第15話 制裁 そして魔剣

「おらぁー!」


 少年の一人がイルゼに飛びつく。

 イルゼはそれを危なげなく躱すと、その横腹に拳を叩き込んだ。


「んっ!」


「がはっ!」

 メキメキと嫌な音を立てて、少年は、他の少年達を巻き添えに後方に吹き飛ばされる。


 壁に激突し、その一部が衝撃で剥がれ落ちる。拳を叩きこまれた少年はもちろんのこと、道連れにされた少年達も目を回し、行動不能に陥っていた。


 だが死んではいない。死なない程度にイルゼが手加減したからだ。


 リリスは壁の下で伸びている少年達を見て、「ひえー」と間延びした声をあげる。


 そして、一瞬で壁までぶっ飛ばされた仲間を見て、初めて少年達は怯えた表情を見せる。

 中には我先にと逃げ出す者もいた。


 それは、正しい選択である。


「面倒くさいから、一斉に来ていいよ」


 イルゼが不敵な目で残った少年達を挑発する。

 

「舐めんな!!」


 兄貴の号令で、四方八方から少年達が迫る。その中にはイルゼからポーチを盗んだ少年もいた。


 囲まれて襲われれば、リリスが怪我をするおそれがある。


 この時のイルゼには二つの選択肢があった。


 一旦リリスを抱え、屋根の上に飛び退く道。

 そしてもう一つは……


「リリス、伏せて!!」


「――ッ!!」


 イルゼの意図を察したリリスが素早く頭を下げ、身体を縮こませる。

 その瞬間、少年達はイルゼの姿を見失った。

 次に見えたのは意識を刈り取られ、倒れる仲間の姿だった。


「あっ……」


 少し後方にいた少年は見てしまった。

 鬼神の如く、正確に少年達の頭や顎にまとめて回し蹴りを放つ少女を。


 ほんの一瞬の出来事だった。


(今のはあの時の……)


 リリスはその回し蹴りを一度見たことがあった。


 魔王との激闘の最中、剣を落としてしまったイルゼに、機会を狙っていた十体ほどの魔族が彼女を囲うように迫ってきた。

 その時も彼女は不敵に微笑んだ。


 そして彼女は今と全く同じ動きで――足の力だけで魔族の首を飛ばしてみせた。

 まるでお前ら程度に剣は必要ないとでもいうように、絶命した魔族の首を流し見ていたのを覚えている。


 五百年という長い月日が流れてもイルゼの技術――力は健在であった。


 一つあの時と違う点があるとすれば、少年達の首と胴が離れなかったという点だろう。

 イルゼに手加減され、気絶程度で済んでいたのは不幸中の幸いである。

 それでも中には、顎が割れてしまった者もいるだろうが。


 残されたのは二人の少年であった。一人は少年達のリーダー格である兄貴と呼ばれていた丸刈りの少年。

 もう一人はイルゼからポーチを盗んだ少年であった。


「……まったく使えねえ野郎共だ。おい、雑魚を倒したからっていい気になってるんじゃねえぞ」


 仲間がみなやられてしまったというのに、彼は強気の姿勢を崩さなかった。 


 それと反対に、


「ご、ごめんなさい。これ返します」


 ポーチを盗んだ少年が、おずおずと歩み出て、イルゼのポーチを差し出した。


 その手は酷く震えている。


 イルゼは差し出されたポーチを素直に受け取り、大事そうに抱える。


「ん、ありがと。でも人の物を盗むのは良くない」


 少年の目は怯えきっていた。

 ここからどうすればいいか分からないらしい。


「あの、本当にごめんなさい。これからはもう二度としません!」


 少年は泣きながら謝罪の言葉を口にする。

 誠心誠意の態度を示せば、少なくとも仲間と同じ目には遭わないだろうという魂胆だ。


 イルゼは初めて戸惑いの表情をみせる。まさか少年が誠心誠意に謝るとは思っていなかったのだ。

 そして目をパチクリさせた後――笑った。


「分かった。じゃあ目を瞑って」


「えっ、え!?」


 そばかすだらけの少年の頬に手を添える。それは氷のように冷たく、冷え切った手であった。


 イルゼが口端を吊り上げる。


「ひっ!!」

 少年の泣き落としまじりの謝罪は、修羅となったイルゼには通用しなかった。

 もとより自分の物を盗んだ少年にはこうするつもりだったのだろう。


「その腐った性根を叩き直さなきゃね!!」


 腐った性根は叩き直すものだと本で習った。

 そして彼女は本で習った通りに、少年の頬っぺたを思いっきりひっぱたく。


 パチーンといい音が路地裏に鳴り響いた。



「いったあああああああああああああ!!」



 少年が大きな声をあげ、叩かれた頬を抑え、うずくまる。そしてぐすんぐすんと泣き始めた。


 謝った事により、他の少年達に比べれば手加減されたのだろう。


 リリスの危惧していた通り、知識として習った事を実践に移すイルゼは、他人と少し考え方がずれていた。いや純粋だとも言える。


 本から学んだ通り少年を折檻したのだから。しかし頬をひっぱたくとは書いていなかった。

 完全にイルゼのアドリブである。


「泣かない。男の子でしょ」


 イルゼは慰めるつもりでそう声をかけ、更に少年に追い討ちをかけた。

 そんな少年をリリスは不憫に思った。


(あれは……痛い)


 思わず、自分の頬もおさえてしまうリリスであった。


 これで残すは、リーダー格の少年だけである。


「ふん。弱虫め」


 うずくまる少年を足蹴に、暴言を吐いた。

 イルゼは、この不遜な態度をとる少年にはポーチを盗んだ少年より、更にきついお仕置きが必要だと感じた。


「覚悟はいい?」


 イルゼがゆっくりとした足取りで近づく。その後ろでリリスは少年の様子を観察していた。


(なぜ、こんなにもこの少年には余裕があるのじゃ? 何か切り札でもあるのか?)


 リリスの予感は正しかった。

 少年の元にあと数歩という所で、少年が懐に手を忍ばせたのだ。

 その直後、禍々しい魔力が少年から放たれた。そしてそれをイルゼよりも先にリリスが感じ取った。


「イルゼ避けろ!!」


 イルゼは持ち前の勘で咄嗟に横へ飛び、それを避ける。

 魔力の波動がイルゼのすぐ横を走り抜けた。


「なに……今の?」


 今しがた自分のいた場所は、何か巨大なものが走った様な跡のように粉々に粉砕されていた。


 禍々しい魔力の波動による攻撃だという事だけは分かった。

 彼の手を見る。その手には一振りの小剣が握られていた。


 その小剣からは邪悪な気配が漂っていた。


「はははははははっ!! どうだ凄いだろう!!」


「むう……」


 イルゼが唸る。流石にあれを直にくらえばイルゼであってもタダではすまない。


(あれは……)


 リリスは小剣の正体を知っていた。


 使用している少年でさえ、それの名称は知らなかったのだが――魔王は知っていた。


「……なぜお主がそれを持っておる」


「リリス? あれを知ってるの?」


 知っているとリリスは告げる。じゃあなに? とイルゼは問いかける。

 その問いにリリスは重々しく口を開いた。



「魔剣アルフォンス――魔王城で管理されていた筈の魔剣の一つじゃ」


「魔剣アルフォンス? そんな物がどうしてここに?」


「…………」


 魔王城で管理されていた魔剣が、どうして少年の手に渡っているのか、元魔王のリリスにも分からなかった。


「ハハハハ、アハハハ、アハハハハハッ!」


 魔剣を手にした少年は狂ったように笑い続けた。

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