第4話 戯れ そして出会い
御者台の後ろでは、リリスがのんびり居眠りをこいていた。
盗賊にさらわれた少女達も最初はイルゼに怯えていたが、リリスの努力の甲斐もあって今は普通……とはいかないものの、それなりに会話をするようになっていた。
暫くして後ろから話し声が聞こえなくなったのを不審に思ったイルゼが振り返ると――精神的な疲れもあったのだろう。少女達が互いに身を寄せあい、毛布を被って眠っていた。
リリスも当たり前のようにその中に溶け込んでいる。
(ちょっとずるい)
イルゼは、車輪に跳ね飛ばされて飛んで来た小石をひょいとつまむと、リリスめがけて「えいっ!」と可愛らしい声を上げて投げた。
それはリリスのこめかみに命中した。
「いてっ! こら何をするのだ」
心地よい昼寝の時間を邪魔されたリリスがイルゼに食って掛かる。
イルゼは唇に手を当て、しーっ、と言いながら、少女達を指差す。
これにはリリスも表立って騒げなくなり、大人しく少女達の中から抜け出し、御者台で手綱を引いているイルゼの隣に座る。
「次の街まではどのくらいじゃ?」
イルゼは地図を取り出し、今はたぶんここだよと王国から南西に向かう峠を指し示す。
地図には標識と手書きで書かれたランドマークが書いてあり、文字の読めないイルゼにも比較的簡単に地形を理解し、今自分達がいる場所を把握する事が出来た。
文字の読めないイルゼを思っての気遣いだろう。
確かに国王から地図を持っておいて良かった。
しかしリリスは、「ほーん」とだけ返す。自分から聞いておいて興味なさげな態度をとるリリスに、イルゼは少し腹が立った。
「自分から聞いておいてその態度はどうかと思うよ」
「すまんすまん。――余は、地図の見方がわからんのじゃ」
リリスは小さい時から方向音痴で、自分の城でさえ迷子になるのが日常であり、その他にも不得意な事が多く、恵まれたステータスを、全て容姿と力に振り分けたような存在であった。
早い話がポンコツである。
そしてその力を失った今、優れた容姿と妙な自信だけが残ったクソザコナメクジと成り果てている。
「魔王なのに?」
魔王ともあろうリリスが、地図の見方が分からないと言った事は、イルゼには衝撃的であった。
当の本人は当たり前じゃろとでも言いたげな顔をしている。
「魔王だからこそじゃ」
堂々と胸を張るリリスの姿に、イルゼは更に衝撃を受ける事になった。
イルゼの目の前でリリスの胸が揺れたのだ。
「胸って……揺れるものなの?」
リリスが「そっち!?」と驚き、胸をかばうように手で隠しながら赤面する。
イルゼは剣聖であるがそっち方面では歯止めの効かない少女であった。
彼女の母親は豊かではなかった為、リリスのような存在は珍しいのだ。
「いや、まぁ……人によるの」
「そう……なんだ」
イルゼが自分の鎧の下に隠れている、なだらかな双丘に目を向ける。
サイズ的には大きくはないが同年代の少女と比べて別段小さ過ぎるわけではない。年齢に見合った身体つきと言えるであろう。
ただし、当の本人は握り拳ほどしかない胸にコンプレックスを抱いているようで、リリスの豊満な双丘を睨みつけているわけであるが。
イルゼの視線に寒気を感じたリリスが、身の危険を察知して荷馬車の奥へと戻ろうとする。
その腕をがっしりと掴んだイルゼはぎらぎらした目でリリスを見つめていた。
「な、なんじゃ?」
怯えが混じったリリスの問いかけにイルゼは息を整える。
「ちょっとでいいから触らして下さい! いえ、別に興味があるわけではないのですが、いえ興味はあるのですが……やっぱり五百年ぶりと言うこともあって触ってみたくなるもんなんですよ。嫌なら言って下さい。善処しますが断れば無理矢理にでも対処させて頂きます」
急に妙な丁寧口調かつ、早口になったイルゼ。
「お、おぉ。仕方ないのう……?」
その勢いに押され、リリスは大人しく従う。
最後の方は完全に脅しだった事にリリスは気付かなかった。
盗賊となんら変わりない。
イルゼはおそるおそる手を伸ばし、リリスの豊満な果実を優しく、しかし鷲掴む。
「お、おお……!?」
イルゼが感嘆の声を上げる。リリスは俯きながら大人しくイルゼが満足するのを待つ。一方のイルゼは片手では満足出来ず、両手を使ってぐにゃんぐにゃんとリリスの果実をこねくり回していた。
「――っ!!」
リリスは必至に口を抑え、
彼女は耳まで顔を真っ赤にしながら声を出さないよう必死に我慢していた。
イルゼは一心不乱にこねくり回し続ける。
時折片手で器用に手綱を操り、馬を走らせる事も忘れない。
リリスは次の街までずっとこのままなのかと考え始めた。
そこでようやく、自分はとんでもない事を許可してしまったのかもしれないと思い始める。
