第13話 同僚 そして窃盗
「……なんで増えてるの?」
サラは信じられないと言った顔で、自分の机に置かれた大量の書類の一つを手に取る。
「貴方がサボったから」
同僚のエルサは、サラの方を向く事なく淡々と事実を告げ、自身も黙々と書類仕事に勤しんでいた。
エルサにそれを言われると、途端に何も言えなくなる。
確かにギルマスから面倒を見てやれと言われていたのもあるけれど、受付嬢として厄介ごとの処理に追われるのが嫌で、可愛い子達の方に逃げたのは事実だ。
イルゼがサラに教えて欲しいと言った時、サラは後ろめたいとは思っていた。
サラの後ろで「私と代わりなさい」というエルサの強烈な視線が送られてきていたからだ。
「はいはい、私が悪うございました」
その間、エルサは一人で仕事をしていた事になる。
だからサラは素直に謝った。
そして一気に現実に引き戻された気がしてならないと、ため息をつく。
(こんな無愛想な同僚でも、一応、孤児院からの幼馴染なのよね)
サラは黙々と仕事をこなす、幼馴染の横顔を見つめる。
エルサは受付嬢の中でも人気は中の下だ。口下手というのもあるのだが、その性格が幾分か人を遠ざけてしまっている。
(話してみると面白い子なんだけどねー)
そんな風に観察していると、不意に彼女が此方を向いた。その両頬は少し赤い。
「そんなに見つめないでくれる。恥ずかしいのだけれど」
それだけ言うとエルサは再び、書類へと向き直ってしまう。
(え、もしかしてツンデレ!?)
幼馴染の同僚は案外恥ずかしがり屋なのかもしれないと、サラはエルサと15年同じ時を過ごして、ようやく彼女の性分にたどり着いた気がした。
「エルサ。今度あなたに雑学を教わりたいと言ってきた人がいたらもっと笑顔で接してあげなよ。そしたら顧客が増えると思うよ」
サラは週に何度か、空き時間に新人教育として何人かの冒険者に魔物の生態、性質について、手広く教えていた。
もちろん、冒険者達は授業料持参で。
そのお金はギルドを介していないので、全て自分の物になる。
担当する受付嬢によって、料金は変わり、冒険者が必要に応じて好きな受付嬢を選ぶ。中には受付嬢と話がしたくて予約を取る者も多い。
サラの料金は高くもなければ安くもない設定だが、教え方が上手いと評判で新人達の間では人気の受付嬢だ。
「余計なお世話よ」
反対にエルサの料金は高く設定されている。まるで誰も来るなとばかりに。
「ああそうですかい」
冷たくあしらわれ、こちらも適当に返事をする。イルゼとリリスが居ないギルドにサラの癒しは無かった。
無音となった室内で、サラとエルサのペンを走らせる音が室内に響く。
そんな中、一つ大きい欠伸をしたサラはおもむろに口を開く。
「それで、なんでリリスちゃんをけしかけたのかな?」
「……気付いてたのね」
「だって、エルサとリリスちゃんの会話が聞こえていたもの」
イルゼは勉強に集中していて気がつかなかったが、確かにサラはエルサとリリスが話している所を聞いていた。
「そう……だってあの子がいると、あの子の所に冒険者達がわらわらとやってきて煩いんだもの。気が散って仕事が捗らないわ」
そうですかいとサラは軽く相槌を打つ。
確かにリリスのような愛嬌があって、将来有望な美少女がいれば、男達は自然と寄ってくる事だろう。
「でもリリスちゃんは何も悪くないよ」
「そんな事分かってるわよ!」
エルサがそっぽを向いてしまった為、会話はこれで打ち切られる事になった。
(たぶんリリスちゃんに嫉妬していたんだろうなー。でも別にそれについて責めたわけじゃないのに……エルサの馬鹿)
こうなったエルサは暫くは喋ってくれなくなるので、仕方なくサラも仕事に精を出す事にした。
「どれからやろうか……」
一つの資料を手に取る。
まずは例のランク詐欺事件について調べる事にした。
◇◇◇
「次はあっちに行こう!」
「あんまり離れないで。人が多いから迷子になる」
「それはイルゼのほうじゃろ?」
「む、言い返せない」
活気のある市場を見て回りながら、ゆったりと歩くイルゼ達に一人の少年が勢いよく近付いてきた。
ドガッ!!
