第5話 冒険者ギルド そして侮辱
「うーん、やっと着いたのじゃ」
リリスは立ち上がると、両手を頭の上で組んで思いきり伸びをした。これも全てイルゼが原因である。
ランドラに着くまで片時もリリスを離そうとしてくれなかった為、リリスは石像のようにイルゼの膝の上で固まっているしかやる事がなかったのだ。
リリスを拘束していた本人はご満悦そうに鼻歌を歌っている。
正門を抜け、エリアス王国と他国の国境線に位置するランドラの街は、王都程ではなくてもそれなりに賑わいを見せていた。
リリスは先程から、串焼きのお店をだらしなくよだれを垂らしながら見つめていた。
「リリス食べたいの?」
そんなリリスを見かねたイルゼが声をかける。
「いいのか!」
「いいよ」
お金に関しては任せると金銭感覚がないイルゼが全権をリリスに委ねる。
馬車でやり過ぎた事に対する謝罪も含まれているらしい。
五百年前と貨幣の価値は変わっていなかったので、リリスはお金を握り、手当たり次第に買っていく。
それは全て食べ物であった。
「銅貨4枚だよ」
「うむ、これで頼む」
リリスが差し出したのは金貨であった。
陛下から渡された袋の中には銀貨が少しと金貨が多めに、後は白金貨という大盤振る舞いであった。
今持っているお金だけで、何不自由なく一生暮らしていける事だろう。
両替の意味も込めて金貨を出したのだが、お店側はお釣りを払えないと言われてしまった為、仕方なくリリスは銀貨を差し出した。
庶民には金貨など大金なのだ。せいぜい銀貨がいいところである。
リリスが代金を支払っている間、イルゼは黙々と串焼きを頬張っていた。
人並みにお腹は空くらしい。
暫く食べ歩きしているとイルゼ達の元に役人が息を切らしながらやってきた。
「はぁはぁ……周辺で待機してて下さいと言いましたよね? 探しましたよ」
「忘れてた、ごめん」
イルゼも食べるのに夢中で、すっかり役人に言われていた事を忘れてしまっていた。
初めの方は近くで食べていたのだが、美味しそうな匂いにつられるリリスについて行っていたら、ランドラの中心街にまで来てしまっていたらしい。
役人は盗賊の件がどうなったかについてイルゼ達にお礼も交えて伝えに来たようだ。
すでに盗賊の事など忘れかけていたイルゼだが、役人の熱量に押されくぐもった声で返事をする。
「と、当然の事をしたまで」
誘拐された少女達は軽く事情聴取をされた後、衛兵達によって親が待つ家まで、それぞれ送られる事になったようで二人は一安心する。
馬車は役人が責任を持って、持ち主に返すのだそうだ。
一度、御者台まで戻ってきた二人は、両手一杯に買ってきた大量の串焼きを消費しにかかる。
無類の肉好きであるリリスは50本以上あった串焼きをたったの数分で食べ尽くした。
反対に甘党のイルゼは沢山の種類のお菓子を買い、飴玉をころころ口の中で転がしていた。
(五百年前はこんなに沢山の種類の菓子はなかった)
その中でも特にイルゼのお気に入りになったのは、チョコが詰まったクッキーと色んな味が楽しめる飴玉であった。
(うん、どれも美味しい)
「余も一つ頂こう」
リリスも手頃なクッキーを一つつまみ、口に放り込む。
「これは……美味いのう」
もう一個と手を伸ばしたリリスの手をイルゼが弾く。
「だめ、残りは私の!」
イルゼは好きな物に関しては他人に厳しかった。
「こんなにあるんじゃ、固いことゆうではない!」
だがリリスも負けておらず、再び手を伸ばしてくる。
それをイルゼがまた弾く。
「食べたいなら自分で買ってきて」
結局、押し問答の末、リリスが負け、自分の分は自分で買いに行くことになった。
一方イルゼは、頬を緩ませて、幸せそうにお菓子を頬張り、その甘美に悶える様子を通行人の人達が微笑ましく見ていた。