「の、のうイルゼ。そろそろ離してくれまいか」
「まだ……あとちょっと」
下心がなく、探究心に突き動かされているイルゼにそう言われてしまえば、魔王のくせに人が良いリリスは頷くしかなかった。
先程まで服の上から触っていたイルゼが、直に触れてみたいと思いリリスの服を脱がそうと試みる。
「な、なにを――!?」
「ごめん。我慢して」
イルゼが強引にリリスの漆黒のドレスを脱がそうと襲いかかるがリリスもこんな
そして御者台から、薄暗い荷台に倒れ込み、抵抗も虚しく美しい肩を晒す羽目になるリリス。
彼女は思わず目の端に涙を浮かべた。
イルゼはそんなリリスを見て私は悪い事をしてるのではと考え直す。
リリスも、ここまでは許可してなかったはず……と考えつつも、結局探求心に負けたイルゼは優しい笑顔でリリスに迫る。
「ちょこっとだけだから」
リリスが「もうだめじゃ……」と、目を瞑った瞬間。
「そこの馬車、止まりなさい!!」
野太い声がして、馬が興奮し暴れ出そうとするのをイルゼは咄嗟に手綱を取り、必死に抑える。
そしてなんとか暴走させずに済んだ。
「荷台にいる者、出てきなさい」
イルゼは馬車を止められた事よりリリスの胸を堪能する時間を邪魔された事で腹が煮えくりかえっていた。
彼女は愛剣を片手に、外へと飛び出す。
リリスは助かったとばかりに息をついた。
そして、イルゼの邪魔をした者達の事を不憫に思った。
(よくて半殺し。悪くてミンチじゃろうな)
リリスの脳裏に盗賊達の肉塊がフラッシュバックする。
恐ろしい光景だった。それがまた繰り返されるかと思うと身震いが湧き起こる。
だが結果は違った。
「私達はランドラの街の衛兵と、そこに雇われた冒険者だ」
「何の用ですか?」
「荷馬車の中を見せてはもらえないか? 最近ここらで少女達が誘拐される事件が多発しているのだが……一緒に奪われた荷馬車と、特徴が一致する。……捜査にご協力願いたい」
イルゼは冒険者だと言うその男の言葉に頷いた。
筋が通っていたし、断れば面倒な事になる。
敵ならば斬ればいいが、そうでないなら殺してはいけない。
そしてイルゼは、躊躇いなく荷台の幌をめくった。
「ちょっ、待っ」
「あ」
そして、許可を得て荷台の中を覗き込もうとした男は、御者台で半裸に剥かれかけていたリリスを見つけた。
彼は紳士的に、勢いよく視線をそらし、自分は何も見ていませんアピールをする。
あられもない姿を見られたリリスは「もうお嫁に行けない……」とうなだれる。
原因であるイルゼは「お嫁? 何それ」と不思議そうにリリスを見ていた。
その後、改めて荷台を改めた彼らは、後ろで眠っている少女達を発見し、これはどういう事かと説明を求める。
「この子達は……まさか、君が誘拐したのか……?」
イルゼは首を捻った。
誘拐したのは盗賊。
その盗賊を殺したのは自分。
つまり、盗賊から奪い取ったという事になる。
「え……まぁ、そうなるのかな?」
「違うじゃろうが!」
リリスが口下手なイルゼに代わり、盗賊に襲われた所を返り討ちにした事を説明する。
目覚めた少女達の口添えもあり、イルゼの疑いはすんなりと晴れた。
「――失礼しました。お礼がしたいのと、盗賊討伐の際の状況をもっと詳しくお聞きしたいので、是非ランドラまでお越し下さい」
一行の中でも一際丁寧に、深々と頭を下げたランドラの役人だという男にお願いされ、ランドラの街に立ち寄る事になった。
イルゼが馬車を動かし、冒険者達が周囲を固め移動を開始した。
この配置は、多少イルゼに対しての警戒があるからだろう。
なにせ彼女達の話が正しければ、たった一人で二十人以上の盗賊を討伐した事になるのだから。
すでに村娘の少女達と生き残りの盗賊からも話を聞き、それが本当の事だと分かっているのだが、彼等は自分たちより遙かに年下の少女がそんな事が出来るとは素直に信じられず、他にも誰かいたのではと疑っていた。
「お願いだ! 早く、俺を牢獄にでもなんでも入れてくれ……! あの悪魔に殺される……」
よほど恐ろしい目にあったのだろう、グルグル巻きにされた盗賊の男は黒髪から白髪へと髪の色が変わっていた。
一方のイルゼは呑気にリリスを膝の上に乗せ、鼻歌を歌いながら機嫌良さそうに手綱を操っていた。
膝の上に乗せられたリリスは、恥ずかしさのあまり赤面し黙り込んでいる。
(母上、余は、生まれて初めてこのような辱めを受けました……)
リリスは自分が生まれてまもなく亡くなった母親に話しかけ現実逃避を始めていた。
荷馬車はガタガタと音を立てながら、ランドラの街を目指す。
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