第9話 献身 そして就寝

「ここらへん?」


「もう少し下じゃな」


「ここ?」


「あーそこじゃ、気持ちいのう」


 イルゼは、リリスの背中をタオルでこしこしと一生懸命に拭いていた。


 健気に自分の体を拭くイルゼに、何故だかリリスは満足感を覚える。


(む、いかんな。よくないものに目覚めそうじゃ)


 そんなリリスの心中などいざ知らず、真剣な面持ちでイルゼは彼女の身体を洗う。


「気持ちい?」


「んー、魔王城が見えるぞ」


 リリスは目を瞑り、体を脱力させ、リラックスしていた。

 言っていることはよく分からないが、気持ちよくなっているのは明白である。


「? 気持ちがいいなら良かった」


 リリスはあまりの気持ちよさに、心ここにあらずという状態だ。

 よもやこの脱力しきった少女が魔王だとは誰も思わないだろう。


 暫くして、イルゼはリリスの背中からタオルを離した。


「ん、終わり」


 終わりの合図であるらしい。

 しかしリリスはまだ物足りなかった。だが、これ以上はイルゼに悪いと思い諦める。


「ぬ、もう終わりか。まあ仕方ないのう、ほれ次はイルゼの番じゃ」


 リリスが泡付きのタオルをこちらに寄越せと手を出す。だがイルゼは、フルフルと首を横に振った。


 そしてリリスをくるりと反転させ、藍色の瞳が深紅の瞳をしっかりと捉えた。


「まだ、終わってない。次は前」


「ま、まえー!? そ、それは自分で出来るぞ!」


 イルゼから予想外の言葉を受け、リリスは仰天する。


 イルゼはリリスの胸を凝視していた。



「ひっ!」



 リリスが胸を守るように自分のタオルで前を隠す。


 イルゼの狙いは、リリスにぶら下がっているたわわな果実らしい。


「ううん、リリスは出来ないよ」


 強い口調で否定されるリリス。いま、彼女の脳裏では昼間の出来事が鮮明に思い出されていた。


(ここで断らなければ、昼間の二の舞じゃ)


「の、のうイルゼ。よく考えろ、余は魔王であるぞ、それくらい自分で……」


「本当に魔王だったら背中を流してなんて言わない」


 少し、ほんとに少し学習したイルゼは、リリスの揚げ足をとりにかかる。


 だが言っている事は、正論でもなんでもなく殆ど言いがかりだ。


 それでもリリスには十分通用した。

 

「なっ、それは違う……」


「違くない、リリスは今から私に洗われる。これは決定事項」


 語気を強めるイルゼに、リリスは何も言えなくなってしまう。これ以上、反論すれば、さらに何か良くない事をされると感じたからである。


 もし、イルゼに無理矢理迫られれば、魔王の力を失った今のリリスの出来る事は皆無であった。

 

 ならば、少しでも優しくしてもらえるようという魂胆だ。

 しかし、やはり恥ずかしくリリスはくるりと向きを変えてしまう。


「リリス、こっちを向いて」


「そ、それは無理じゃ」


 頭の中では割り切っても感情はついて来ず、リリスの羞恥心もそれを許してはくれない。


「なんで? きちんと洗えないよ」


「…………恥ずかしいからに決まっておろう」


 そこまで言われてイルゼは、はたと気付く。いくら同性でも、これはやりすぎなのではないかという事に。


 向きを再び変えようとしていた手が止まった事に、お、これは助かるのではと? リリスの中で期待が膨れ上がる。


「リリス、ごめんね。嫌だった? 嫌ならしないよ」


 リリスは歓喜した。だがそれも束の間、リリスは彼女のつぶらな瞳を見てしまった。


「ほんとにごめん……ね」


(その顔は反則じゃろーて!!)


 あどけない顔を歪ませて、不安そうに、下からこちらを見上げてくる少女に、リリスは嫌だとは言えなかった。


「ま、まぁ。嫌ではないぞ」


 リリスは言ってしまった。


「ほんと!!」


 イルゼが飛び上がる。

 パッと光り輝く目、リリスはしまったと思ったが、もう遅い。

 イルゼはその言葉を待っていたのだ。


「だが、絶対前はむかんぞ!」


「いいよ」


 苦し紛れに言った言葉は案外、あっさり了承された。


 それもその筈。イルゼはリリスから許可を貰えば、後はこちらのものであると考えていた。


「じゃあ遠慮なく後ろから前を洗うね」


「ふえっ?」


 後ろからイルゼの手が、リリスの豊満な胸に無遠慮に伸びる。


「うひゃっ!!」


 リリスがビクッと反応する。


 今度は衣服の上からでなく、直で触れる事に歓喜し、鼻息を荒くするイルゼ。


(イルゼが怖い!!)


