
「も、もちろん出来るとも。これでも余は大岩を三個同時に運んだ事があるのだぞ」
自分の全盛期の事を自慢げに語り、イルゼに自分は凄いのだと主張する。
そんな事はイルゼにも当然出来たため、特に凄いとは思われなかったようだが。
「死にたくないなら早くして!」
中々動こうとしないリリスに、イルゼは語気を強める。リリスは「は、はいぃー!!」という情けない声を出して、少年達を一人ずつ、うんしょ、よいしょと二人から離れた所に運び出す。
「はぁはぁ……もう無理じゃ」
5人目を運び出した所で、リリスは激しい息切れを起こした。
その様子を横目で見ながら、これは間に合わないなとイルゼは確信する。
今の魔王には、人一人を運ぶのがやっとだ。
「グルオオオオオオオオオオォ!!」
激しい咆哮がイルゼの耳に響き、視線を魔剣を取り込んだ少年の元へと戻す。
「んっ……」
もはや人の姿をしていなかった。
「化け物」
「なんと醜悪な」
イルゼとリリスは変異を遂げた少年の姿を見て、驚愕した。
少年の背中からトゲのような突起状のものが露出し、腕と足は黒く肥大化して鋭い爪を生やし、顔は原型を留めていない程、醜く変貌していた。さらに、その口のようなものからは、とめどなく白い液体が流れ出ている。
少年は人間とはかけ離れた異形と成り果てていた。
――初めて見る。
イルゼも初めて見る魔物であった。
冷静に辺りを見渡す。周りにはイルゼが気絶させた少年達とリリスがいる。
(ここで戦うのはまずい……なら)
イルゼは一度頭上を見上げ、
「ついて来い!!」
一声あげると、地面を思い切り蹴り上げた。
「グルァァァァァ!!」
怪物も咆哮を上げて飛び上がる。
二人は空中へと舞い上がり、屋根の上に一人の可憐な少女と巨大な怪物が降りたった。
すでに少年――怪物はイルゼの身長の約3倍程の大きさになっていた。
「グガァァ!!」
完全に理性をなくし、少年は獣と化してイルゼに牙を剥く。
「ここなら戦える」
イルゼは愛剣を引き抜き、白く透き通るような刀身があらわになる。
その刀身は醜い怪物の姿を映した。
「グルオオオオオオオオオ!!」
少年の理性は既に闇の底へと消え、獣のような凶暴性だけが残っていた。
目の前の獲物をただ狙うだけの存在に。
その鋭利な爪牙がイルゼの首を狙う。
「ガアッ!」
「んっ!」
間一髪の所でそれをかわす。スピードが桁違いに速くなっていた。
(これが魔剣の力……)
「ガアッ! ガアッ!!」
次から次に爪の斬撃を繰り出す。だが動きは至って単調だったので、だんだんとイルゼは慣れていく。
(次は右。その次は左から、次は……)
怪物が飛び上がり、一気に急降下してくる。それを目で捉えたイルゼが着地地点を正確に把握し、剣を薙ぐ。
「ギィャ!!」
イルゼの放った斬撃は怪物の左腕を斬り落とした。
「…………むっ」
腕を落とした後、一度離れて様子を観察していたイルゼだったが、その眉間に皺が寄る。
斬られた腕の先からグチュグチュと嫌な音を立てながら肉が盛り上がり、新しい腕を生やしたのだ。
魔物、魔族が有する驚異の再生能力だ。
「グゥゥゥゥゥゥ」
怪物は低い唸り声を出す。腕を斬られた事に対し、イルゼに怒りを覚えているらしい。
幸いな事に怒り狂った怪物は自分の腕を斬ったイルゼ以外見えていないようで、下にいるリリス達には目もくれず、
「――来る!!」
瞬足の速さで怪物はイルゼに迫った。イルゼも愛剣を構え、怪物を真っ向から迎え撃つ。
「ギィャア!!」
少女の純白の剣と怪物の黒い爪が何度も交差する。
至近距離にもかかわらず怪物の鉤爪は、イルゼを傷つける事は叶わなかった。それはイルゼが全て避けるか、受け流すかをしているからである。
逆にイルゼの愛剣は、怪物の猛攻の合間を縫って何度も何度も怪物の身体を切り裂く。
怪物の身体を斬るごとに、黒い肉片が辺りに飛び散り、同時にイルゼの身体を黒く汚していく。
「ふっ!!」
ここでイルゼがまだまだ余裕があるぞとでもいうように、攻撃に転じた。
攻撃に転じたイルゼにより怪物は一気に後ろへと押されていく。それでも尚、足を踏ん張り、イルゼによだれだらけの牙を向ける。
「むっ……」
そこでイルゼは一旦怪物から距離をとる。
牙は驚異ではなかったが、よだれは浴びたくなかった。
怪物のよだれが屋根を溶かしていた。
「……胃酸?」
どっちみち受けたくはない攻撃だった。
イルゼの身体も少し傷ついていた。しかし、ものの数秒の内に傷が修復される。
彼女の持つ稀有な治癒能力おかげだ。
これではどっちが怪物か分かったものではないと、下で戦いの行方を見守っていたリリスは溜息をこぼす。
(こいつ単純)
体勢を整えた怪物は馬鹿の一つ覚えのように、真っ正面から突っ込んでくるだけなのでイルゼとしては対処が楽だった。しかし、
(また再生した)
斬っても斬っても、怪物の身体は再生し続けた。心なしか、再生する度に強度が増したようにも見える。
「むぅ、どうしよう」
戦いの最中だというのに、顎に手を添え怪物を倒す方法を考える。今までこれほどの再生力を持つ魔物は見た事がなかった。
これも魔剣の力という事なのだろう。
(細切れにする?)
思考中のイルゼに黒い爪が迫る。それをほとんど見ずにかわしながら、軽く剣を振り、怪物の足を切断する。
「やっぱり硬くなってる」
難なく斬れたものの、刃を通す時に違和感を感じた。
怪物は朽る事なく、再生を終え、再びイルゼに向かってくる。
「めんどくさ――誰っ?!」
イルゼが突如リリスの方を向いた。
「ふぁっ?! な、なんじゃ!!」
リリスも後ろを振り返るがそこには誰も居なかった。
下からイルゼに声をかける。
「誰がいたのか?」
「間違いなく誰かいた……と思う」
最後の方は小さくてよく聞き取れなかったが、イルゼによると、誰かがこちらの様子を伺っていたとの事だった。
だがリリスはそんな視線を微塵も感じなかった。
(間違いなく誰かいた)
しかしイルゼは誰かが見ていたと確信していた。
(魔剣もそう……必ず背後に誰かいる)
それは第三者――可能性があるとすれば『オメガの使徒』が関わっているのかもしれないと思い至る。
ただの少年が魔剣を手に入れる事など、ほぼ不可能な為、間違いなく背後に誰かついてる筈だ。
(それなら、私のポーチを盗んだのもここにおびき寄せる為の罠だったのかもしれない)
もしもそれが全て仕組まれたものだとしたら、ここに来た事自体間違いだったのかもしれないという不安が頭をよぎる。
イルゼの思考を邪魔するかのように、怪物の爪牙がイルゼを襲う。
「ガアッ!」
「んっ!」
イルゼは一刻も早くこの戦いを早く終わらせようと、漆黒の怪物に意識を切り替える。
そんな時、ずっと下でイルゼの戦いの行方を見ていたリリスが声を張り上げる。
「首じゃ! イルゼ、奴の首を斬れ!!」
「――分かった!」
イルゼは愛剣を握りしめ、リリスの助言の元、怪物の首元目掛けて、剣を振るった。
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