全てを試食し終え、手持ち無沙汰になって足をぶらつかせていた所、イルゼ達の元に冒険者と役人が丁寧に歩み寄る。
「イルゼ様、リリス様。イルゼ様は冒険者との事でしたが、身元確認の為、冒険者ギルドまでお越し頂けますでしょうか?」
イルゼに対しての警戒は完全になくなっているようでイルゼも快く同意する。
リリスはさぁ案内しろー! と意気揚々と二人を急かしていた。
役人も冒険者の男性もリリスに命令されて悪い気はしていないらしい、少し恥ずかしそうにしているくらいだ。
それもそうだろう。リリスはすれ違った人がみな一様に振り返るくらいの美少女なのだから。
彼等に誘導され、イルゼとリリスは冒険者ギルドまでやって来た。
ギルドの建物の中は、 いくつかの受付カウンターと、 順番待ちをする為の椅子やテーブルが並べられている。
一日の終わりは、冒険者が多く集まり依頼の報告や換金などを行なっている。
年若いイルゼとリリスを見た冒険者達は、下卑た笑みを浮かべる者、露骨に心配する者、好意的に見守る者、反応は様々であった。
そこで役人はお役ごめんとなった。
既に役人側はイルゼ達の事を疑っておらず、ここより先は冒険者ギルドの領分なので彼等に任せるとの事だった。
一目散にギルドの外へと飛び出す役人。幼い頃から勉学に励んできた彼にはガタイの良い筋肉質の男達は少々刺激が強すぎたようである。
「ちょっと通してくれるか」
イルゼ達の先頭を歩いていた冒険者が受付嬢に何か話をつけていた。
「あらルブさん? そんなに慌ててどうしたんですか?」
「ちょっとかくかくしかじかでな……」
受付嬢がルブの話を聞いて驚愕した後、後ろでリリスのほっぺたをふにふにして遊んでいたイルゼをまじまじと見つめる。
「本当にこの子が?」
「あぁ信じられないかもしれないが本当だ」
イルゼは特に気にする素振りはしなかったが、ルブ達の話はしっかりと聞いていた。
「…………なに?」
イルゼの棘のある言葉にルブも受付嬢も彼女は機嫌を損ねてはいけないタイプだと長年の経験から即座に判断した。
「いいえ、なんでもないわ。冒険者ギルドのカードは持っているかしら?」
イルゼはポーチから無造作にカードを取り出すと受付嬢に渡した。
「ありがと。えっと……え!? Sランク冒険者ー!!」
受付嬢の甲高い声がギルド中に響いた。イルゼはあまりの煩さに耳を抑えていた。
「うるさい」
イルゼの一言で受付嬢は我にかえり「ごめんなさい、悪気は無かったの」と謝り倒し始めた。
イルゼはかえって面倒くさい事になったと思った。
「おい嬢ちゃん。今、Sランクって言ったか? こんなガキがか?」
イルゼの予想通り、一人の冒険者が歩み寄ってきた。
荒々しい形相の冒険者がイルゼとリリスを睨みつける。年は四十そこそこだろうか、体格もよく片目には古傷があった。長年冒険者として生活して来たのだろう。
「おい、ビルクやめろ。彼女達にちょっかいをかけるな!」
ルブが慌てて駆け寄りビルクの前に立つ。背の高さだけでいえば、頭一個分ビルクの方が大きかった。
「なんだお前? 同じBランクの冒険者だからっていい気になるなよ、お前とは培って来た経験が違うんだよ!」
そう言ってルブの制止も聞かず彼を押しのけ、イルゼ達の前に仁王立ちする。
ルブはまだ若いのにBランクの冒険者という事は将来有望な冒険者だという事なのだろう。
「ようSランクの嬢ちゃん。おっ、近くで見ると案外いい顔してるなぁ」
イルゼは盗賊と似たような風貌の男に気安く話しかけられ不機嫌になり、殺気を飛ばした。
だがビルクは動じなかった。
「おいおいそんな子供騙しじゃ、弱い奴は騙せるが俺みたいな奴は騙せないぞ」
「なに? 斬られたいの?」
腰にぶら下げた剣の柄に手をかけたイルゼは、これ以上無用な会話を続けるようであったら本気で斬るつもりでいた。