 彼女に下心がない事が分かってはいるものの、とどまることを知らないイルゼの探究心に、リリスは恐怖を覚えた。


「少しは自重しろー!」


 リリスの悲鳴が浴場に木霊する。


「ごめん、無理」


 そう言ってイルゼが彼女の果実をこねくり回し始める。



「ひんっ」



 リリスが、か細い声で、小さく嬌声を上げる。


「おおー」


 暫く、イルゼは掌全体でその感触を味わう。


「やっぱり凄い」


 一旦手を離すと、リリスがはぁはぁと荒呼吸になっていた。精神的なものもあるのだろう。


 しかし、とどまる事を知らないイルゼは、リリスが一息つく間も無く、指を伸ばし、今度は、彼女の上乳をつついた。

 たっぷりと脂肪の詰まったゴム毬のような感触が返ってくる。


 押したら、押し返してくる。ものすごい弾力性である。


 自分の物とは違い、弾力性のあるリリスの胸をイルゼは何度も嗜めるようにつつく。


「すごい」


「イルゼ、も、もうやめ……余が持たな……ひゅん!!」


 イルゼがリリスの果実を円を描くように揉み始める。

 爛々とした目を光らせるイルゼは、既に理性を失っていた。


「ん。じゃあ下も……」

「こ、これ以上はゆるさーん!!」


 我慢ならなくなったリリスが、思いっきり立ち上がり、イルゼの華奢な肩を掴み、その額に頭突きを繰り出す。


「あぅ」


 リリスの頭突きがイルゼの額に命中し、イルゼは後ろにのけぞり、そのままタイルの上にバタッと倒れた。


「はぁはぁ、余の勝ちじゃ」


「痛い」


 なんとも無いような口調で言っているが、イルゼは未だ立ち上がれず、床の上で美しい肢体をだらしなく広げ、目を回していた。


 その間にリリスは前と下を洗い終え、ついでに髪を洗い流した。


 リリスがほとんど全部洗い終えた所で、イルゼはようやく立ち上がる。

 それくらいのダメージを受けていた。


「リリスの石頭」


「なんとでも言うが良い」


 リリスが洗い終えてしまった事に落胆したものの、リリスの頭突きでいくらか理性が戻ったのか、それ以上探求を続けようとはしなかった。


「イルゼ、次はお主の番じゃ。覚悟はいいか?」


「ん。お手柔らかに」


 イルゼが躊躇いなく、リリスに体を差し向ける。

 自分はあれほど恥ずかしかったというのに……それをなんとも思っていないイルゼに、リリスは少しムッとした。



「よし、魔王のフルコースを味あわせてやろう」


「ん。お願い」


 

 イルゼの身体を洗い始めるリリス。しかし、いつになってもイルゼの嬌声が聞こえてくる事はなかった。


 それどころかリリスは、壊れ物を扱うかのように、優しく、撫でるようにイルゼの身体を拭いていた。


「んっ……」


 少々くすぐったいくらいである。


(む、むりじゃ。こんなツヤツヤ、スベスベの肌に悪戯なんて出来ん)


 条件は同じ筈なのだが、リリスの自制心があと一歩の所で、リリスを踏みとどませていた。


 お陰で、イルゼの淫らな声が、浴場に響き渡る事もなかった。


 そんな中、イルゼが不満そうにリリスを見上げてくる。


「ねぇ、なんでさっきから背中ばっかりで他の所は触らないの? 私の胸が小さいから? そうなんでしょ!!」


 彼女は機嫌が悪くなると、口数が多くなるという事に、リリスは今日一日イルゼと一緒にいて気付いた。


「いやそんな事はないぞ……ただ」


「ただ? なに?」


「お主の胸がとても綺麗な形をしていて美しいから、それを損ねたくないだけなのじゃ」


 イルゼは雷に打たれたような衝撃を受ける。


「――ッ!! そっか……それなら仕方ないね」


 大人しく向き直るイルゼ。


 リリスはようやく峠を抜けた。


◇◇◇


 その後、二人が湯船を堪能し、部屋に戻ると沢山の料理がテーブルの上に並んでいた。

 ミラがコップを持って待ち構えていた。


「さぁさぁ、当店自慢の逸品を是非味わって下さい」


「ミラ、ありがと」


「うむ、これは旨そうじゃ」


 コップを受け取り、美味しそうな料理の数々に手をつけ始める。


「はっ! 天使様が私の事を名前で呼んで下さった。もう死んでもいい!!」


 ミラは残念な思考の持ち主であった。


「ミラ、死んじゃだめ。ご飯のおかわりが出来なくなる」

「はい! 私は天使様の為に、まだ死にませんよ」


 ミラは完全に二人の召使に成り下がっていた。

 リリスが空になったお碗を差し出す。


「ミラー! ご飯のおかわりを頼む」


「はいはい、ただいま」


 ミラは大急ぎで部屋を出て、廊下を駆ける。彼女の目は爛々と光っていた。


 テーブルの上に、ご飯のおかわりが置いてあると言うのに、どこにいったのだろうと二人は疑問に思った。


 答えはすぐに分かった。

 戻ってきたミラが、米の釜ごと持ってきたのだ。それには流石に目を丸くさせたが、結局二人で全ての料理とご飯を食べきってしまった。


 その後、同僚のロゼに告げ口されオーナーから散々叱られた後、ミラが自腹でお金を支払った事を彼女達が知る由もなかった。


「そろそろ寝よっか」


「そうじゃのう。今日は疲れたわい」


 食事を終え、一日の疲れを癒した所で二人はそれぞれのベッドに潜った。


「リリスおやすみ」


「ああ、イルゼもおやすみ」


 目を瞑り、リリスは寝返りを打つ。イルゼは早くも寝息を立て始めた。存外、彼女も疲れていたという事なのだろう。


(『剣聖』と一緒に寝る日が来るとは露ほども思わんかっ……た)


 そこでリリスも意識が途切れ、スヤスヤと寝息を立て始める。


 『剣聖』と『魔王』は同じ部屋で一夜を共に過ごした。


 

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