アスパラガス / アールグレイ
追手門学院大学文芸部
第1話
「いらっしゃいませー。ご注文お伺いします」
「アスパラベーコンと、一緒に生ビールで」
夏の葉の青さと残暑の残る九月上旬、金曜日の夜ということもあり、街角の大衆居酒屋は賑わっていた。その店で、好物のアスパラベーコンと生ビールを注文する一人の女が私である。就活で不採用が続き、家に帰れば大丈夫かと家族に聞かれるのが嫌で、こうして週に一度、この居酒屋に来ている。
「お待たせしました、生ビールとアスパラベーコンです」
「ありがとうございます」
泡の減っていく生ビールより先に、アスパラベーコンを口に入れる。カリカリのベーコンの旨みとアスパラガスの少しの苦みが口の中で広がり、とても美味しい。その後に生ビールを流し込む。冷えたビールは、この暑さを中から静めてくれるようである。
ここの居酒屋は好きだ。アスパラベーコンがあるというのもそうだが、賑わっているのに騒がしくないところが好きだ。少し前まではまだネット記事に書かれたこの時期の内定者数が三割ということにどこか安心を得ていたが、今は好物を食べていても、好きな居酒屋にいたとしても、内定への不安は大きくなるばかりである。最近ゆっくりできたのはいつだろうか。
「落ち込んでますね」
通ううちに顔見知りになった女性店員から声をかけられた。
「あー、わかります? 就活が全然上手くいってなくて…」
私は自分の就活の状況を軽い口調で伝える。
「就活ですか…私はまだ一年なのでよくはわからないですが、ずっと外向けで居続けるのって大変じゃないですか?」
そう言う彼女に、心の中で、面接の志望動機とかここまでくると自分の意志なんて全然入れずに、作り話に等しいものになってるでしょと返答する。
「アスパラガスの花言葉って知ってますか?」
彼女は唐突にそう尋ねてきた。
「いや、考えたこともなかったです。どんなのですか?」
「何も変わらない、私が勝つって言葉です。」
「へえ…。それにしても、どうして急に花言葉なんですか? しかもアスパラガスって。私が今食べてるからですか?」
彼女が花言葉について話し出した意図を聞く。
「この花言葉って、なんだか、すごく自分を肯定してくれているように感じませんか」
「まあ、そうですね」
「それに、もしアスパラガスが甘い野菜になったら、どうします? これからもアスパラベーコンとして食べますか?」
「え、食べないと思います…」
「そうですよね、私も同じです。アスパラガスは苦みがあるからこそ、ベーコンに合って、お酒にも合うんです。得意不得意、合う・合わない、企業と人だって同じです。だから、お客さんに合うベーコンのような企業が、きっと採用してくれますよ」
「あはは、ありがとうございます」
あのアスパラガスの花言葉は、彼女なりの私への励ましの言葉だったようだ。彼女の言葉で、不安という心の靄が減った気がする。名前も知らない、ただの客である私に対してまで励ましてくれるなんて、とてもいい子だと思う。彼女にとって、私は励ますに値する人間だと思えて、嬉しくなった。
泡の消えた生ビールを飲み干し、お勘定を済ます。
「ごちそうさまでした」
私は彼女に向って一礼をし、店をあとにした。
まだ明かりの減らない街を背に、自転車を押して歩く。今日はこんなにも雲のない晴れだったのか。月と星の輝きが懐かしく感じる。こうやって、たまには帰り道に自転車を押しながら帰るのも、ゆっくりできていいのかもしれない。今日はよく眠って、起きてからはベーコンに見つけてもらえるように頑張ろう。だって、私はアスパラガスだから。
あとがき
初回の提出がギリギリで本当に申し訳ないです。言い訳なんですが、三千字ちょいのものを一度書いたあと、本当にしっくりこなくて全没にし、締め切り当日にこれを書き始めるという愚行に走ったからでして…すみません。
この話ですが、なぜアスパラガスなのかと思っていると思います。理由は、通話中の友人がアスパラガスと急に言ったからです。以上です。あやふやなところはあると思いますので、ニュアンスで楽しんでいただけたらなと思います。
アスパラガス / アールグレイ 追手門学院大学文芸部 @Bungei0000
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