避けると思っていたイルゼの予想を裏切り、少年はそのままイルゼに体当たりしてきた。
「あ、いたっ!」
その反動で少年は尻餅をつき、イルゼも倒れかかってしまう。
「イルゼッ!!」
イルゼが倒れる寸前に、リリスがイルゼの腰を抱き、その華奢な体を支える。
イルゼとリリスの距離は、互いの息づかいが聞こえ、鼻と鼻がぶつかる距離にあった。
「あ、ありがと」
「うむ。気にするでない」
近距離で見つめ合った二人の顔は、火照り、赤くなっていく。
「――ッ!!」
リリスはすぐに腰から手を引き、イルゼも自分で体勢を整える。
リリスの反応にイルゼは少し恥ずかしかった。
(そんな反応しなくても……)
その間に倒れ込んだ少年は、すぐさま立ち上がり、イルゼに謝る事なくそのまま走り去ってしまった。
「むっ、逃げた」
「なぬっ!?」
リリスがすぐさま追いかけようとするのをイルゼは止める。
(捕まえるのは簡単だけど……時間の無駄かな)
イルゼは少年を追って折檻するより、リリスとの買い物を楽しみたいと思った。
「ぶつかって謝りもしないとは、なんとも不敬な奴じゃ」
反対にリリスは、少年に対して怒りを露わにしていた。まるで何かを誤魔化すように。
そしてリリスが聞こえもしない少年に向かって小言を言っていると、「あれ、あれ」と不安に駆られたイルゼの声が聞こえてきた。
「どうしたのじゃイルゼ?」
みるとイルゼが自分の身体をまさぐっていた。
(新しい趣味なのだろうか?)
「――ない、ないの!」
「何がないのだ?」
「お金の入った袋が……ポーチごと無くなってる」
いちいち出し入れするのが面倒くさいという理由で、紐で結び、愛剣と同じように腰にぶら下げていた筈のポーチが、紐の先端だけ切れ無くなっていた。
リリスが紐の切り口を見て、疑問を呈する。
「どこかに引っ掛けたり、自然に切れた場合、こんな綺麗に千切れるとは思えん。何か鋭利な刃物で切られたのではないか?」
「刃物? ――まさかさっきの子供に」
咄嗟に後ろを振り返るも、少年の姿はどこにも見えなくなっていた。
「リリス追いかけるよ! ポーチは絶対取り返す!!」
少年が走り去った方向に駆け出すイルゼに、リリスも遅れて走り出す。
今のイルゼは、お金を取られた事よりも、リリスと買い物する事よりも、自分の大切な物かもしれないポーチを盗まれた事で怒り心頭になっていた。
(――イルゼが怖い!!)
リリスがついて来れるよう、一定のスピードを保ちながら走るイルゼの横顔を見たリリスは恐怖した。
表情こそ変わっていないものの、その目が酷く据わっていたからだ。
暫くして、小走りで通りを走る少年の姿をイルゼの目が捉えた。少年は接近するイルゼ達に気付く様子はなく、イルゼから盗ったポーチの中を覗いていた。
イルゼのポーチは特別製で、アイテム袋と同じ作りになっている。
少年は一瞬驚愕の表情を浮かべた後、キョロキョロと辺りを見渡して、路地裏へと入っていった。
「あっちの路地に入ったぞ!」
「ん。絶対取り返す!!」
イルゼは決意を胸に、愛剣の柄に手を掛けた。
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