第10話 寝起きが悪い女の子

 朝日がイルゼ達の部屋を煌々と照らす。

 

 リリスは寝相が悪いせいで、枕と頭が逆になっており、布団も床にずり落ちていた。


 一方のイルゼは、ギラギラと照りつける日光に起こされ、仕方なくベッドから身をおこし、大きく伸びをする。


 目を擦りながら、隣のベッドを見ると、リリスはまだ眠っていた。


 イルゼはベッドから降り、所在なさげに備え付けの鏡を見る。そこには端麗な顔立ちをした少女が、とてもやる気のなさそうな目をしてこちらを見ていた。


 イルゼである。


 彼女のストレートな白銀の髪には、寝癖一つついておらず、それどころか朝日を浴びて、艶々と光沢を放っていた。


(昨日のシャンプーのおかげ……かも?)


 ミラから渡されていた石鹸とタオルとは別に、備え付けのシャンプーも五百年前とは大違いの性能であった。


 白銀の髪を指で軽く梳くと、指の隙間から髪の毛が、さらさらと流れるように逃げていった。


(触り心地がいい)


 イルゼは、暫くの間、つやつやになった自分の髪の毛を弄り、その感触を確かめる。


 実はミラが二人の為に、備え付けのシャンプーを他の物とこっそり替え、髪をつやつやにする成分が入っているシャンプーに取り替えたのだが、イルゼはそんな事知る由もない。


 十分にさらさら感を堪能したイルゼに、再び眠気が襲った。


(ん。まだ眠い)


 もう少し寝ようと、イルゼがベッドに戻ろうとした時、彼女は置いてあった鎧に気づかず、足を引っ掛け、転倒してしまう。


「へぶっ」


 顔から床めがけて思いっきりダイブした。


「痛い」

 

 床に手をつき、むくりと起き上がったイルゼの鼻は赤くなっていた。


 そう、彼女は朝が苦手なのである。


 ベッドに戻る前、リリスの布団がずれている事に気付き、手慣れた動作でリリスの布団を掛け直す。


 まるで何年も前から、一緒に暮らしているようだ。

 そこでイルゼは、リリスがうなされている事に、はたと気付いた。


「イルゼー……もう勘弁してくれ」


 小さな声で、助けて、許して、勘弁してくれ、と懇願を繰り返していた。


 どうやら夢の中でイルゼに虐められているらしい。


 どんな事をされているのかまでは、イルゼにも分からないが、大方昨日の浴場での出来事が原因だろう。


「ねむ」


 イルゼは眠気に耐えきれず、一度は起きたというのに、またベッドに潜り込んでしまった。

 それも自分のベッドまで戻るのが、面倒くさいという理由でリリスのベッドの中に。


「あったかい」


 リリスの温もりで、あっためられていた布団の中に潜り込むと、リリスを抱き枕のようにして寝息を立て始めた。


「うーむ」


 リリスが窮屈そうに身をよじるも、イルゼが離すことはなかった。


◇◇◇


「んーよく寝たのう」


 「快眠、快眠」とリリスは目を覚ました。


 そして、リリスはおもむろに窓の方に目を向ける。すっかり太陽は昇りきり、人がめまぐるしく活動していた。もう昼時である。


「イルゼは……って、ふぉ!?」


 リリスは、自分のベッドで芋虫のように丸まっているイルゼを発見し、思わず後ずさり、そのままベッドから落ちた。


「あだっ!」


 リリスはイルゼが侵入した事に、全く気付けなかった。人間になって注意力が散漫になっているからなのだろうか。


(一体いつの間に入られていたのじゃ?)


 気持ち良さそうに眠るイルゼの寝顔を見ながら、自分の寝顔も見られていたのではと、若干不安になる。


 しっかり寝ているのを確認し、その触れたくなるような、それでいて簡単に壊れてしまいそうな、あどけなさの抜けない端麗な小顔に近づく。


 そして、ぷにぷにとイルゼの頬をつつく。


「んー……」


 イルゼが眉間に皺をよせ、嫌そうに唸る。


「むぅ、こやつ本当に顔がいいのう。羨ましい限りじゃ」


 まじまじとイルゼの顔を見つめ、その美貌を褒めるリリスも、この世界で指折りの美人に入る事だろう。


(さすがに起こした方が……いいの)


 まだ寝かせておきたいのも山々なのだが、さすがに昼時、ミラや他の者も心配するだろうとリリスは意を決してイルゼを起こしにかかる。


「イルゼ、イルゼ起きるんじゃ! もう昼であるぞ!」


 リリスがゆさゆさとイルゼを揺さぶる。


「うーん、まだ……あと5分だけ寝かせて」


 小さく反応を返すイルゼ。

 リリスはその言葉を信じ素直に従った。


「あと5分じゃな。そしたらちゃんと起きるのだぞ」


「うん、起きるー」


 そう言いながら布団をかぶるイルゼ。


 リリスはその間、寝巻きから漆黒のドレスへと着替え、姿見を見ながら念入りにシワがないかなどをチェックする。


「うむ、今日の余も完璧じゃな。さてそろそろイルゼを……」


 リリスが5分経った事を確認して、イルゼを再度揺さぶる。


「起きるんじゃイルゼ。5分経ったぞ」


「いやだー……あと5分。むにゃむにゃ」


 イルゼは布団の端をしっかり抑え、縮こまる。


「さっき5分と言っておっただろう!! ほら起きろ時間じゃぞ!」


 リリスがガバッとイルゼの布団を剥ぎ取った。



「いやぁ!!」



 暗さに慣れていたイルゼは、眩い光を浴び、目を抑える。


「お主は吸血鬼か何かか!」


 呆れるリリス。

 それでもまだ布団にしがみつき、ベッドから出ようとしない頑固なイルゼであった。


「ぬぅ、これでも起きぬというのなら仕方ない……起きなければ、ちゅ、ちゅうするぞー!!」


 「がおー」とリリスがわざとらしく声をあげ、イルゼに覆いかぶさろうとする。


 すると、



「起きる」



 超速で反応するイルゼであった。


 そのまま、超速で支度をし、着替えを終えると、愛剣を携え「いこ!」と声を掛ける。


「ああ……そうじゃな」


 呆気にとらわれるリリスもイルゼのあとに続いて、宿と併設している食堂まで向かう。


 「そんなに余の事を嫌っておったのか……ショック」と小声で呟くリリス。


 魔王のくせにガラスのハートなリリスは、イルゼの反応にちょっぴり傷つき、犬のようにしょぼんと項垂れていた。


 一方のイルゼはというと……感情を表に出さないように必死になっており、その頬は少し赤みがかっていた。



(リリスのあんな顔、反則。あんなに初々しい顔で迫られたら起きるしかない)



 彼女の脳内では、先程の赤裸裸な表情をして自分に迫っていたリリスの顔がフラッシュバックしていた。


 もちろんリリスとて、本気でキスしようとしていた訳ではない。せいぜい、ほっぺたにするくらいだ。


 しかしイルゼは、キスというものは恋人同士がする事であり、それも唇にするものだと思い込んでいた。


 イルゼは五百年前、剣を振るう毎日だったので、そういう事に関する知識が欠如しているのだ。


(リリスって私の事好きなのかな? 私は剣聖なのに……)


 キスの事でお互い悶々と歩いていた二人であったが、食堂に着いた途端、そんなもやもやした気持ちなど吹き飛んでしまった。


「天使様ー! 昨日はよく眠れましたか? さぁさぁ、じゃんじゃん食べていって下さい」


 何故かコック姿のミラが、二人を沢山の料理と共に待ち構えていたからだ。

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