「物騒な事言うなよ。自分が能無しって言ってるようなもんだぞ。実際武芸も大した事ないんだろ? ギルドカードだってギルマスにでも腰を振って手に入れた代物だろ」
ビルクはイルゼの事を罵倒し続けた。
実力を知るリリスと持ち前の勘でイルゼの実力をある程度把握している受付嬢とルブは顔面蒼白になっていた。
「…………」
イルゼが反論しない事をいい事に、ビルクは興が乗ったのか饒舌になり、イルゼに対する侮辱を続けた。
実際はイルゼが口下手で反論出来ないだけなのだが。
そしてとうとうビルクは禁忌に触れた。
「おいそこの黒髪のお前。俺の今日の相手になれ、これは命令だ」
「それは余に夜伽を命じているのか?」
リリスであっても、そう言う事に関しての知識は一応常識として頭に入れていた。まさか魔王たる自分が命令される側になるとは思っていなかったが。
「こっちにこい!」
「や、やめんか! 余は暴虐の魔王リクアデュリス様であるぞ!!」
魔王という言葉に、この場にいたイルゼ以外の者全員が困惑する。なにせその魔王の名は、なん百年前に滅んだとされる魔王の名前であったからだ。
「ひっ!!」
リリスが必死に抵抗するも、ビルクは嫌がるリリスを無理やり抱き寄せ、言ってはいけない言葉を紡いだ。
「顔はお前の方が好みだが、こっちの方が胸が大きくて楽しめそうだ」
ビルクはリリスの豊満な胸の谷間を凝視した。そして、その胸を掴もうと無遠慮に手を伸ばす。
しかしリリスは悟っていた。その手が自分に届くことはないと。
(こいつ死んだの)
リリスがビルクの冥福を祈った瞬間、イルゼがビルクに飛びついた。
剣を抜かなかったのは周囲の目がある事とリリスが男の側にいたからだ。
それに流石のイルゼでも今日過ごすかもしれない街で、殺人を犯す事は憚られた。
相手も相手で、ただ喧嘩をふっかけてきたというだけであり悪人ではない。
むしろ普段は冒険者として民を守っている側である。
「うぉっ!!」
もちろん、人外のスピードを誇るイルゼの、本気のスピードについてこれる筈もなく、害虫をむしり取るようにビルクは片手で放り投げられる。
「だはっ!」
背中から乱暴に床に叩きつけられ、意識を失いかける。イルゼが手加減していなかったら、間違いなく死んでいたであろう。
「リリス、大丈夫?」
「お、おう。少し触れられたくらいじゃ」
リリスに怪我がない事にイルゼは安堵し、触れられた箇所を念入りに布で拭う。
そしてキッとビルクを睨みつけた。
「なんだよ、その目は……いい気になってんじゃねえぞ」
年端も行かぬ少女に、あからさまに手加減された事と体重の重い自分が、あのような小柄な少女に放り投げられた事実に彼のプライドが許さなかった。
「あまり調子に乗るなよ」
そう言ってビルクはギルドのルールを無視し、腰の剣を抜いた。
「黙れ」
それを見たイルゼは床を蹴り、一瞬の内にビルクの目の前に出現する。
そしてビルクの首を片手で掴んだ。
首を掴まれたビルクは必死にもがくも、その手が離されることも緩められる事もない。
「ぐふっ、がぁっ!」
剣を落とし、苦しそうに喘ぐビルクをイルゼはそのまま片手で持ち上げる。
「殺すよ?」
イルゼは柔らかい皮膚に爪をさしこみ、そのまま首の骨をへし折ってやろうと考えた。
周りの者達はイルゼに恐れてその恐慌を止めようとする者はいなかった。
「くそ、お前ら俺を助け……がは」
ビルクの取り巻き達でさえ、巻き込まれたくないと言うように隅へとすっこんでいた。
「イルゼもう……」
流石に見ていられないと思ったリリスが、もうその辺にしておこうとイルゼを止めようとした時声がかかる。
「やめい!!」
騒ぎを聞きつけ、奥からスッと音も立てずに現れたのはランドラのギルドマスターであった。
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